萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

正月二日、蝋梅― affectionate glow

2021-01-02 23:49:07 | 創作短篇:日花物語
冬麗、燈の花に、
1月2日誕生花ロウバイ蝋梅


正月二日、蝋梅― affectionate glow

冬麗、この言葉を君に。

「あけましておめでとうさん、」
「おめでとうさん、」

言葉いきかう雪軒端、白く凍れる空がふる。
冴える大気に人々が笑う、その頬が朱い。

「宮司さん、おめでとうさまでございます、」
「はい、おめでとうございます、」

微笑んで頭さげて、例年のお神札さしだす。
受けとってくれる指そっと冷たくて、ありがたさ微笑んだ。

「こんな山の奥まで、雪のなか毎年ありがとうございます、」

里も雪、それでも山上の社殿は銀色なお凍れる。
石畳も滑りやすかったろう、それでも馴染みの笑顔ほころんだ。

「いんやあ、雅嗣さんこそでしょお?若いのに、山の鎮守さま守ってくださってねえ、ありがたいことだって、」

笑顔ほろほろ明らんで、白衣の腕ほとほと敲いてくれる。
衣透かす温もり掌おおらかなまま、ふるさとのひとは微笑んだ。

「テイダイで博士様になって、立派な仕事してたのに村のため帰ってきてくれたろう?ほんと雅嗣さんは立派だ、村のみんな誇りに思っとる、」

温かな声、ほとほと白衣の腕やわらかに敲いてくれる。
笑ってくれる口もと白髭が増えていて、幼いころからの恩に微笑んだ。

「僕が立派なんじゃないです、みんなが僕を応援してくれたから出来たことですよ?」
「でも努力したのは雅嗣さんだ、そうだろう?」

錆びた低い、そのくせ朗らかな声ほとほと笑ってくれる。
皺ふかい瞳まっすぐ実直で、どこまでも温かな眼ざしに微笑んだ。

「ありがとう、田中のおじさん。よく温まってから下りてくださいね、」
「おう、あったまらせてもらうよお、」

髭の笑顔やわらかに雪さくり、さくり、接待の戸へ足音ともる。
その背すこし屈んで、それでも広い肩に声こぼれた。

「…おすこやかに、」

言祝ぎ、白く大気とけていく。
純白ふりしきる雪の杜、朱い篝火くゆる親しい笑顔たち。
この温もり永遠に続けばいい、守りたい、そう願って自分は今ここにいる。

「…雅嗣さん、」

ほそい、やわらかな声が呼ぶ。
気がつかないほど細い声に振り向いて、かっぽう着姿の束ね髪と目が合った。

「静子さん、今年もお接待ありがとうございます。いつもお正月から申し訳ありません、」
「あの、好きできていますから…」

微笑んで呼びかけて、黒目がちの瞳そっと瞬く。
また恥ずかしがるかな?見つめた真中、ちいさな唇ふわり微笑んだ。

「生姜湯、いかがですか?あったまりますよ、」

ことり、

袖机そっと響いて、清々しい芳香くゆる。
澄んで温かな湯気に懐かしくて、幼馴染の少女に笑いかけた。

「ありがとう、いただきます、」

やわらかな湯気に伸ばした掌、ふわり温もり燈される。
すすりこんだ熱あまくて、ほっと唇ほころんだ。

「あったかい、おいしいです、」

そっと肩の力ゆるまる、あたたかい。
あまくて熱い温もり唇すする、やさしい湯気ごしに瞳ほころんだ。

「…よかった、」

そっと笑ってくれる頬、透けるような薄紅あかるむ。
こんなふう静かに微笑んで、それでも明るい優しい瞳に唇ひらいた。

「静子さん、僕のお嫁さんになるのはいかがですか?」

あ、言ってしまった。

「…?」

ほら黒目がちの瞳がとまる、驚くよね?
だって僕も驚いている。

「あの、僕も思いつきで言っているんじゃないんだ、」

ああ唇が動いていく、止まらない。
だって思いつきじゃないから。

「僕が東京から帰ってきた時なんだ、静子ちゃん大人になってて驚いて、その、僕は」

あああ声がとまらない、そうだろうな?
だって帰郷もう季節いくつ生きて、育ちきった想い産声あげる。

「僕は、静子さんと生きたいと想いました、」

ほら声が核心ふれていく、告げてしまう。
もう告げよう。

「静子さんが好きです、僕のお嫁さんになりませんか?」

見つめて告げて、燈火ほのかに瞳を揺れる。
音なんて何もない、ただ黒目がちの瞳と薄紅の頬やわらかに明るい。
頬かかる髪すじ艶やかな光、かすかな甘い、おだやかな優しい香なつかしい。

