萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第41話 春永act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2012-04-30 23:56:06 | 陽はまた昇るanother,side story
※念のため途中2/4~3/4あたりR18(露骨な表現はありません、)

春、とこしえに祈り



第41話 春永act.4―another,side story「陽はまた昇る」

英二が選んでくれた甘めの白ワインは、とても飲みやすかった。
ふわり広がるマスカットの香が好き、こんなふうに好みの香を解ってくれることが嬉しい。
初めて飲む甘さと香りが素直に美味しい、こうして酒を美味しいなと想えると大人になれた実感ができる。
どこか幼い心身の引け目が自分にはある、それを英二は解っていてさり気なくハードルを越えさせくれる、そんな理解が幸せで温かい。
やさしい婚約者が幸せで微笑んだ周太に、大好きな声が教えてくれた。

「そうだ、周太?お母さんがね、俺にプレゼントを置いてくれたらしいんだ」
「ん、プレゼント?…どこに置いてあるの?」

見つめた先、白皙の端正な笑顔が優しい。
やわらかなランプの光に佇む姿が静謐に綺麗で、グラス持つ長い指に見惚れてしまう。
けれど、どこか切なげな切長い目が不思議に想える。

…英二、今日はなんだか、朝から不思議な感じ…何かあったのかな、それとも

すこし、いつもより心配になってしまう。
英二は頭に怪我を負っている、もう精密検査の結果で異状なしと言われているけれど、やっぱり心配になってしまう。
だからさっきも「熱がある?」と訊かれたとき、一瞬で呼吸が止まった。

もし、英二になにかあったら、きっと自分は生きていられない。
今はもう自覚している、だって雪崩に遭った英二に付き添った夜は、握った掌を離せなかった。
この長い指の掌を離したら途端に引き離される、そんな不安と哀しみが怖くて片時も離せなかった。
そうして握りしめて目覚めた暁に、キスと一緒に瞳ひらいて笑ってくれた瞬間は、幸せだった。
そして今もすぐ隣に座って、きれいな笑顔で笑いかけてくれる。

「うん、お母さんの部屋の風呂敷包みらしいんだ。周太に言って、見てね、って、」

今は、ほら?
こんな笑顔で母からのプレゼントを話してくれる。
ほら、今、ちゃんと生きて綺麗な笑顔を見せてくれるね?
この幸せが嬉しくて素直に周太は微笑んだ。

「そういえば、置いてあったね?…いま、見てみる?」
「うん、見てみたいな。なんだろうね?」

答えながら一緒に席を立ってくれる。
ふたり並んで階段を上がる、ふるい木板の軋みが1人の時よりすこし大きく聞こえる。
こんな小さな事も幸せで、今の時が宝なのだと心から切なく温かい。

…このさき、なんども。こうして一緒に階段を昇れますように

このささやかな祈り結びながら、周太は母の部屋に入った。
灯をつけてすぐ、華奢な箪笥の上に風呂敷包みを見つけられる。
そっと抱き取ると、なよらかな重みが腕に凭れこんだ。

…着物、かな?

そんな予想を一緒に抱いて周太はホールに戻った。
やわらかなランプの灯の下、大好きな笑顔が優しい眼差で迎えてくれる。
この笑顔をずっと見ていきたいな?そっと祈り想いながら周太は笑いかけた。

「ね、英二?…俺の部屋で開いて見る?」
「うん、そうしたいな。なんだろう、そんなに重くは無いけど、」

風呂敷包みを受けとりながら、英二は素直に頷いてくれる。
もし予想通りに着物だと、きっと素敵な姿をみせて貰えるな?
この予想が当たると良いな?楽しみにしながら部屋に入ると、ベッドの上で周太は包みをほどいた。

「あ、…きもの、だね?」

現れた3つの畳紙に微笑んでしまう。
3つということは、たぶん袴と袷と、浴衣かな?
そんな予想と一緒に畳紙を開いて、そして現れた着物たちに周太はきれいに笑った。

「見て、英二?…すてきだね、」

濃く深い藍あざやかな勝色の馬乗袴。
渋い青み縹色の袷、藍に赤を織り込んだ博多織の帯。
白地に細かな織模様の浴衣と、袴と同じ凛々しい勝色の兵児帯。
そして、あざやかに闇深い紅そめた濃蘇芳の、落着きにも華やぎこぼれだす襦袢。
この色は、あの花のいろに似ているな?幸せな花の記憶に周太は微笑んだ。

「ん、襦袢の色が、めずらしいね?」

カーネーション・ブラックバカラ。
大輪あざやかな黒紅の、華やかで神秘的な花。
あの婚約の花束にあった、恋人の面影映す花。
あの美しい花とよく似た色彩の、静謐と華やぎ濃い素肌まとう衣。
この色が、白皙の肌にまとわれたら、さぞ美しいだろうな?そんな姿を描いて周太は微笑んだ。

「帯の赤と映えていいな、華やかな感じ。きっと似合うね、すてきだね、」

謹厳に凛々しい勝色に沈思の縹色、それに濃蘇芳の艶麗を秘めて纏う。
この愛するひとを表すような色組の雰囲気は、とても似合う色と組合わせ。
そして、どれもが端正な誂えから、以前から考えて注文した品なのだと解る。

…お母さん、前から仕度してくれたね…英二を、迎えてくれるために、

この家の当主は皆、茶を嗜み着物を好んできた。
こうした家風に婿として迎えるからと、母は考えてくれた。
この気遣いに籠められた、母の想いと真心が切なくて、温かい。
ずっと、息子と一緒にいてやってほしい、幸せに息子の道に添ってほしい。そんな母の願いと祈りが、心に響いて温かい。
この母への感謝と着物を見つめる隣から、きれいな低い声が微笑んでくれた。

「うん、どれも落ち着いて、きれいな色だな?…でも、お母さん。こんな良いもの、ありがたいな?」

素直な感謝に微笑んで、英二は携帯電話を開いてくれる。
きっと母に礼の電話をしてくれるのだろう、いつも気遣い優しい婚約者が嬉しくて周太は微笑んだ。

「電話してあげて?きっと喜ぶから…今ごろ、友達のひとに話してるかも?」
「うん、ありがとう、架けてみるよ?」

提案に笑いかけて英二は電話を架け始めた。
いつも母を慕って大切にしてくれる、そんな恋人が嬉しいと素直に想う。

…ほんとうに、幸せだね?

