Nor shall Death brag thou wand'rest in his shade, 君の光陰に
第85話 春鎮 act.33 another,side story「陽はまた昇る」
ほのかな風、雲が光りだす。
もうじき月が照る、そんな夜に訊かれた。
「俺の意見って周太、もしかして小嶌さんのこと?」
息止まる、訊かれると。
自分から口開こうとしたばかり、それなのに鼓動が絞まる。
それだけ緊張している等身大ゆっくり肯いた。
「うん…賢弥の意見を聴かせて?」
いつも闊達な聡明、その視線に聴いてみたい。
どこか気恥ずかしい熱そまる頬、夜涼やかな風に続けた。
「賢弥は美代さんと研究室でのつきあいがあって、春からは大学で毎日もっと顔合わすことになるよね…僕も春から大学に通うの多くなる、から、」
今3月の終わり、もう二週間も経たず始まる新学期。
これまでより時間が増える相手はタオルがしがし、洗い髪ぬぐって笑った。
「なるほどな?周太と小嶌さんがナンカあるたび俺がイチバン巻きこまれるってことか、あははっ、」
あああそんな直接的に言わないで?
「…そのいいかたはずかしいけど、そういうことですからいけんききたくて、」
返事しながら首すじ熱く這いあがる。
否定しようもないまま頬さすった隣、眼鏡の瞳が大らかに笑った。
「そんな恥ずかしがるなんてさ、周太、もう答えワリと出てるんだろ?」
月が動く、窓の桜あわく墨色しずむ。
夜しずみこむ花の色、けれど明るむ窓に答えた。
「誰もが幸せになるには、答え、決まってるから…、」
最初からわかっていた、ほんとうは。
-そうでしょう、英二?
ほんとうは解っていた、あなたも。
だから迷って苦しんで、だからあの夜あなたは泣いた。
『おまえが、好きだ』
初めて聴いた告白、あなたの声だ。
あなたの声に告げられた想い、あれが自分の初めての恋愛。
あの瞬間とまどって、それでも温かで、けれどあなたは言った。
『警察学校で男同士で。普通じゃない、そんなことは最初に気付いてる、』
普通じゃない、最初から。
そのとおりだ、でも自分には初めてだったのに?
『こういう想いが生き難いことだって知っている、でも諦めることも出来ない、』
知っている、あなたは最初から。
そのくせ諦められないと言ったから、信じていいと想った。
あれから四季ひとめぐり半、また訪れた桜の夜にコーヒーが香る。
「なあ周太?答え決まってるってソレ、どういう意味で言ってる?」
「どういう意味…って?」
質問ふりむいて隣、友だちが見つめてくれる。
まっすぐ視線チタンフレームごし、闊達な声が訊いた。
「誰もが幸せになるためって今、言ったけどさ?おふくろさんや、おばあさん?とかにさ、なんか言われてんの?」
ことん、マグカップ床に響いて香る。
ほろ苦い甘い芳香に口開いた。
「おば…祖母は美代さんを気に入ってるんだ、だから今夜も僕が帰らないこと残念がってて、」
「あーそかそか、さっき電話でごねられた?」
訊いてくれる軽やかなトーン、息ほっと抜いてくれる。
沈みこむ哀痛やわらかに明るんで、ちいさく微笑んだ。
「でもね、お友だちとの時間も大切ねって納得してくれて…明日の朝ごはんは必ずよって念押されたけど、」
「朝ごはんか、葉山だよな?時間けっこう掛かるだろ、」
言いながら手もと、スマートフォン検索してくれる。
開かれた乗換案内、一緒に眺めながら言った。
「母は僕が幸せならいいって言うんだ、でも…孫が見たいって前は、言ってたから、」
きのう、電話でもそうだった。
息子の意志を尊重して、そのために外泊を提案してくれた。
けれど忘れてなんかいない、あのひとに出逢う前、母が願っていたこと。
「そっか、親ならアタリマエかもしれねえな?」
ことん、スマートフォン置きながら言ってくれる。
その言葉すなおに肯いた。
「うん…あたりまえだから、叶えてもあげたくて、」
あたりまえ、普通のこと。
普通だからこそ叶えてあげたい、ごく普通の幸福ひとつでも多く。
だって母は「普通」を求めて生きてきた。
「僕も父を早く亡くしたけど、母も同じなんだ…それに社会人になってすぐ母親も亡くなってて、夫も…だから、」
家族との縁あわい孤独、それでも笑ってくれる。
そうして夜ひとり書斎に過ごす母、その想いに明眸が言った。
「そっか、おふくろさんに家族をあげたいんだ?」
「ん…、」
うなずいて、雪の夜が映る。
『馨さんも私と息子を護りたかっただけよ、』
父の殺害犯と対峙した、そのとき母が言ったこと。
あの言葉ゆるやかに結晶して声になる。
「もう母をひとりぼっちで泣かせたくないんだ…美代さんも泣かせたくない、」
自分は美代を泣かせるだろうか、父と母のように?