「…あの」

ちいさな唇うごく、細い、けれど澄んで響く。
なんて応えてくれるのだろう?見つめるまま問われた。

「ほんきなんですか?」
「え?」

つい訊き返して見つめて、黒目がちの瞳そっと伏せられる。
燈火うつる睫ながい翳、その深さに自重つい笑った。

「僕は本気です、でも静子さんにしたら僕はオジサンだから冗談みたいだよね?嫌であたりまえだよ、断ってくれていいんだ、」

十九と三十路、干支ひとめぐり。
こんなの少女には「冗談」であたりまえ、こんなこと気づかない自分だ?

「嫌なのに結婚しても幸せになれないだろ?幸せにならないともったいないでしょう、遠慮なんていらないんだ、」

声にしながら自分の迂闊に困らされる、どうして気づかない自分だ?
年の差、そして村の立場、そんなこと考えれば解ることだった。
ひとつ間違えば強要になる、断れないと思わせてしまう。

なにより、愛するひとを困らせてどうする?

―僕は不甲斐ないな、父さんと違って不器用で、

自嘲ほろ苦い、こんな自分だ?
こんなことで父の遺命を継げるだろうか、この村を守れる?

けれど、こんな自分だからこそ、あなたと生きたいと願ってしまった。

「ごめんね困らせて、もう大丈夫だから、」

微笑んで頭下げて、瞳ふかく熱が燈る。
どうか零れないでほしい、願うまま立ちあがり袖ひかれた。

「…りません!」

なんて言ったのだろう?
わからないまま袖ひかれたまま、黒目がちの瞳が僕を見た。

「こまりません、もう大丈夫じゃありません!私だって雅嗣さんよりずっと…!」

まっすぐ澄んで鼓動ひっぱたく、細くて穏やかなくせ透る声。
声そのまま僕を浚って、もう離れられない。

「ほんとに僕でいいんですか?十より年上だし、年末年始は忙しいですよ?」

ほら問いかける僕の声、本当はもう離れられないくせに?
こうも臆病な僕の鼓動に、おとなしいくせ勁い瞳が言った。

「いつもお手伝いしてますから同じです、雅嗣さんこそ私でいいの?子どもの片想いを憐れんでなのじゃありませんか?」

憐れんで、なんて心外だな?
すこし強い言葉たちに訊いてみた。

「どうして静子さん、そんなふうに思うんですか?」
「だって、妹だって…」

反論すぐ返して、そのくせ細めて呑んでしまう。
その続き知りたくて、見つめた瞳が見つめ返してくれた。

「私のこと、妹みたいってよく言ってたでしょう?だから本気かわからなくて、」

あ、そういう解釈していたのか?
言われて背すじ抜かれて、笑ってしまった。

「本気で好きです。この場所でだけは僕、心にない言葉は言えませんよ?」

この社を奉る、そんな自分が心違うことなど言えない。
だからこそ言ってしまった今夜この瞬間、朱色あざやかな笑顔が咲いた。

「…はい!」

燈火きらめく、あたたかな穏やかな優しい笑顔。
この雪ふる社にも温かくて安らかで、真冬ほころぶ燈の花。
だから冬麗、この言葉を君に知った。

「ありがとう…静子さん、」

ほら声がふるえる、温もり幸せで。
ずっと知らなかった冬の温もり、それでも教えてくれたのは君。
こんな凍える風にも固い雪にも、ぬくもり燈してくれた。

この温もりに幾年、幾歳、ともに。
【テイダイ=帝大、旧制帝国大学】


蝋梅:ロウバイ、花言葉「ゆかしさ、慈しみ、優しい心、愛情、先導・先見」

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村
純文学ランキング
PVアクセスランキング にほんブログ村
著作権法より無断利用転載ほか禁じます

萬文習作帖 - にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 凛冽の明、雪稜×霧ヶ峰 | トップ | 奏でる雲、富嶽冬景 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

創作短篇:日花物語」カテゴリの最新記事