自分はとても幸福だ、心から想う。
午後、英二の父と姉が訪問してくれた時も、そう思った。
この父だから、この息子が生まれたのだ。そんな実感が温かかった。
けれど、そんな立派な男性だった英二の父は、どこか充たされない孤独の寂しさが哀しかった。

…あの寂しさは、似ている…英二の、お母さんと、

彼も彼女も互いに独りぼっち、寂しさを眺めている。
どうしても寄添いあえない、そんな哀しみが垣間見えて心軋んでしまう。
この痛みに納得してしまう、どうして過去の英二が冷酷な仮面で「きれいな人形」のフリして生きていたのか。
あの大嫌いだった仮面の成立ちが、愛するひとの両親に見えて哀しかった。

どうして、ふたりは寄添えないのだろう?

自分の父と母は、死と生にいま別たれている。
それでも母の想いは毎日の、書斎の写真に活けられた庭の花に見えて温かい。
そして父のあの綺麗な笑顔の写真を撮ったのは、母がシャッター押したカメラだという事実に父の想いが偲ばれる。
こんなふうに生命にすら裂けない絆の夫婦もある、この姿をこそ自分は信じたい。

いつか、自分は英二の妻になる。
そして姓を捨て、この家の当主の座を自分は降りる。
けれど「家」は必ず守れるだろう、その約束をたくさん結んでくれる婚約者だから。
この約束は、決して容易くは無い。それでもこの恋人は約束を全て守るだろう、そういう真面目なひとだから。

…こんなに、愛してくれる、想って幸せにしてくれる…英二、

この想いに自分は、どうしたら応えられる?
すこしでも想いを返せる?この愛しい約束の守護者に、自分はなにを与えられるの?

―…ふうん。周太、やっぱりまだ、なんだね?

自分は何を与えられるの?
この疑問に、初恋相手の言葉が呼応する。
この愛するひとの精密検査を待つ、あのときに雪の梅林で言われた言葉。

―…筆おろしはさ、最初に出来たの?
 …ふでおろし?…あ、お軸の書はね、3歳で最初に書いたけど…
 …それじゃなくってさ…ふうん。周太、やっぱり、まだなんだね?
 …あ、違うの?…なにかな?
 …ホントに知らないんだ?やっぱり、まだか。なるほどね、

そんな会話を光一と交した。
なんのこと?そんな疑問に見つめた初恋相手は、底抜けに明るい目を細めて笑った。

「周太を『大人にする』ことだよ?」

自分を大人にすること?
言われたことが不思議で首傾げた周太に、透明なテノールは教えてくれた。

「周太の大切なトコに初めて『大人にする』コトして、お初を相手に捧げちゃうワケ。でも…そっか、まだ、捧げてないんだ?」

そう言って笑う光一の目は温かで、けれど切ない望みの気配が哀しくて、すこし怖かった。
だから言葉の意味を何となく理解できた、光一の「切ない望み」に関わることなのだと気がついた。
これは周太も漠然とは知っていることだろう、それを本当は英二にねだりたくて、けれど言えないままでいる。
本当は英二にしてほしい、けれど恥ずかしくて何か申し訳なくて、未だに言えない。

このことを今、なぜ光一は周太に確認したのだろう?

そう考えたとき、ふたりきり雪の梅林に居ることが少し怖くなった。
雪の山ふかい花の林は山っ子の光一にとっては庭、けれど周太にとっては迷宮のよう。
もし置き去りにされたら1人で無事に帰れる自信なんてない、けれど守ってくれる婚約者はまだ怪我に動けない。

もし、今ここで、光一に『周太を大人にする』ことを求められたら?

拒みたい、そんなの英二以外に捧げたくはない。
けれど、もし拒んで置き去りにされたら?そして、この花の林に閉じ込められたら?
もう二度と、あの大好きな笑顔に逢えなくなってしまう。そんなのはもっと嫌、引き離されたくない。
こうした不安と哀しみが、見つめている初恋相手の真直ぐな想い籠る瞳に見えて怖くなった。
じわり真綿のような不安のなか、透明なテノールが微笑んだ。

「周太。約束の、梅の花を俺は、君に見せたよ?」

この微笑が見つめているのは今、どんな想いにあるの?
不安と哀しみに心が縛られそう、けれど周太は微笑んで答えた。

「…ん、ありがとう。きれいだね?霞と朝日の花だね…不思議で、きれい、」
「夜はね、もっと不思議できれいだよ?…周太、」

呼ばれた名前と一緒に、真白なマウンテンコートが自分を包みこんだ。
水仙のような透明な甘い香が頬ふれて、速い鼓動がふれてくる。
この鼓動の速さが怖い、大好きな初恋相手が今は怖い。
あまく痛い沈黙に見つめる先で、純粋無垢な瞳が真直ぐに笑いかけた。

「約束の花を、ひとつ君に見せたよ?花の美しさを君に贈ったよ、俺は…周太、俺にはなにか、貰えないの?」

このひとは14年間、ずっと自分を待っていてくれた。
このひとが言う「なにか」が『大人にする』ことなのだと、自分でも今は解かる。
このひとの一途に純粋な想いは美しくて、温かくて、甦る記憶と想いは色鮮やかに愛しい。
それでも自分は帰りたい場所を見つけてしまった、あの隣から離れたくない。だから正直に想いを告げるしかない。
ひとつ呼吸して周太は、正直な想いに真直ぐ微笑んだ。

