By chance or nature's changing course untrimm'd;
第85話 春鎮 act.31 another,side story「陽はまた昇る」
桜が白い、街路灯の夜。
「おー、夜桜だなあ、」
闊達な声が見あげる隣、あおぐ花どこか無機質に白い。
蛍光灯にぶい白色の花、今はもう違和感くすむ。
―奥多摩の桜を見たから…うちの庭で、月で、
なつかしい生家の庭、もうどれくらい帰っていない?
留守の庭すこし荒れたろうか、それでも花は咲くのだろう、あなたがいた春のまま。
『周太、花盛りだな?庭も、』
一年前、あの春が呼ぶ。
『月が明るいね、今夜は。おかげで桜が良く見える、』
あのとき自分は幸せだった、唯ひとつ唯ひとり見つめて。
あの笑顔だけ見つめて幸せだった、唯ひとつ宝物だと疑いもしないで。
あの春の笑顔は今どうしているだろう、今、どこで何を見つめている?
「どうした周太?」
ほら、今が呼ぶ。
ふりむいた街灯の花、眼鏡の瞳が笑いかける。
まだ一年前は知らなかった笑顔に周太は微笑んだ。
「なんでもない、けど…ごめんね賢弥、いきなり泊めてなんて、」
こんなこと昨日は考えもしなかった。
また巻きこんでしまって、それでも笑ってくれた。
「そんなの謝んなくていいって周太、飲んでなだれこむとかとかフツーだし?」
気さく朗らかに笑ってくれる、そんな友達だと今はもう知っている。
去年は他人だった笑顔と街路灯の道、あわい満開の夜桜に微笑んだ。
「ありがとう…さっきも話あわせてくれてごめんね、嘘吐かせちゃって…」
「あれくらい気にすんなよ?俺こそテキトウ言ったけど、あんなで大丈夫だった?」
闊達な声に透る夜、すこし埃っぽいような香ほろ甘い。
桜ふるアスファルトの静寂、ふたり靴音に尋ねた。
「すごくたすかったよ、それであの…母から電話きたとき美代さんどんなだった、かな?」
あのとき自分も電話中で、その空白を知りたい。
そんな願いに隣、チタンフレームの瞳は向こう見た。
「本人を見りゃわかるだろ?ほら、」
困ったもんだよな?
そう笑ってくれる視線たどって、華奢なコート姿もう遠い。
「小嶌さん笑ってるだろ?田嶋先生が冗談でも言ってるんだろうけどさ、でもそれだけじゃなくね?」
朗らかで、そのくせ深い優しい声が言う。
その声たどる夜桜の道、三つの背中たち駅へ遠ざかる。
「さっきも小嶌さん、周太の母さんのこと大好きだって笑ってたよ?でもさっきので解るだろ、ホントは誰と一緒にいたいかさ?」
さっき店先で別れたばかり、もう視界から遠くベージュのコート。
たぶん彼女の瞳は笑っているだろう、その華奢な後姿に言った。
「でも…今は離れて考えるほうがいいって、思うんだ、」
今は一緒にいないほうがいい、きっと。
想い見送って、また歩きだした。
夜の窓、風くすぐる。
濡れ髪そよぐ香あまい、その先に桜が光る。
開けたままのガラスに花は燈る、かすかな甘さ匂う風。
くすぐるような甘さ深く高雅で、もたれこんだ窓辺に呼ばれた。
「周太、ほら?」
ぱさん、
空気ゆれて頬かすめて、ふわり温もり肩くるむ。
カーディガンやさしい温度に友達が笑った。
「風呂あがりに風あたりすぎんなよ、まだ夜は冷えんぞ?」
「ん…ありがとう賢弥、」
微笑んでニットかきよせて、でも窓は閉めたくない。
だって風が甘い、あまく冷たくて冴える思考こぼれた。
「ね…僕が美代さんの家に行ったら、でしゃばりすぎかな?」
声かすめる風あまい、あまい冷たい風かすかなアルコール。
まだ酔いの残滓やわらかな窓、ことん、床にコーヒー香った。
「そーだなあ、とりあえずコーヒーいらん?」
フローリング直置きマグカップ、ほろ苦い馥郁あまい。
インスタントなのだろう、それでも芳香おだやかに微笑んだ。
「ありがとう…いい香、」
「だろ?インスタントだけど結構いいんだ、」
笑って隣、腰おろしてくれる。
開けっ放しの窓に見あげる夜、街灯ゆらす桜にひとくち熱い。
「…おいし、」
ため息そっと苦いくせ甘い。
くるむ掌じんわり熱にじんで、ゆるむ温度に言われた。
「あのなあ周太、今、小嶌さんち行くと選択肢が無くなるんじゃね?」
(to be continued)
harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.31 another,side story「陽はまた昇る」
桜が白い、街路灯の夜。
「おー、夜桜だなあ、」
闊達な声が見あげる隣、あおぐ花どこか無機質に白い。
蛍光灯にぶい白色の花、今はもう違和感くすむ。
―奥多摩の桜を見たから…うちの庭で、月で、
なつかしい生家の庭、もうどれくらい帰っていない?
