萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

卯月二十七日、著莪―resolve

2021-04-28 02:43:03 | 創作短篇:日花物語
ここから駆けて、
4月27日誕生花シャガ


卯月二十七日、著莪―resolve

月が昇る、この海から先へ。

「…、」

呼吸ひそやかに門を開く。
一歩、けれど足音たたず踏みだした。

かたっ…コンっ、

忍んだ金属音そっと沈む、足もと闇に包まれる。
まだ明けない空、遠い朝、それでも微かな風が薫らせる。
まだ暗くて昏くて、けれど空の涯まどろむ曙あわく照らしだす。

「行くか、」

ひとりごと微笑んで一歩、踏みだして靴底そっと大地なぞる。
この道もう帰らない、それが返らせて自分はきっと見つけられる。
だってほら、頬ふれる風は海から柔らかい。
その風はるかな原点は、きっと。

『海風は包むカンジだけど、山の風は冴え冴えしてるんだ、』

記憶の声なぞる風ゆるやかに甘くて、けれど闇に澄む。
額なぶる冷気しずかに冴えている、これよりも冴えた空気だと彼は言った。
ふれてみたい、唯それだけの想いへ四駆の扉を開く。

かちり、

シートベルト締めてエンジンキー開錠する。
もう後部座席に登山ザック座りこむ、トランクではダンボール箱3つ待ちかねる。
あの積み方で本は傾かないだろうか?小さな心配と、それよりも未知の先へアクセルそっと踏んだ。

『水が違うよ、だから風が違うのかもね?』

たどる記憶にあなたが微笑む、遠い記憶のエンジン音。
タイヤ軋む音、ヘッドライト彩るオレンジの輪、そして今この足に響くエンジン音。
いつもの街路樹が流れていく、けれど今この一瞬ごと「いつもの」は日常から遠くなる。
変えてしまう日常それでも、まだ明けない夜を駆ける今この先で、5年後の自分が笑ってくれるだろうか?
それよりも誰よりも、あなたは?

「逢えるのかな…」

ひとりごと零れて、窓の夜にとけてゆく。
こんなふう走りだして故郷を背にしてしまった、それでも唯ひとり待っていてくれるなら?
その願いただ羽ばたいてしまった、そうして暁すら待てずに駆けている。
あなたの山はるか遠い海岸線の道、遠すぎて、それでも繋がるから。

『山里なんて嫌だってヒト多いけどね、僕には幸せなだけ、』

ほら窓の月に声なぞる、あの月をあなたも見るのだろう。
ただ一緒に眺めたくて、それだけの理由で見慣れた風景たち後へ流れていく。

かたっ…たっ、

パワーウィンドウ下がって髪なぶられる。
額かすめる冷気ゆるく甘い、この馴染んだ香も今が最後。
そうして山の花ゆらす朝へ駆けて、だから誰より何よりも、あなたが僕を見とめて?


著莪:シャガ、花言葉「決心、抵抗・反抗、私を認めて、清らかな愛、友人が多い」異称・胡蝶花

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