「また家に遊びに来て?そうしたら、お茶を点てて、俺が育てた花をお土産にあげる…川崎で咲いた奥多摩の花を、光一にあげるね?」

これが自分の素直な気持ち。
この体は大切な婚約者以外には捧げられない、心ごと体を繋げるのは唯ひとりだけ。
この初恋相手の想いと望みに終わり無いことも、もう解っている。このひとが自分も大切で好きだ、けれど心しか交わせない。
だから、想いを懸けた花なら贈ることは出来る。そう見つめた先で底抜けに明るい目は大らかに優しく笑ってくれた。

「お許しいただけるなら、また遊びに行くよ。逢いに行く、君と君の花たちにね?でも、ひとつだけ忠告だよ、」
「忠告?」

優しい笑顔を見あげて周太は訊きかえした。
雪白の秀麗な笑顔はそっと近づいて、耳元にキスをおとしながら囁いた。

「ずっと手つかずだったらね、いつか俺、お初の誘惑に負けちゃうかもしれない…そしたら、ごめんね?」

透明なテノールの声は切なくて、痛かった。
それでも光一は綺麗に笑って、優しい笑顔のまま周太を見つめて教えてくれた。

「あいつもさ、本当は欲しいって想ってるよ?でも、君のこと気遣って言えないんだ。あいつは恋の奴隷だろ、君が絶対だからさ、」

自分の望みを、英二も同じように望んでくれているの?
もしそうだとしたら、望みのまま正直に告げたなら、喜んでくれるのだろうか?

…こんなに華やかで、魅力的な襦袢が似合うひとが、望んでくれる?

いま手にとる深紅の艶麗な衣は、唯ひとり想うひとの白皙の肌を包む。
この襦袢を纏えるひとは稀、それくらい美しく華やかで普通は着負けするだろう。
そんな稀なる美しいひとが自分の婚約者で、いま母と電話で話している。
こんなふうに英二は心映えから美しい、だから自分は恋して愛して、体ごと心を捧げている。

だから、この初めても捧げたい。
あの美しい婚約者の手で大人にしてほしい、そしていつか妻に迎えてほしい。
そんな望みが面映ゆくて気恥ずかしくて、けれど幸せで周太は美しい衣見つめて微笑んだ。

「周太、話したいだろ?」

きれいな低い声が名前呼んでくれる。
嬉しくてふり向くと周太は、素直に恋人の携帯電話を受けとった。

「ん、ありがとう、」
「ゆっくり話して?」

そう綺麗に笑ってくれる、この優しい気遣いが好き。
いつものようにまた想ってしまう「好き」に、また羞みながら周太は母に話しかけた。

「お母さん、こんばんは?」
「こんばんは、周。着物、どうかな?」

やさしい母の声が訊いてくれる。
大好きな母の声が嬉しくて周太は微笑んだ。

「ん、とても素敵だね?どれも英二に似合ってる…あの、襦袢と博多の帯がね、特に素敵だな、って」
「あのふたつ、良いでしょう?ちょっと奮発しちゃったの、でも立派なお婿さんの為だからね?きちんとしたくて、」
「ありがとう、…恥ずかしいけど、うれしいな?」
「ほんと恥ずかしがりね?周は。お寝間着は、今夜もう着て貰ったら?周のとね、柄の大きさ違いでお揃いなのよ、」
「これのほうがもっとすごくはずかしいね?…でも、うれしいよ、お母さん、ありがとう、」

そんな会話をすこし楽しんで「おやすみなさい」に微笑んで電話を切った。
借りた携帯を英二に返しながら、周太は母に言われた通りに提案と微笑んだ。

「ね、英二?…ゆかた、着てみて?」
「周太、着せてくれるの?」

なにげない質問をしてくれる、けれど気恥ずかしいなと想う。
だって浴衣を着せるなら、下着以外は裸になった姿を見る事になる。それが気恥ずかしい。
けれど、英二はまだ一人では着物は着れない。

…それに、夫に着物を着せるのは、妻の仕事、だよね?

こんな自問も面映ゆくて、けれど幸せが温かい。
この温もりに微笑んで、周太は羞かみながらも頷いた。

「ん、着せます…あの、ぬいでくれますか?」
「ありがとう、周太、」

きれいに笑いながら英二はシャツのボタンを外し始めた。
見つめる先で白いシャツがほどけて白皙の背中がひろやかに現れる、コットンパンツも潔く落ちて伸びやかな脚が現れる。
そして振りむいてくれた姿は、ルームライトに隈なく魅せる美貌にあふれて、見惚れてしまう。
いつもなら恥ずかしがって目を逸らしてしまうけれど、今夜はなんだか見ていられる。
きれいな婚約者が嬉しくて、周太は素直に微笑んだ。

「…きれい、英二…あの、はい、」

肩に浴衣を掛けながら、やわらかな灯のした白皙の肌を見てしまう。
やっぱり綺麗なひとだな?心から感心しながら微笑んで、周太は手早く浴衣の着付けをした。
きれいに引締まった腰に兵児帯を締めながら、綺麗な色が嬉しくて周太は口を開いた。

「この帯のいろね、勝色っていうんだよ?袴のいろと、おなじだね…武士のいろなの、かっこいい色、だよ?」

山岳救助の現場に駆けていく姿は、どこか武士と似ているかも知れない。
いかなる危険な場でも、自分が信じた誇りの為に潔く、身命も懸けて誇らかに立っている。
そういう高潔な生真面目さが英二は武士みたい、そしてあの『哲人』の名を持つ高潔な北岳を思い出させる。
この端正な武士に似た「哲人」は、周太の言葉に微笑んだ。

「あ、『勝』だから、武士の色?」
「そう…英二、きりっとして似合うね?」

こんな素敵なひとが自分を求めて、婚約者にしてくれた。
そして父親にまで引きあわせて、こんな自分を婚約者に迎えることを認めさせてくれた。
すごく幸せだな?そう微笑んだ周太に、大好きな声が愉しそうに訊いてくれる。

