萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

落陽の稜線、富嶽

2020-12-10 18:36:18 | 写真:山岳点景
残照、今日最後の光に
山岳点景:冬富士2018.1


残照の光芒あざやかな稜線、凍てつきだす大気に凛と荘厳でした。
こんな光景に出会うと世界ってキレイだなーと・かじかむ零下も楽しくなります、笑
【撮影地:山梨県山中湖村2018.1】

低山でも高山でも・秋は日没が早いので14時迄には登山口に戻らないと、森の中はびっくりするほど暗くなり×気温急降下します。
特に積雪期は山の難易度も変わってしまいます、標準タイム=無雪期の考えで登れば遭難死だと覚悟してくださいね?
道迷い・低体温症→遭難も増える晩秋です、積雪期は経験者同行必須で・時間×装備シッカリで楽しめますように。

緊急事態宣言出てないとは言っても×県境越えての外出自粛で近場の里山散歩・のち午後はおうち時間なココントコ週末。
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第86話 花残 act.16 side story「陽はまた昇る」

2020-12-10 00:09:00 | 陽はまた昇るside story
風の行方に、 
英二24歳4月


第86話 花残 act.16 side story「陽はまた昇る」

書架つらなる香、かすかに渋く甘く懐かしい。
この空気どこか、君の家。

「いらっしゃいませ、」

書店員にこやかな声に会釈ほほ笑んで、薄化粧の瞳かすかに羞む。
こんな視線も前は愉しんでいた、そんな過去に英二はエスカレーター進んだ。

―ちやほやされるゲームだったな、2年前の俺にとって、

心裡ひとりごと、まだ近い過去に懐かしい。
全てが「ゲーム」ただ遊んだ、いつも誰も通りすがりだった。

”きれいな人形。虚栄心を満たす道具、都合よく使える便利な存在、”

それが自分、そんなふう見られていれば楽だと思いこんだ。
だって本音で生きることは自分には難しかった、直情的すぎて、率直にしか言えない自分だから。

“そんなの、どうでもいいよ?”

どうでもいい、そんな言葉ひとつ拒絶される。
いつも人は自分の外見だけで近づいて、そしてギャップに失望させる。
こんな自分を誰も受けとめない、その孤独が苦しくて、だから仮面をつくった。

―ずっと要領よく生きようって思ってたな、俺はそれで良いって、

ことん、ことん、昇るエスカレーターに時がたどる。
こんなふう書店に通う自分で、けれど「要領よく」周りには見せなかった。

―あの大学で読書好きなんて言えなかったな、小難しいヤツってめんどくさがられそうでさ?

ただ綺麗、それ相応に優しくてお洒落で、なんでも都合よく合わせてくれる男。
難しいことなんか言わない、ただ楽しいことしか言わない、気楽で、ただ綺麗な男。
そんなふうにしていれば誰かにいつも囲まれて、ただ何も考えず、ただ愉しめばよかった。
けれど底にあるのは「全てが他人事だから関係ない」そんな無感覚の無責任で、気づいたときには冷酷な自分がいた。

―俺には勉強するための場所じゃなかったな、ただ嫌なヤツになっただけ…司法試験は受かっても、

嫌なヤツになった、でも割り切ってしまえば楽だった。
だって何も感じなければ良い、無感覚なら痛みも無い、それも当り前だと今なら解る。
だって母に「強制」された大学だった、そして「きれいな人形」であることを望んだのも母だ。

『人に迷惑さえ掛けなければ良いの、』

そんなふう母はよく言った。
それは息子を否定しない言葉に見えて、けれど本当は違う。

「…母さんが“正しい”基準なんだもんな?」

ひとりごと零れた唇ほろ苦い、あの母の「基準」どれだけ自分を歪めたろう?
そんなふうに思ってしまうほど「迷惑さえ」の意味は強制的で「きれいな人形」でしかなかった。
そうじゃなかったらなぜ、どうして、自分の意志は無視されて、あの大学へ内部進学が決まってしまったのだろう?

―お祖父さんが亡くなってから余計に酷くなったんだよな、母さんの人形計画はさ?

父方の祖父はいつも、母の自己中心的な考えを諫めてくれた。
だから祖父と同じ道を選びたくて同じ大学を選んで、けれど高校2年の冬に祖父は亡くなった。

―もし、お祖父さんが生きていたら京大に行けたろうな。実家から離れて、自由で、

本当は祖父と父の母校に進みたかった、けれど母に受験自体を潰された。
そんな扱いは「子ども」じゃない、ただ「きれいな人形」道具でしかない、そして自分は仮面をつくった。

―でも本屋だけは来てたんだよな、ひとりでいつも、

ことん、エスカレーター降りて本が香る。
かすかな渋い甘い懐かしい匂い、この空気にひとり素のまま寛いだ。
それ以外はただ「きれいな人形」だった自分、そしてまだ「山」を知らなかった自分。

けれど君に出逢った。

『気が済むまで、ここに居ていいから…いいから、泣けよ、』

騙されて裏切られた、その痛みごと抱きしめてくれた。
自分より小さな体で、けれど深く温かだった君のふところ。

―オレンジの匂いがしたな…本の匂いと、

あまい爽やかな香、あれは「はちみつオレンジのど飴」いつも君が含んでいた。
それから懐かしい温かな香、かすかな本の匂い、たぶんきっと君の家の書斎の香。

―昨日付で警察を辞めたんだよな、周太…いまごろ書斎にいる?

ほら君をたどりだす、思いだす、想いだす。
この書店の香に君が映る、クセっ毛やわらかな黒髪と真摯な眼ざし。
あの黒目がちの瞳に本が映る、まっすぐ澄んで逸らさない君の視線。

「…あいたいな、」

唇こぼれる、逢いたい。

『無言でいても居心地の良い、そういう相手なんだ、』

ほら記憶たどりだす、あの朝、母に告げた言葉。
あの夜に君へ想いを告げた、その翌朝に自分が意志こめた聲。

『あいつの笑顔のために何かしたい、生きていてよかったと思えたんだ、』

母に敲かれた頬のまま、自分は笑って言った。
あんなふうに本音を母へ告げたのは、初めてだった。

『初めて、誰かのために、何かしたいと、出来るかもしれないって思えたんだ、』

初めてだった、あの想いは。
誰にも何にも強制されたんじゃない、ただ自分の底から迸った。
この鼓動ふくらんで熱はらんで、響いて、奔りだす願い迷わなかった。

「お客様?どうされましたか、」

かけられた声に振りむいて、制服のエプロン姿が自分を見あげる。
まだ30歳くらい、けれど肩書ある名札した女性に尋ねた。

「いえ、なんでしょうか?」

なぜ声かけられたのだろう?
不思議で見つめた真中、書店員はまとめ髪すこし傾げた。

「あの、泣いてらっしゃるので…おかげんお悪いのかと、」

困ったような戸惑うような眼で教えてくれる。
その言葉に目元ふれて、指さき一滴に微笑んだ。

「コンタクトがずれたんです、ご心配かけてすみません、」

嘘だ、コンタクトレンズなどしていない。
それでも綺麗に笑いかけた先、彼女は一息ほっと微笑んだ。

「そうでしたか、よろしかったらお手洗いでコンタクト洗われてくださいね?あちらの角の向こうです、」
「ありがとうございます、」

礼と笑いかけて、書店員も微笑んで踵を返す。
遠ざかる足音に背を向けて、また見つめた書架へ手を伸ばした。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

第86話 花残act.15← →第86話 花残act.17
斗貴子の手紙
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