留守の庭すこし荒れたろうか、それでも花は咲くのだろう、あなたがいた春のまま。
『周太、花盛りだな?庭も、』
一年前、あの春が呼ぶ。
『月が明るいね、今夜は。おかげで桜が良く見える、』
あのとき自分は幸せだった、唯ひとつ唯ひとり見つめて。
あの笑顔だけ見つめて幸せだった、唯ひとつ宝物だと疑いもしないで。
あの春の笑顔は今どうしているだろう、今、どこで何を見つめている?
「どうした周太?」
ほら、今が呼ぶ。
ふりむいた街灯の花、眼鏡の瞳が笑いかける。
まだ一年前は知らなかった笑顔に周太は微笑んだ。
「なんでもない、けど…ごめんね賢弥、いきなり泊めてなんて、」
こんなこと昨日は考えもしなかった。
また巻きこんでしまって、それでも笑ってくれた。
「そんなの謝んなくていいって周太、飲んでなだれこむとかとかフツーだし?」
気さく朗らかに笑ってくれる、そんな友達だと今はもう知っている。
去年は他人だった笑顔と街路灯の道、あわい満開の夜桜に微笑んだ。
「ありがとう…さっきも話あわせてくれてごめんね、嘘吐かせちゃって…」
「あれくらい気にすんなよ?俺こそテキトウ言ったけど、あんなで大丈夫だった?」
闊達な声に透る夜、すこし埃っぽいような香ほろ甘い。
桜ふるアスファルトの静寂、ふたり靴音に尋ねた。
「すごくたすかったよ、それであの…母から電話きたとき美代さんどんなだった、かな?」
あのとき自分も電話中で、その空白を知りたい。
そんな願いに隣、チタンフレームの瞳は向こう見た。
「本人を見りゃわかるだろ?ほら、」
困ったもんだよな?
そう笑ってくれる視線たどって、華奢なコート姿もう遠い。
「小嶌さん笑ってるだろ?田嶋先生が冗談でも言ってるんだろうけどさ、でもそれだけじゃなくね?」
朗らかで、そのくせ深い優しい声が言う。
その声たどる夜桜の道、三つの背中たち駅へ遠ざかる。
「さっきも小嶌さん、周太の母さんのこと大好きだって笑ってたよ?でもさっきので解るだろ、ホントは誰と一緒にいたいかさ?」
さっき店先で別れたばかり、もう視界から遠くベージュのコート。
たぶん彼女の瞳は笑っているだろう、その華奢な後姿に言った。
「でも…今は離れて考えるほうがいいって、思うんだ、」
今は一緒にいないほうがいい、きっと。
想い見送って、また歩きだした。
夜の窓、風くすぐる。
濡れ髪そよぐ香あまい、その先に桜が光る。
開けたままのガラスに花は燈る、かすかな甘さ匂う風。
くすぐるような甘さ深く高雅で、もたれこんだ窓辺に呼ばれた。
「周太、ほら?」
ぱさん、
空気ゆれて頬かすめて、ふわり温もり肩くるむ。
カーディガンやさしい温度に友達が笑った。
「風呂あがりに風あたりすぎんなよ、まだ夜は冷えんぞ?」
「ん…ありがとう賢弥、」
微笑んでニットかきよせて、でも窓は閉めたくない。
だって風が甘い、あまく冷たくて冴える思考こぼれた。
「ね…僕が美代さんの家に行ったら、でしゃばりすぎかな?」
声かすめる風あまい、あまい冷たい風かすかなアルコール。
まだ酔いの残滓やわらかな窓、ことん、床にコーヒー香った。
「そーだなあ、とりあえずコーヒーいらん?」
フローリング直置きマグカップ、ほろ苦い馥郁あまい。
インスタントなのだろう、それでも芳香おだやかに微笑んだ。
「ありがとう…いい香、」
「だろ?インスタントだけど結構いいんだ、」
笑って隣、腰おろしてくれる。
開けっ放しの窓に見あげる夜、街灯ゆらす桜にひとくち熱い。
「…おいし、」
ため息そっと苦いくせ甘い。
くるむ掌じんわり熱にじんで、ゆるむ温度に言われた。
「あのなあ周太、今、小嶌さんち行くと選択肢が無くなるんじゃね?」
(to be continued)