「周太が言ってくれるなら、嬉しいよ。俺、周太好みの男になれている?」

そんな質問、恥ずかしいけど幸せ。
それになんだか今夜は、いつもより恥ずかしいが少ない気がする?
こんな今夜を不思議に想いながら周太は、素直に頷いた。

「ん、だいすき。英二がいちばんなの、…はい、着れました。すごく素敵、英二、」

真白な寝間着の浴衣に、勝色の渋い黒藍が凛として男らしい。
華やかに映える白と渋い黒藍が呼応して、生真面目で艶麗な婚約者を惹きたててくれる。
この姿が嬉しくて幸せで、周太は素直にワガママを言った。

「すごくかっこいいよ?ね、きすしてほしいな、お願い、言うこと訊いて?」

ワガママに微笑んだ先で、切長い目がすこし大きくなる。
けれどすぐ幸せに微笑んで、優しく抱きよせて温かなキスをくれた。

「可愛いね、周太?…他にご命令はありますか、俺の愛しい、恋のご主人さま?」

言うこと訊いてくれるの?
嬉しくて素直に周太は腕を伸ばして、きれいな肩に抱きついた。

「じゃあ、抱っこして?それから一緒に、夜桜を見て、ワインを飲ませて?」
「はい、仰せのままに、」

優しい笑顔が幸せに華やいで、膝から抱えあげて頬寄せてくれる。
こんなに自分を軽々と抱き上げてくれる腕が頼もしくて、愛おしい。
なんだか今夜は嬉しくて幸せで、素直にワガママをたくさん言えそう?
こんな自分が不思議で、けれど楽しくて幸せで、テラスの籐椅子に座ると周太はすぐにワガママに微笑んだ。

「今夜はね、いっぱいワガママ言っても良い?お願い、あいしてるなら言うこと聴いて?」
「愛しているから言うこと聴くよ。いっぱい周太のワガママ聴かせて?」

きれいな低い声が笑いながら、片手でクリスタルグラスに酒を注いでくれる。
そんな馴れた手つきも綺麗で見惚れながら、美しい白い衣姿を周太は微笑んで見つめた。
見つめた先の大きな窓向こう、薄紅の梢に月がかかっている。
皓々と銀いろ冴える月の高潔は夜闇にもまばゆい。その月は、白銀まとう恋人に想い観えた。

「…月、きれいだね、」

夜の静寂に、マスカットの香と想いがこぼれる。
あまい香のことばに籠る意味に紅潮が首すじ昇る、そんな想いの隣から大好きな声が微笑んだ。

「ほんとうだ、きれいな月だな?…周太の真白な着物と、似てるね?」
「…ん、なんか恥ずかしいな…あの、綺麗だよ?」

月と似た、あなたこそが綺麗。
こんな本音に微笑んで、周太は唯ひとつの想いかける横顔を見つめた。


テラスでの花見にワインが尽きて、ふたりで片づけをした。
グラスをきちんと洗って干すと、周太はカラフェに氷水を作って薄いレモンの輪切りを1つ落としこんだ。
いつも母がワインを楽しんだ後は、この冷たいレモン水を作ってあげている。だから今夜も作ってみた。
きれいなグラスを添えて盆に載せると、横から受け取った綺麗な笑顔が楽しげに訊いてくれた。

「これ持っていくから、抱っこ出来ないけれど。許してくれますか、お姫さま?」

お姫さま、だなんて気恥ずかしい。これでも自分は男だし一応23歳で警察官だから。
けれど、この武士のように高潔で凛々しい婚約者には、お姫さま扱いされるのは嬉しいなと想ってしまう。
だから正直にワガママなお姫さまでいればいい?嬉しい想いに周太は素直に微笑んだ。

「ん、ゆるしてあげる。…あとでその分、わがまま言います、」
「その分も言ってくれるんだ?楽しみです、お姫さま、」

片手で盆を器用にもって、長い指で右掌をとってくれる。
そうして手を曳いて、戸締りと照明を確認してから2階へとエスコートしてくれた。
こんなふうに掌をとってエスコートするなんて、幼い頃にたくさん読んだ童話や絵本の王子さまみたい?
気恥ずかしいけれど素直に手を曳かれていると、きれいな笑顔が訊いてくれた。

「周太、なんかすごい、おねだりとかあるの?」
「ん、はい…あるの、」

素直に頷いて周太は、すこし首筋が熱くなってきた。
いつもよりは恥ずかしくない、けれど流石にこの「おねだり」は恥ずかしい。
それでも今夜こそ言える気がして、ちいさく1つの呼吸に心落着け微笑んだ。

「どうぞ、お姫さま?」

きれいに微笑んで扉開くと部屋に導いて、ベッドに腰掛けさせてくれる。
デスクライトのあわいオレンジの光を灯すと、レモン水をサイドテーブルに置いてくれた。

「はい、お姫さま?どうぞ、」
「ありがとう、英二、」

注いだ冷たいグラスを周太の掌をとって持たせてくれる。
受取って素直にひとくち飲んだ周太を、きれいな笑顔が覗きこんだ。

「ほんとうに、きれいだね、今夜の周太は、」

とくん、
鼓動が心をノックした。
覗きこむ切長い目が切なくて、愛しい想いに心を掴まれた。

…英二、どこか違う、いつもと

いつもより熱くて切なくて、見つめると惹きこまれてしまう。
もう素直に惹きこまれていればいいの?そう思った心がふっと寛いで、ふわり周太は微笑んだ。

「ありがとう、褒めてくれて…ね、俺のこと、好き?」
「大好きだよ?だから、どんなお願いも叶えてあげたい…ね、命令して?」

きれいな笑顔で見つめてくれながら、隣からそっと掌を繋いでくれる。
繋がれた掌から伝わる温もりがうれしい、なんだか素直になんでも言ってしまえそう。
寛いだ素直な想いのまま、周太は綺麗に笑いかけた。

