歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

光州新昌洞低湿紙遺跡 2千年前の木櫛がカエデ製と判明

2011年01月04日 | Weblog
 1997年光州新昌洞低湿紙遺跡(광주 신창동 저습지 유적)発掘調査で収集された2千年前の木櫛(목제 빗、注1)がカエデを削って作ったとみられることが分析結果わかった。これまでも、木櫛は遺跡からたまに出土するが、樹種に対する分析はほとんどなされなかった。
[参考:聨合ニュース]

(注1) 横櫛と思われる。


過去の関連ニュース・情報
 2010.12.2 新昌洞遺跡 青銅製剣把頭飾が出土、3日に説明会
 2010.1.16 新昌洞遺跡 韓国国内最古の二股踏鋤を確認
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あま市・甚目寺 南大門仁王像の腹部に福島正則が奉納した墨書が見つかる

2011年01月04日 | Weblog
 推古天皇5年(597)に創建されたと伝えられる、愛知県あま市の真言宗智山派・鳳凰山甚目寺の南大門(重文)に立つ仁王像(注1)の解体修理(2008年から開始)で、2体の腹部の裏側から墨書が見つかった。阿形には安土桃山時代の慶長2年(1597)の年号、仏師2人などの氏名とともに「奉造立甚目寺仁王大檀那藤原朝臣福嶋左衛門大夫正則(注1)敬白」「寺中安全之助也」とあり、福島正則(1561-1624)が奉納したことが判明。吽形もほぼ同内容だった。正則はあま市の旧美和町の辺りで生まれ、1595(文禄4)年から5年間、清須城主として一帯を治めていた。
[参考:中日新聞、甚目寺観音HP]

(注1) 阿形と吽形、ともに寄木造りで高さ約3.5m、寺伝では運慶作と伝えられ、鎌倉時代の作とみられていた。
(注2) 福島正則の出自は明確でないが、『寛政重修諸家譜』では藤原氏支流としている。
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