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ある夏の地方都市。チェリーはコミュニケーションが苦手な少年で、代わりに自分の思いを俳句にしていた。一方、矯正中の大きな前歯をマスクで隠すスマイルは、カワイイと思ったものを動画で配信し人気を得ていた。偶然知り合った二人は、バイト先に来たフジヤマという老人が思い出のレコードを探していることを知る。 |
本来ならば昨夏公開予定の作品
作品の存在は、TIFF(東京国際映画祭)で上映予定という情報が最初。その後2度の公開延期。ずいぶん待たされた感じである。作品のウェブサイトの色使いが、ちょっと日本のアニメーションとは違うことが印象的と感じたことは覚えている。
ヒロインのスマイルを杉咲花、チェリーを市川染五郎がCV。一瞬?になった。僕の頭の中の染五郎は、現在の十代目幸四郎さん。こちらの染五郎はその息子で八代目ということ。
夏向きの青春ストーリー
第一印象である。
主人公の2人は共にコンプレックスを抱えている。チェリーはコミュニケーションが苦手で、程度がかなり深刻。俳句で自分の気持ちを表現することはできる。でも、それが唯一のような男子。自分の心の平安を保つにはそれしかない。
スマイルは子どもの頃は好きだった前歯が、現在はコンプレックス。いつでもマスクをかけている。あかるく元気なのは、自分のコンプレックスを隠すためなのがわかる。
いるなあ、こんな生徒。そう思った。
その2人がショッピングモールで出会う。あることからスマホを取り違え、そこから2人の交流が始まる。
チェリーの母親はショッピングモール(NOUVELLE MALL)のデイケアセンターで働いている。ギックリ腰で休職した母親の代わりに、チェリーはアルバイトをしている。
通所者の藤山さんは、無くしたLPレコードを探している。ある日、チェリーとスマイルは藤山さんを自宅まで送ることになる。そこで藤山さんがレコード店の経営者だったことを知る。
レコードをおそらく実感できない世代
チェリーもスマイルもレコードは知っている。でも、それがお店に並んでいて、販売されているものであるというリアリティーのない世代である。その2人が仲間と共に藤山さんのレコードを探すことになる。
2人の距離は急速に近くなる。
チェリーとスマイルの距離
近くなった距離。チェリーは自分の思いを俳句に託す。でも、その言葉選びはスマイルを傷つけてしまう。彼は引っ越すことになっている。それをスマイルに言えずにいる。心の距離、物理的距離が広がる。
ここから後は書かない。フィナーレはそうなってほしいと思った通りになる。非常に心地よい終わり方。
NOUVELLE MALL
ここまでわかりやすいデザインの舞台はめずらしい。イオンモール(高崎)がロケ地である。
色使いがすごい
全篇鮮やかなパステルカラーの彩色である。
アニメ作品における色使いについて、「かぐや姫の物語」を見て、僕はこんなことを書いている。
絵の美しさは事前に報道されていたとおり。映画を見終えて感じたことは、「こういうきれいさ、美しさもあるのだ」ということ。
「かぐや姫」は昨年の「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」、今年の「シュガー・ラッシュ」や「モンスターズ・ユニバーシティー」の絵の美しさ、きれいさの対極にあるものだろう。「ヱヴァ」や今年のディズニー2作品の絵の美しさは、新品のプラスティック、アクリル製品のようなきれいさ。人造物の究極にある感じ。傷一つない印象である。本作は墨絵、水彩画のような美しさ。こんな描き方もあるのかと感心した。
本作の色使いは、高畑監督の「かぐや姫の物語」とはもちろん違う。エヴァやディスニー作品とも違う。あえてたとえるとしたら、細田守監督の「サマーウォーズ」(’09)の仮想世界OZ、「竜とそばかすの姫」(’21)の<U>のさらに向こう側である。
ものがたりの背景の色、キャラクターの身にまとう服装の色、モール周辺の田んぼの色。全てがそれぞれ単色(で、いいのかな)できっちり主張をしている。それぞれの色にグラデーションがない。シェイドもティントもないように思える。このものがたり世界で、キャラクターたちがいきいきと動いている。なかなかすごいこと。イシグロ監督は本作が初監督とのこと。この色使いにOKを出した人、えらい。
高校生にも、青春時代を(LP)レコードと過ごした人たちにも感動をあたえてくれる作品。色のことばかり書いたけど、音楽もいい。
声を担当した杉咲さん。実写では「無限の住人」(’17)、「十二人の死にたい子どもたち」(’19)を、劇場アニメでは「メアリと魔女の花」(’17)を見ている。「メアリ」よりも、可愛い感じの声。いいと思う。染五郎さんは、申し訳ないけど、正直よくわからない。ラストの必死で俳句を叫ぶシーンが印象に残る。
☆☆☆☆かな。
公開遅れは、結果的にプラス。夏の1本として、おすすめだ。(文中敬称略)