「じゃ、命令します。きすして?…お願い、」
「はい、」

幸せに微笑んで、そっと肩抱いて見つめてくれる。
ふれる唇がやさしい、温もりが幸せで閉じた瞳にも、やさしいキスでふれてくれる。
幸せが温かで嬉しくて、周太はワガママを言った。

「命令するね?…あの、お膝して?」
「おひざ?」

すこし首傾げて訊いてくれる。
その傾けた首筋が綺麗で、ちょっと見惚れながら周太はすこし拗ねたように教えた。

「お膝にのせて、抱っこするの。知らないなんて、がっかりするよ?」
「あ、それか。ごめんね、周太。はい、」

すぐ抱き上げて膝に乗せてくれる。
すっかり甘やかされる雰囲気が嬉しくて、きれいな白皙の頬に頬寄せて周太は微笑んだ。

「これでいいの。愛してるなら、ちゃんと言うこと聴いて?」
「はい、なんでも聴くよ?離れろ以外なら、ね」

答えた低い声が、どこかすこし哀しげで切ない。
どうしてそんな声なの?不思議に想いながら、ふっと周太は素直にお願いを口にした。

「離れないで?だから…もっと近づきたい、今よりもっと…」
「うん?もっと近づくの、周太?」

どういうこと?優しい笑顔が訊いてくれている。
いまなら、ずっと言えなかった「おねだり」を、お願いを言えそう。
ひとつ呼吸して。真直ぐ婚約者の目を見つめたまま、ふわり周太は微笑んだ。

「俺のこと、大人にして?…英二にしてほしい、お願い、言うこと聴いて?」

見つめ合う切長い目が、すこし大きくなる。
どこか切なげで、縋るよう愛しむような目になって、見つめて、綺麗な低い声が訊いた。

「周太、はっきり訊くよ?周太の童貞を、俺にくれる。そういうこと?」

いつもなら恥ずかしくて、きっと答えられない。
けれど今夜は言えてしまう、微笑んで素直に周太は頷いた。

「どうてい、って言うの?…でもきっと、それだと想います。英二にね、俺を大人にしてほしいの。お願い、言うこと聴いて?」

言うこと聴いてくれる?
にっこり微笑んで見つめる先で、切長い目が泣きそうに幸せに笑った。

「ほんとうに言うこと聴きたいよ?でも、どうして周太、急にそんなこと言うの?」
「急、じゃないの…ほんとうはね、ずっと言いたかったの。でも、恥ずかしいし、悪いみたいで言えなくて。でも、今は言えるの」

ずっと本当は考えていた、それを今夜は言える。
きっと、英二の父との対面で見つめた不安と緊張がほどけて、英二の遭難から『今』なんだと背中押されて、もう言える。
そして光一が自身の望みを告げながらも、やさしく周太の背中を押してくれたから、だから言えてしまう。

「どうして、悪い、って思ったの?」
「英二にね、いつも俺がしてること、してもらうんでしょう?…ちょっと痛いから、悪いなって想って…やっぱり、嫌?」
「嫌だなんて、無いよ?…でも、ほんとうに良いの?」

やっぱり嫌?って聴いたけれど、絶対に嫌だなんて英二は言わない。
そう解っていて訊いてみている、こんなふうにワガママ言わせてほしい。
そんなワガママに周太は素直に笑いかけた。

「どれいなんでしょ?愛しているなら言うこと聴いて?婚約者なら、ちゃんと大人にして?そしていつか妻にして…ね、英二、」

きっと痛い思いさせてしまう、けれど、お願いしたい。
こんなワガママ、いけないのかもしれない。でもワガママだけじゃないから聴いてほしいな?
綺麗に笑って周太はダメ押しをした。

「お願い、英二?初めてを受けとって?…愛してるから、英二だけがいい、他は嫌…愛しているなら、言うこと聴いて?」

いまきっと、頬も真赤になっている。
それでも、おねだりが言えて嬉しくて周太は微笑んだ。
微笑んだ瞳を切長い目が切なく見つめて、きれいな低い声が微笑んだ。

「言うこと、聴きたいよ?…愛してる、周太。初めてを、させて?」

想い告げながら、やさしいキスがふれてくれる。
唇で想い受けとめて、ふれる唇から熱が口移しに偲びこむ。
くらり頭が溶けてしまうキスに抱きとめられて、周太は切長い目を見あげた。
見あげて結ばれる視線つなぎとめて、切長い目はあわい緊張と幸せに微笑んだ。

「周太、俺もね、させるのは初めてだから…俺も初めてを、周太にあげるよ?」

きれいな低い声が気恥ずかしげに、それ以上に幸せそうに言ってくれる。
その言葉にやっぱり気恥ずかしくて頬が熱くなる、そして少し心配になって、周太は訊いてみた。

「ん、…うれしい、英二の初めて。でもあの、俺が英二にね、するの?…どうしたらいいの?」

よく考えたら自分は、夜のことの仕方をよく解っていない。
いつも英二にしてもらっているけれど、いざ自分がしろと言われたら困ってしまう。
やっぱり出来ないとダメなのかな?途方に暮れかけた周太に、きれいな笑顔が可笑しそうにキスをしてくれた。

「大丈夫だよ、周太?ちゃんと、俺が周太にしてあげる。周太はいつもどおりに、素直に俺にされていて?…周太、」

そっと唇かさねながら、やわらかく抱きしめてくれる。
抱きしめて、白いシーツに横たえてくれながらキスが唇から熱に侵しだす。
いつもより緊張が心を縛りだす、けれどキスは優しいままふれて、心をほぐそうとしてくれる。