保証なんてどこにもない、一年後どころか明日すら解らない。
警察を辞しても危険どこまで消えるのだろう?そんな現実のはざま問いかけた。
「賢弥、僕は美代さんを幸せにできるかな…率直に聴かせて?」
警察のこと、これまでの自分、あのひとも知らない友だち。
過去を知らない「今」だけを見て、ただ自分だけを知ってくれる。
その視線から見える未来を教えてほしい、願い見つめる真中で明眸が笑った。
「率直にか、じゃあ辛辣も言うぞ?」
「ん、」
うなずいて見つめて、眼鏡から瞳が見返す。
チタンフレーム理知的な視線、日焼すこやかな口が開いた。
「まずさ、その男と本気でケリつけんと失礼じゃねえ?」
とくん、鼓動が軋む。
「周太の気持ちはどっちつかずだろ?昨日はAで今日はB気分・明日またAかもってさ、ソレ結局は自己中のご都合主義だろ?恋愛でソレは尻軽じゃね?」
自己中心だから「どっちつかず」決められない。
そのとおりだ、自分は身勝手すぎる。
「相手が小嶌さんだからってワケじゃなくて、誰が相手でもな?その男にも失礼だろ?誰だろーが前の恋愛ひきずってツキアウとか幸せじゃねえし、」
ああ、そうか。
「そうだよね…ごめんなさい、」
得心そっと声になる、瞳ふかく滲みだす。
ゆるやかな熱ゆっくり瞬くはざま、ことん、床に箱が白い。
「とりあえず泣いちゃえよ周太、ティッシュ買い置きあるから心配すんなよ?」
泣いて良い、そう告げる声が温かい。
鼓動ふかく温かで、瞳あふれて零れだす。
「けんや、は…ほんとに僕のこと、みてるんだね…」
自分を見てくれている、この自分を。
だから嗤わず答える瞳が笑った。
「周太のこと見てるよ俺、研究パートナー選ぶとか真剣にやらんとダメだし?」
研究、それが人生を意味する男。
『研究パートナーは生涯つきあうからな、』
そんなふう二時間前にも言っていた、それだけ懸けて学ぶ瞳。
その視線が自分を見つめて尋ねた。
「それで周太、なんで今ホントに見てるって思ったわけ?」
「ん…失礼って言ってくれたから、」
返事一枚、ティッシュひっぱりだす。
やわらかな手ざわり顔ふれて、洟ひとつかんだ。
「…その男にも失礼て言ってくれたでしょ、いま…きっと偏見があったら言わないと思う、」
涙こぼれて、ほら、あの声。
“けれど冷たい偏見で見られる事も知っている、”
新宿のガード下に出会った声、あれは自分の現実。
あの泣いていた横顔に自分を見る、それでも明眸がこちら見た。
「俺に偏見マッタクないかは俺も解らんよ?ただ周太は周太だってダケなんだ俺、」
明朗な声タオルがしがし、濡れ髪あわく窓に光る。
チタンフレームの瞳は自分を見て、そして言った。
「異性愛者は信頼できるって命題は“偽”だろ?ソレと同じに同性愛だからってコト無いな思うわけ、単純に・周太だから偏見を挟まないってダケ、」
命題、偽、まるで数学の問題みたいだ?
こんな感情にも理論で話す、それなのに温かで吐息ほどけた。
「ね…どうして賢弥、僕のどこがそんな…?」
自分だから偏見はさまない、そんなふう言われる価値あるだろうか?
