萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 建巳 act.4 another,side story「陽はまた昇る」

2018-11-09 23:27:19 | 陽はまた昇るanother,side story
In process of the seasons have I seen, 
kenshi―周太24歳3月末


第86話 建巳 act.4 another,side story「陽はまた昇る」

外は、明るい。

―桜が青く見える、ね…、

青空あおいで花が咲く、あの春にも見た花が。
あの春、どの春を想う?

「桜、お好きですか?」

桜並木の道、やわらかなテノール問いかける。
その声に今ひきもどされて、周太は微笑んだ。

「すき…だと思います、」

答えながらレザーソールにアスファルト鳴る。
こつん、こつん、規則正しい足音ならぶ青年が笑った。

「私も好きです、どこか複雑な感じですが、」

かすかな馥郁あまく声が響く。
桜やさしい並木道、隣のジャケット姿を見あげた。

「加田さん、あの…どこに行くって訊かないんですか?」

応接室、問いかけられたまま家を出た。
そのまま隣ならんで行く人は、細い瞳やわらかに笑った。

「訊いてもいいんですか?」

やわらかな視線が尋ねてくれる。
その声まっすぐ率直で、とまどい俯いた。

「あの…気を悪くされました?」
「それはないです、湯原さんこそ気を悪くしていませんか?」

返答さわやかに細い瞳が笑う。
穏やかで静かなくせ朗らかな笑顔、その空気に口ひらいた。

「とまどっています…」

途惑う、この青年に何もかも。

『奥様にはよく面倒を見てもらいました、母親みたいに?』

大叔母のことを「奥様」と呼んで「母親みたい」と微笑んだ。
そんな彼との初対面あの場所だった事実を、そして今朝の来訪を、どう受けとめたらいい?

「そうですね、私も途惑います、」

青年がまた微笑む、細い瞳やわらかに明るい。
穏やかで朗らかなくせ冷静な視線、自分より何歳上だろう?
想い見あげる真中、若々しいようで沈着な笑顔は首そっと傾げた。

「湯原さんも私に訊かなかったので、訊いたら悪いかと?」

あなたに合わせたんですよ?
そんなふう笑ってくれる瞳の空、桜が高い。

「…僕が訊かないから、何も訊かないんですか?」
「訊かれたくないってあるかなと、」

問いかけて答えてくれる、その声やわらかに深い。
どんな時もこんな声なのだろうか?静かで明るい口もとに問いかけた。

「あの、下宿できますかって、どういう意味ですか?」

応接室の質問に桜が明るい。
さっき訊けなかった質問に細い瞳が微笑んだ。

「私が湯原さんのお宅に下宿できるかどうか、ってことです。」

あ、そっちだったんだ?

「…僕が葉山のお家になのかと思いました、」
「ああ、普通そう思いますよね?」

こぼれた言葉に応えてくれる声、静かなくせ明るい。
その空気感なにか安堵して、けれど言われた提案に瞬いた。

「あの、加田さんが、うちに住むってことですか?」

声にして言われた内容に止められる。
どうしてこんな話になっているのだろう?疑問に青年が笑った。

「フランスから帰国した親戚だということにしてください、ウソにはなりません、」
「ふらんすって?」

追いつけないまま声が出る、途惑ってしまう。
このひと何を考えているのだろう?

「一ヶ月前まで大使館に出向していました、だからウソになりません、」

静かに穏やかに笑いかけてくる、細い瞳やわらかに明るい。
嘘吐く貌とは思えなくて、けれど途惑うまま声になる。

「たいしかんって、」
「フランスの日本大使館にいたんですよ、」

おだやかなトーン静かな声は隔てなにもない。
けれど言葉かすかな引掛り見つめて、隠して尋ねた。

「外交官ってことですか?」
「留学です、人事交流でもあります、」
「…じんじこうりゅう、」
「違う部署で仕事すると人脈を作れますし、お互い理解した方がいいこともあるでしょう?」

途惑う問いかけに応えてくれる、声やわらかに深く明るい。
誤魔化すつもりはない?その空気と言葉に問いかけた。

「ちがう部署って…検察官なんですね、加田さんも?」

法律の現実を教えてくれた先生です、そう応接室で彼が言った「先生」は次長検事だった。
それなら彼も同じだろう?推定に細い瞳は微笑んだ。

「はい、」

静かに穏やかに瞳も声も明るい。
どこまでも落ち着いている、そんな青年にタメ息そっと訊いた。

「あの…どうして僕の家に下宿を?」

訊くまでもないことかもしれない。
それでも確かめた現実に青年は微笑んだ。

「あの方から提案されたんです、川崎なら新橋まですぐでしょう?」

新橋、その駅名に彼の勤務先はかられる。
だからこそ不思議で見あげた先、細い瞳やわらかに笑った。

「あなたと、あなたのお母さまのお邪魔することは心苦しいのですが。今は一番良いかなとも思います、どうですか?」

問いかけ見つめてくる声は穏やかに明るい。
どこまでも静かで優しい誠実、そんな青年に口ひらいた。

「時間をもらえますか?僕だけでは決められません、」
「ああ、それはそうですね、」

肯定して細い瞳やわらかい。
このひとは素直なのだろう、けれど?

―おばあさまが選んだ人だもの、こんな…危険に耐えられるだけの、

危険、だから大叔母が選んだこと。
だから彼もそう言った。

『あなたと、あなたのお母さまを二人にする危険をご心配です、』

自分と母ふたりだけは「危険」だから彼は訪れた。
そこにある現実の未知へ問いかけた。

「加田さん、僕が今から行くところは…あなたの言う危険と同じでしょうか?」

※校正中

(to be continued)
【引用詩文:Jean Cocteau「Cannes」】

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菊玉露

2018-11-09 07:56:00 | 写真:花木点景
花より零れる、
花木点景:白八重菊


荒れた菊花園の雨後、白菊×雫きれいだったので。秋霖のときは雫がイイカンジで好きです、笑
撮影地:神奈川県2015.11

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