…やさしい、英二…大好き、

幸せな想いに微笑んで、離れた唇を見あげた。
見あげた端正な口許がきれいに微笑んで、そっと始まりを告げてくれた。

「周太、…君を、愛してる。すべて任せて、そして素直に感じて?…」

告げながら長い指が腰の帯に掛けられる。
しゅっ、かすかな衣擦れの音に緩まる帯の感触を知りながら、周太は愛するひとを見つめた。
解かれていく帯のゆるまりに鼓動がすこしだけ、速まってしまう。
この緊張と不安と、ときめきに鼓動を聴きながら、ふと周太は切長い目に光がこぼれだすのを見た。

「…どうしたの、なぜ泣くの?」

そっと掌伸ばして、きれいな目許を拭っていく。
拭う指と掌に唇よせてキスをくれて、きれいに英二は笑ってくれた。

「うん、幸せなんだ…こうして周太と、お互いの初めてを一緒に出来るのがね、幸せで、泣けるんだ、」

やさしい言葉と一緒に唇を重ねてくれる。
想いを口づけに交わしながら、あわい藤色の帯が解かれて床へとながれた。
視界の端、サイドテーブルの野すみれと帯の薄紫が映りこんで、この色への想いと記憶に周太は微笑んだ。
きっと、この色は好きな色になってしまう、「初めて」を交わす大切な夜に見つめた色だから。

「周太、…きれいだ、ふれるよ?」
「…っ、」

綺麗な低い声が切ない想いこめて告げる、夜の仕草が心ふるわす。
白い衣がひらかれて、肩からすべり落とされる。
露にされる肌を熱い唇がふれていく、そして長い指から与えられ始めた感覚に声がこぼれた。

「あ、…っ、」
「可愛い、周太…もっと、素直に声を聴かせて?…ね、ここに今から、キスするよ、」
「…っ、」

今夜「初めて」をするところに唇ふれる。
ふれられて恥ずかしくて、思わず腰を捩って周太は逃げようとした。

「ほら、周太?だめだよ、…すべて任せて、って言っただろ?」

言葉と一緒に腰は抱かれて、動きを封じられていく。
また唇にふれられ鋭くなる感覚が恥ずかしい、ふれられる所に絡まる視線を感じて、苦しい甘さに周太は喘いだ。

「やっ、…はずかしい、えいじ、…あ、だめ…」
「恥ずかしくないよ、周太?…可愛いよ、ここも周太も、…食べたいくらい、可愛い、」
「あ…っ、」

こくんと呑まれる温もりが奔って、呼吸が止まる。
思わず見た恋人の、美しい口許がほどこしていることが幻想のようで、いま自分がされている事が夢のように想う。
ほんとうに、この美しいひとが自分にこんな事をしている?
いつもながらに信じられない想いと、この甘い苦しみが幸せで、あまやかな混乱にくるまれてしまう。

「…あ、…だめ、…あ、」

吐息と一緒に言葉にならない声がこぼれてしまう。
いま美しい口が与えてくる感覚が、頭の芯から熔かして心ごと結わえられていく。
やわらかさと温もりに包みながら、歯でかるく噛まれている。このまま本当に、食べられてしまうの?
いつも想う甘い不安と委ねきっていく安堵感に、心ごとほどかれた体から力が抜けた。

「…あ、…ん、」

こぼれていく声が甘い、自分の声だと信じられない。
途惑いより、与えられる感覚とふれる想いへの幸せが濃くなっていく。
いつもならこのまま美しい口は、いちど周太の体から搾り飲みこんでしまう。
けれど今夜はそっと唇を離すと冷たいグラスの水を飲みこんで、切長い目が瞳のぞきこんで微笑んだ。

「周太、これから君を、大人にするよ?…このまま、俺に任せてくれる?」

告げてくれながら長い指がまたふれて、なにか薄いものをそこに纏わせてくれる。
その初めての感覚が不思議で、けれどこの愛するひとに全て任せてしまいたくて、素直に周太は微笑んだ。

「はい、…ぜんぶ、して?…おとなにして、おねがい、」
「可愛いね、周太は?…痛くないようにするから…おとなしくしてね?」
「…ん、…いたくても、がまんするから…えいじ、して?」
「いい子だね、周太…わがままで素直で、大好きだよ?」

キスふれる唇からレモンの香がこぼれてくる。
熱っぽい視界にぼんやりする向こうで、艶麗な微笑が優しく見つめてくれる。
きれいだな、そう見惚れた婚約者の肩から、白い衣がすべりおちて白皙の肌が露になった。

「…きれい、えいじ…」

なめらかな白皙の素肌が、あわい光に輝いている。
こんな綺麗なひとが今から、自分を大人にしてくれる、初めてを受けとってくれる。
そして初めてを自分にも贈ってくれるの?幸せで微笑んだ周太に、切なげで幸せな笑顔がきれいに笑いかけた。

「この体のすべて、いまから君にあげるよ?…周太の初めてを受けとって、俺の初めてをあげる。
俺の初めてで、周太を大人にしてあげる…ね、周太?俺いま、すごく緊張してるんだよ?そして、幸せで嬉しいんだ、」

きれいに笑ってくれながら、そっと周太の掌をとって広やかな胸に当ててくれる。
ふれる肌理のむこう、なめらかな感触と逞しい筋肉の奥から、すこし速いけれど頼もしい鼓動が響いてくる。

…英二、生きていてくれている…元気で、温かい、

これは、ささやかなことのよう。
けれど本当は得難くて、偶然の顔した幸運がたくさん詰まっている。
この幸せが嬉しくて、素直に周太は微笑んだ。

「ん、幸せだよ、俺も…大好きなひとに、大人にしてもらえるの、英二に…ね、大人になったら、もっと好きになってくれる?」
「うん、きっとね、もっと好きになって、離せなくなる…困るよ?きっと、」

優しい笑顔で応えてくれながら、そっと掌を繋いでシーツの上に長い指と組み合わせてくれる。
もう片方の掌がふれてくれる、そこは気恥ずかしくて、これから大人になることの不安と歓びが絡み合う。
これから何が起こるの?ほっと吐息をついた周太に英二が笑いかけてくれた。