途惑いと安堵まぜこんだマグカップ、コーヒーひとくち言われた。
「俺のスケッチブックに本気で感動してくれるから、かなー…ま、理屈じゃねえな?」
コーヒーほろ苦い香、あまい桜かすかな風。
都心のかたすみ街路灯そっけない、そのクセこの窓辺は温かい。
(to be continued)
harushizume―周太24歳3月下旬
第85話 春鎮 act.33 another,side story「陽はまた昇る」
ほのかな風、雲が光りだす。
もうじき月が照る、そんな夜に訊かれた。
「俺の意見って周太、もしかして小嶌さんのこと?」
息止まる、訊かれると。
自分から口開こうとしたばかり、それなのに鼓動が絞まる。
それだけ緊張している等身大ゆっくり肯いた。
「うん…賢弥の意見を聴かせて?」
いつも闊達な聡明、その視線に聴いてみたい。
どこか気恥ずかしい熱そまる頬、夜涼やかな風に続けた。
「賢弥は美代さんと研究室でのつきあいがあって、春からは大学で毎日もっと顔合わすことになるよね…僕も春から大学に通うの多くなる、から、」
今3月の終わり、もう二週間も経たず始まる新学期。
これまでより時間が増える相手はタオルがしがし、洗い髪ぬぐって笑った。
「なるほどな?周太と小嶌さんがナンカあるたび俺がイチバン巻きこまれるってことか、あははっ、」
あああそんな直接的に言わないで?
「…そのいいかたはずかしいけど、そういうことですからいけんききたくて、」
返事しながら首すじ熱く這いあがる。
否定しようもないまま頬さすった隣、眼鏡の瞳が大らかに笑った。
「そんな恥ずかしがるなんてさ、周太、もう答えワリと出てるんだろ?」
月が動く、窓の桜あわく墨色しずむ。
夜しずみこむ花の色、けれど明るむ窓に答えた。
「誰もが幸せになるには、答え、決まってるから…、」
最初からわかっていた、ほんとうは。
-そうでしょう、英二?
ほんとうは解っていた、あなたも。
だから迷って苦しんで、だからあの夜あなたは泣いた。
『おまえが、好きだ』
初めて聴いた告白、あなたの声だ。
あなたの声に告げられた想い、あれが自分の初めての恋愛。
あの瞬間とまどって、それでも温かで、けれどあなたは言った。
『警察学校で男同士で。普通じゃない、そんなことは最初に気付いてる、』
普通じゃない、最初から。
そのとおりだ、でも自分には初めてだったのに?
『こういう想いが生き難いことだって知っている、でも諦めることも出来ない、』
知っている、あなたは最初から。
そのくせ諦められないと言ったから、信じていいと想った。
あれから四季ひとめぐり半、また訪れた桜の夜にコーヒーが香る。
「なあ周太?答え決まってるってソレ、どういう意味で言ってる?」
「どういう意味…って?」
質問ふりむいて隣、友だちが見つめてくれる。
まっすぐ視線チタンフレームごし、闊達な声が訊いた。
「誰もが幸せになるためって今、言ったけどさ?おふくろさんや、おばあさん?とかにさ、なんか言われてんの?」
ことん、マグカップ床に響いて香る。
ほろ苦い甘い芳香に口開いた。
「おば…祖母は美代さんを気に入ってるんだ、だから今夜も僕が帰らないこと残念がってて、」
「あーそかそか、さっき電話でごねられた?」
訊いてくれる軽やかなトーン、息ほっと抜いてくれる。
沈みこむ哀痛やわらかに明るんで、ちいさく微笑んだ。
「でもね、お友だちとの時間も大切ねって納得してくれて…明日の朝ごはんは必ずよって念押されたけど、」
「朝ごはんか、葉山だよな?時間けっこう掛かるだろ、」
言いながら手もと、スマートフォン検索してくれる。
開かれた乗換案内、一緒に眺めながら言った。
「母は僕が幸せならいいって言うんだ、でも…孫が見たいって前は、言ってたから、」
きのう、電話でもそうだった。
息子の意志を尊重して、そのために外泊を提案してくれた。
けれど忘れてなんかいない、あのひとに出逢う前、母が願っていたこと。
「そっか、親ならアタリマエかもしれねえな?」
ことん、スマートフォン置きながら言ってくれる。
その言葉すなおに肯いた。
「うん…あたりまえだから、叶えてもあげたくて、」
あたりまえ、普通のこと。
普通だからこそ叶えてあげたい、ごく普通の幸福ひとつでも多く。
だって母は「普通」を求めて生きてきた。
「僕も父を早く亡くしたけど、母も同じなんだ…それに社会人になってすぐ母親も亡くなってて、夫も…だから、」
家族との縁あわい孤独、それでも笑ってくれる。
そうして夜ひとり書斎に過ごす母、その想いに明眸が言った。
「そっか、おふくろさんに家族をあげたいんだ?」
「ん…、」
うなずいて、雪の夜が映る。
『馨さんも私と息子を護りたかっただけよ、』
父の殺害犯と対峙した、そのとき母が言ったこと。
あの言葉ゆるやかに結晶して声になる。
「もう母をひとりぼっちで泣かせたくないんだ…美代さんも泣かせたくない、」
自分は美代を泣かせるだろうか、父と母のように?
