萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 建巳 act.28 another,side story「陽はまた昇る」

2021-06-07 22:04:00 | 陽はまた昇るanother,side story
Do take a sober colouring from an eye 
kenshi―周太24歳4月


第86話 建巳 act.28 another,side story「陽はまた昇る」

あわい甘さ深い風、あなたがいる。
閉園あと25分。

「…えいじ?」

朱色きらめく残照の風、夕闇あざやかに影を描く。
しなやかな長身ひるがえる髪、花ふる瞳が呼んだ。

「…周太、」

僕を呼ぶ、きれいな低い声。
あなたの声だ。

―英二だ、ほんとうに…来てくれた、ね、

あなたの声が僕を呼んだ、切長い瞳が僕を見る。
墨色にじむ薄紅そめる輪郭、頬ふれる風が花匂う。
あまい深い、桜の記憶ゆすられる。

「英二…座る?」

呼びかけた唇、桜が香る。
深い香あまやかに薄暮がそめて、きれいな低い声が言った。

「どのくらい周太、ここにいたんだ?」

どのくらい、ここに?

「…うん」

問いかけに頷いて、言葉そっと辿ってしまう。
だって「ここに」このベンチ、どれくらい僕は?

『座ろっか、』

このベンチの最初、あなたの言葉。
あなたの一言からここに座った、あれから僕はここにいる?

―ううん、英二が訊いているのは今日のこと…僕は、

めぐる想い鼓動が軋む、心臓そっと叩かれる。
こんなこと考えこむほど、僕は?

―美代さんのこと大事なんだ僕は、それでも僕は…英二を、

あの女の子が大切、だって明日を未来を教えてくれた。
それでも目の前このひとを見つめてしまう、そんな視界に花が舞った。

「…花吹雪、」

こぼれた声に香かすめる、あまい深い光が舞う。
まだ奥多摩には雪、それでも今ここは桜あふれて香る。

ざあっ、

香る風きらめいて頭上が響く、残照まばゆく花が舞う。
もう暮れてゆくベンチの森、それでも輝く花に声が微笑んだ。

「きれいだ、」

きれいな低い声、あなたの声だ。
きらめく花の光陰ふる一隅、白皙の青年が微笑んだ。

「隣いいかな、周太?」

僕を呼ぶ声、穏やかに僕を見つめてくれる。
ダークブラウンの髪ゆれる貌、その切長い瞳に肯いた。

「ん…どうぞ」

頷いて、首すじ静かに熱い。
もう耳まで赤いだろうか、気恥ずかしさに隣が香った。

―英二が隣に…

そっと呑んだ息、ほろ苦い甘い。
深い苦み少しだけ甘くて、ただ懐かしい香に声が笑った。

「周太、緊張してる?」

そんな質問、昔みたいだ?
まだ出逢って二年、その生きた時間に唇が動いた。

「…きんちょうしてますけど悪い?」

ぶっきらぼうな声、ほら緊張している。
こんなふう最初はあなたを突っぱねた、あのころのまま声が笑った。

「すごく良いよ、そういう周太もさ?」

きれいな低い声が笑う、あのころみたいに。
警察学校で出会って、共に過ごした時間ただ懐かしい。
あのころ僕はいつも突っぱねて、それでも隣にあなたは座ってくれた。
あのころのまま鼓動そっと声になる。

「…なにそんなに笑ってるの英二?」

ぼそり素っ気ない声、僕の声だ。
もう過ぎた時間こぼれた声、それでも笑ってくれた。

「俺そんなに笑ってる?周太、」

きれいな低い声が笑って、あなたが僕を見る。
並んだベンチふれそうな肩、かすかな温もりに声押しだした。

「…すごい笑ってますにやにやです、」
「そっか、俺そんなに笑ってるんだ?」

笑ってくれる、ただ懐かしい。
ただ今この瞬間、このベンチ並んで座っている。

―ほんとうに英二だ…今、

想い見あげた隣、切長い瞳が僕を見る。
きれいな瞳、けれど静かな眼ざしが微笑んだ。

「あのね周太、これでも俺ずっと考えてたんだけど、なんだろな?」

言いかけた唇、端整なまま静かに止まる。
見つめてくれる瞳ただ見つめて、訊き返した。

「ずっと考えてたの?英二、」
「うん、考えてたよ?」

応えてくれる声きれいに穏やかに笑って、けれど小さく痛む。
こんな声は知っている、なぞる想いに彼が笑った。

「きれいになったな周太、かっこいいよ、」

笑ってくれる声、けれど瞳の深く何か滲む。
こんな眼を知っている、たどるまま切長い瞳が笑った。

「なんか周太、視線がかっこよくなったな?」
「…そう?」

相槌と見あげた真中、きれいな笑顔が見つめてくれる。
きれいで、けれど哀しくなる。

「こうやって見つめると周太、前はなんか逃げるみたいな、迷うような眼をしたんだよ。でも今は違うんだな?」

あなたが穏やかに笑って僕を見る。
きれいな切長い瞳、きれいな低い声、けれど聲かすかに軋んだ。

「周太、あのお…彼女と、良い恋してるんだな?」

鼓動、消えてしまう。
どうして?

※校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Wordsworth「Intimations of Immortality from Recollections of Early Childhood」より抜粋】

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斗貴子の手紙
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朝の花、山椒薔薇

2021-06-07 13:02:17 | 写真:山岳点景
薫る朝、山薔薇が咲く
山岳点景:サンショウバラ山椒薔薇2021.5


サンショウバラは箱根薔薇ハコネバラの別名通り、箱根や丹沢でよく見られるバラです。
山椒の葉と似た細やかな葉×一重咲きの花が清雅な印象、そのくせ棘がゴツイとこが野生種らしくて好きです。笑
初夏の光と風は花をちょっと幻想的に見せてくれて、世界ってキレイだなーと楽しくなります。
【撮影地:神奈川県箱根2021.5】

昼ひと息、気分転換したくてこんな写真UPしてみました。笑
早く越境して山歩けるよーになりますよーに。
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