「周太、今からね。いつも俺が周太の体で感じていることを、君に感じさせてあげる。そして俺は、いつも君が感じている事を知る。
こんなふうに今夜からはね、お互いに全てを、一緒に感じられるようになるよ?…これって幸せなことだよ、だから、大切にしたいよ」

お互いの感じている事を交換して、すべて一緒に出来る。
この大好きな、唯ひとり想い恋し愛するひとと、ひとつに出来るの?それが嬉しくて周太はきれいに笑いかけた。

「ん、大切にしたい…うれしい。ね、英二…して?」

いつものように羞んで、素直に周太は微笑んだ。
見つめる想いの真中で切長い目も微笑んで、やさしいキスを贈ってくれた。

「子ども周太、可愛いね?でも大人になっても、変わらないよ、君を愛している、…はじめるよ?」

告げて微笑んで、深く吐息をつくと白皙の体は、周太の腰の上に沈み始めた。
長い指ふれてくれる所へと圧迫感がかかってすぐ、滑るような感覚と一緒に熱が包んだ。

「…あ、…っ、」
「…、」

こぼれた声に、吐息が重なり合う。
与えられる感覚に驚きと、惹きこまれる甘さに呑みこまれてしまう。
悶えるよう身を捩って見あげる端正な貌は、すこし眉をひそめながら切ない目が微笑んでくれた。

「…、痛くない?周太…大丈夫?」
「ん、…いたくない、…よ、」

素直に答えながら周太は愛するひとの貌を見つめた。
いつにない眉の顰が、受容れる痛みを感じさせて申し訳ない気持ちになってしまう。
どうしても最初は広げられる感じが痛い、それをこのひとに感じさせることが辛い。
けれど、見つめる先で端正な貌は幸せそうに微笑んだ、

「痛くないなら、よかった…ね、周太?今から、気持ちよくしてあげるよ、」

きれいに笑って、すこし眉ひそめたまま白皙の体が沈みこむ。
その動きに導かれるよう感覚ごと呑みこまれて、初めての体感に体中がふるえた。

「…ああっ、あ、っ、…、…」

この声は、自分の声?
そんな声が感覚と一緒に零れだす。
零れていく声に自分で驚きながら、与えられる感覚に周太は悶えた。

「えいじ、…へん、なの…あ、っ、」
「…大丈夫だよ、周太…変じゃないから…それで良いから、…っ、…周太、気持ちいい?」

答えてくれながら吐息ひとつ、白皙の腰が沈みこむ。
沈められるたび、やわらかに熱が絡みこんで呑みこまれてしまう。
この感触と熱が、どこから与えられているのか?この相手と今この現実が幸せで、夢のように感じてしまう。
この幸せに与えられる感覚あまやかに溺れこまされて、初めての感触と幸福感に瞳から涙が零れた。

「えいじ…の、なか、温かい…きもちいい、よ……っ、あ、」
「…、」

答えている目の前で、ゆっくり白皙の腰が沈みこむ。
沈みこんだ腰が周太の腰にふれて、重なりあわされて融け合った。
融け合う感覚に音にならない声で喘いでしまう。この惑いに喘ぐ頬に、白皙の頬がよせられた。

「…周太、全部、入ったよ?…俺の、初めて…あげたよ?」

すこし眉ひそめた綺麗な笑顔が、充ちた低い声に告げてくれる。
言葉通りに、包まれて納められた体は、やわらかに絡みつく温もりに溺れこんで喜びだす。
こうして納められ包まれる、それだけで押し寄せる感覚が紅潮を呼び覚ましていく。
この初めてをくれた恋人が愛しくて、うれしくて、周太は微笑んだ。

「…初めて、うれしい…ありがとう、…っ、あ、」
「もっと喜んで、周太?愛してるよ…だから、もっと気持ちよくしてあげる、」
「…ああ、っ、」

綺麗な微笑に応えながら、ゆっくり動き出す白皙の腰に周太は悶えた。
絡まっている温もりが蠢いて、引き摺りこまれ呑みこまれる感覚に包まれてしまう。
これが大人になる感覚なの?どうしよう?この感覚の不思議さにゆらされて、惑ってしまう。

「…っ、ん、あ、…英二、まって…へんになりそう、なんか、あ、」
「大丈夫だから…っ、…力抜いて?周太…素直に感じて、気持ちよくなって…」

抱きしめて、ときおりキスふれながら微笑んでくれる。
ゆれる腰に感覚を支配されていく、絡みつく熱と温もりに呑まれて意識が変になる。
そうして抱きしめられたまま、大きなふるえに全身が貫かれて、かくんと力が消えた。

「…っ、」

やわらかに体が強く抱きしめられていく、抱きしめる腕に全身を預けてしまう。
ゆるやかな意識に響く鼓動が、心臓ともう一カ所から伝わってくる。
なにが起きたの?そんな疑問の意識へと、きれいな笑顔が映りこんだ。

「周太、大人になったね?…おめでとう、」
「……あ、…大人に、なれた?…もっと好き、に…なって、くれる?」

ぼんやりとした意識から質問と一緒に周太は微笑んだ。
そっと周太の額にキスしてくれながら、きれいな笑顔が咲いてくれた。

「うん、もっと好きだよ?…感じる?周太まだ俺の中に、いるんだよ?…ほら、」
「あ、…っ、」

揺らされる腰の中で、与えられる感覚に身悶えてしまう。
いま悶える体を抱きしめながら、すこし切なげに微笑んで英二は訊いてくれた。

「ね、周太?…いつも通りに周太のこと、抱いていい?…好きなだけ、させてくれる?」

どうかお願い聴いて?
きれいな笑顔が目でも訴えてくれる、おねだりが恥ずかしくて嬉しい。
まだ力のぬけたままの体で周太は、素直に頷いた。

「はい、…して?…いっぱい、愛してくれる?」
「ありがとう、いっぱい愛するよ?…じゃあ、周太。始めるからね、」

幸せな笑顔が咲いて、ゆっくり腰をうかせてくれる。
納めてあったところに感触がこすれて、びくりとしてしまう。
そんな様子を見てとった切長い目が微笑んで、そこに長い指をかけてくれた。