保証なんてどこにもない、一年後どころか明日すら解らない。
警察を辞しても危険どこまで消えるのだろう?そんな現実のはざま問いかけた。
「賢弥、僕は美代さんを幸せにできるかな…率直に聴かせて?」
警察のこと、これまでの自分、あのひとも知らない友だち。
過去を知らない「今」だけを見て、ただ自分だけを知ってくれる。
その視線から見える未来を教えてほしい、願い見つめる真中で明眸が笑った。
「率直にか、じゃあ辛辣も言うぞ?」
「ん、」
うなずいて見つめて、眼鏡から瞳が見返す。
チタンフレーム理知的な視線、日焼すこやかな口が開いた。
「まずさ、その男と本気でケリつけんと失礼じゃねえ?」
とくん、鼓動が軋む。
「周太の気持ちはどっちつかずだろ?昨日はAで今日はB気分・明日またAかもってさ、ソレ結局は自己中のご都合主義だろ?恋愛でソレは尻軽じゃね?」
自己中心だから「どっちつかず」決められない。
そのとおりだ、自分は身勝手すぎる。
「相手が小嶌さんだからってワケじゃなくて、誰が相手でもな?その男にも失礼だろ?誰だろーが前の恋愛ひきずってツキアウとか幸せじゃねえし、」
ああ、そうか。
「そうだよね…ごめんなさい、」
得心そっと声になる、瞳ふかく滲みだす。
ゆるやかな熱ゆっくり瞬くはざま、ことん、床に箱が白い。
「とりあえず泣いちゃえよ周太、ティッシュ買い置きあるから心配すんなよ?」
泣いて良い、そう告げる声が温かい。
鼓動ふかく温かで、瞳あふれて零れだす。
「けんや、は…ほんとに僕のこと、みてるんだね…」
自分を見てくれている、この自分を。
だから嗤わず答える瞳が笑った。
「周太のこと見てるよ俺、研究パートナー選ぶとか真剣にやらんとダメだし?」
研究、それが人生を意味する男。
『研究パートナーは生涯つきあうからな、』
そんなふう二時間前にも言っていた、それだけ懸けて学ぶ瞳。
その視線が自分を見つめて尋ねた。
「それで周太、なんで今ホントに見てるって思ったわけ?」
「ん…失礼って言ってくれたから、」
返事一枚、ティッシュひっぱりだす。
やわらかな手ざわり顔ふれて、洟ひとつかんだ。
「…その男にも失礼て言ってくれたでしょ、いま…きっと偏見があったら言わないと思う、」
涙こぼれて、ほら、あの声。
“けれど冷たい偏見で見られる事も知っている、”
新宿のガード下に出会った声、あれは自分の現実。
あの泣いていた横顔に自分を見る、それでも明眸がこちら見た。
「俺に偏見マッタクないかは俺も解らんよ?ただ周太は周太だってダケなんだ俺、」
明朗な声タオルがしがし、濡れ髪あわく窓に光る。
チタンフレームの瞳は自分を見て、そして言った。
「異性愛者は信頼できるって命題は“偽”だろ?ソレと同じに同性愛だからってコト無いな思うわけ、単純に・周太だから偏見を挟まないってダケ、」
命題、偽、まるで数学の問題みたいだ?
こんな感情にも理論で話す、それなのに温かで吐息ほどけた。
「ね…どうして賢弥、僕のどこがそんな…?」
自分だから偏見はさまない、そんなふう言われる価値あるだろうか?
途惑いと安堵まぜこんだマグカップ、コーヒーひとくち言われた。
「俺のスケッチブックに本気で感動してくれるから、かなー…ま、理屈じゃねえな?」
コーヒーほろ苦い香、あまい桜かすかな風。
都心のかたすみ街路灯そっけない、そのクセこの窓辺は温かい。
(to be continued)