「まず、ここからしてあげる…周太を食べさせて?」

訊きながら長い指が動いて、大人になったところを優しく清めてくれる。
この恥ずかしさに頬染めながら、けれど愛されたい想い素直に周太は頷いた。

「…ん、はい…英二の好きにして?」
「ありがとう、好きにするね…周太、可愛い、」

きれいな笑顔が咲いた唇が、清められたところを含んでいく。
また与えられる感覚と恥ずかしさに、声も心も喘ぎ始めだす。
そして何よりも、ふれあえる体温の温もりが幸せで周太は微笑んだ。


2度目の眠りから覚めたのは、陽も高くなった10時前だった。
遅い朝食の支度に台所に立って、菜の花の白和えを作る手の甲に髪から雫がひとつ降りかかる。
この髪がまだ濡れている理由が気恥ずかしくて、周太は頬を赤らめた。

―…周太には、夢だったんだ?すごく大切な夜だったのに…周太も初めてだったけれど、俺だって、初めてだったのにな

暁時に目覚めたとき。
昨夜ふるよう与えられた想いと感覚が、心から幸せだった。
ずっと本当は願っていたこと「愛するひとに大人にしてもらう」この願い叶えられたの?
それは本当に幸せで、あんまり幸せな事だから「夢を見たのかな?」と想ってしまった。

幸せすぎた春の夜の夢、「初めて」を相交わした恋人の時間。

この幸福な夜は、夢か現実か?
ワインの香と眠りの名残に惑うよう、よく解からなくて。
幸福すぎる夜の時間は、あんまり気恥ずかしくて甘すぎる幸せは夢のように想えて。
そんな幸福感と恥ずかしさとに意識惑うままに、英二に「夢だと思って」と言ってしまった。
それが英二を傷つけてしまったのが哀しかった、けれど「もう一度して?」とお願いすると綺麗に笑ってくれて嬉しかった。

―…愛しているから、言うこと聴くよ?…ぜんぶ、昨夜と同じにする。だって周太、昨夜はすごく喜んでくれたから…

そんなふうに言って夜明けの静謐を恋人の時間にして贈ってくれた。
あの幸せな時間がひとつずつ甦りそうなのは、きっと「おさらい」をしてくれた所為だろう。
いま明るい春の陽ふる台所に立っている、それなのに夜と暁の時間が鮮やかに想われて、頬の火照りが納まらない。

「…ほんとうに、ぜんぶ一緒だったよね?…どうしよう、」

夜と暁にされた全てが恥ずかしくて、けれど幸せで。
この全てを英二は「大切にしよう?」と言ってくれた、だから今後も同じようにするのだろう。
そうだとすると、毎回こんな気恥ずかしい想いをする?それが困ってしまう、けれど幸せは温かで嬉しい。
そして今朝は面映ゆくて仕方ない、この感覚と夜と暁の記憶に顔を赤くしたまま、周太は味噌汁の加減を見た。

「…ん、おいしい、」

海老団子でつみれ汁に仕立ててみた、その出汁がいい塩梅になっている。
昼ごはんも一緒の時間の朝食だから、すこしボリュームがある献立にしていく。
きっと英二は、お腹が空いているだろうな?そう思った途端にまた「空腹の原因」が恥ずかしくて周太は困った。
こんなに今から恥ずかしがってばかりいたら、このあと英二が浴室から出てきたらもっと困るだろうな?
そんな心配をしている背中で、ステンドグラスの扉が開かれた。

「お待たせ、周太。手伝えること、あるかな?」

明るい張り艶やかな、きれいな低い声に「やっぱり大好き」と想ってしまう。
恥ずかしいけれど、充足感ある声をしてくれる貌が見てみたい。
菜箸とすり鉢を持ったまま振り返ると、輝くような綺麗な笑顔が見惚れるよう笑ってくれた。

「すごく綺麗だ、周太…ほら、言った通りになったね?」

幸せな笑顔であゆみよって、やさしいキスを唇に重ねてくれる。
湯の温もりと瑞々しさ華やいだ唇が、おだやかに優しくて幸せが温かい。
うれしい想いに、そっとキスが離れると微笑ながら周太は訊いてみた。

「…言った通り?」
「うん、そうだよ、周太、」

答えてくれながらカットソーの袖を捲ってくれる。
そして並んで調理台に立ちながら、幸せな笑顔が言ってくれた。

「大人になったら、もっと好きになる。そう言った通りにね、俺はまた今、周太に恋して、ときめいたよ?」

こんなふうに言ってくれる想いが幸せ。
この想いの幸せが切なくなるほど愛しくて、ずっと傍にいたいと想ってしまう。
想い素直に微笑んで、そっと周太は応えた。

「ん、ありがとう…ずっと、恋して、ときめいてね?」
「うん、ずっと恋するよ、そして愛している。ずっと、の約束だよ?」

約束に笑ってキスを贈ってくれる。
そして笊に摘んである野菜に気がついて、長い指の掌は流しの盥で洗い始めた。

「周太、これ、サラダにする?」
「ん、そう…トマトと合わせるつもりで、」

並んで一緒に仕度してくれる姿が、心から幸せにしてくれる。
ずっと願いたい、こんなふうに朝を一緒に迎えて、面映ゆさに困りながら食事を支度したい。
この幸せな想いを示したくて。まずは手始めに、おかずの惣菜を一品、増やしてみたくなる。
いま作っている献立は、海老団子の味噌汁、焼鮭、肉じゃが、菜の花白和え、即席漬、トマトと芽野菜のサラダ。
これにあと加えられるものは何だろう?

…あ、卵の料理、かな?洋がいいかな、

そんな理由で今朝の食事に急遽、ツナとコーンのチーズオムレツが追加された。


(to be continued)

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