冬麗、燈の花に、
正月二日、蝋梅― affectionate glow
冬麗、この言葉を君に。
「あけましておめでとうさん、」
「おめでとうさん、」
言葉いきかう雪軒端、白く凍れる空がふる。
冴える大気に人々が笑う、その頬が朱い。
「宮司さん、おめでとうさまでございます、」
「はい、おめでとうございます、」
微笑んで頭さげて、例年のお神札さしだす。
受けとってくれる指そっと冷たくて、ありがたさ微笑んだ。
「こんな山の奥まで、雪のなか毎年ありがとうございます、」
里も雪、それでも山上の社殿は銀色なお凍れる。
石畳も滑りやすかったろう、それでも馴染みの笑顔ほころんだ。
「いんやあ、雅嗣さんこそでしょお?若いのに、山の鎮守さま守ってくださってねえ、ありがたいことだって、」
笑顔ほろほろ明らんで、白衣の腕ほとほと敲いてくれる。
衣透かす温もり掌おおらかなまま、ふるさとのひとは微笑んだ。
「テイダイで博士様になって、立派な仕事してたのに村のため帰ってきてくれたろう?ほんと雅嗣さんは立派だ、村のみんな誇りに思っとる、」
温かな声、ほとほと白衣の腕やわらかに敲いてくれる。
笑ってくれる口もと白髭が増えていて、幼いころからの恩に微笑んだ。
「僕が立派なんじゃないです、みんなが僕を応援してくれたから出来たことですよ?」
「でも努力したのは雅嗣さんだ、そうだろう?」
錆びた低い、そのくせ朗らかな声ほとほと笑ってくれる。
皺ふかい瞳まっすぐ実直で、どこまでも温かな眼ざしに微笑んだ。
「ありがとう、田中のおじさん。よく温まってから下りてくださいね、」
「おう、あったまらせてもらうよお、」
髭の笑顔やわらかに雪さくり、さくり、接待の戸へ足音ともる。
その背すこし屈んで、それでも広い肩に声こぼれた。
「…おすこやかに、」
言祝ぎ、白く大気とけていく。
純白ふりしきる雪の杜、朱い篝火くゆる親しい笑顔たち。
この温もり永遠に続けばいい、守りたい、そう願って自分は今ここにいる。
「…雅嗣さん、」
ほそい、やわらかな声が呼ぶ。
気がつかないほど細い声に振り向いて、かっぽう着姿の束ね髪と目が合った。
「静子さん、今年もお接待ありがとうございます。いつもお正月から申し訳ありません、」
「あの、好きできていますから…」
微笑んで呼びかけて、黒目がちの瞳そっと瞬く。
また恥ずかしがるかな?見つめた真中、ちいさな唇ふわり微笑んだ。
「生姜湯、いかがですか?あったまりますよ、」
ことり、
袖机そっと響いて、清々しい芳香くゆる。
澄んで温かな湯気に懐かしくて、幼馴染の少女に笑いかけた。
「ありがとう、いただきます、」
やわらかな湯気に伸ばした掌、ふわり温もり燈される。
すすりこんだ熱あまくて、ほっと唇ほころんだ。
「あったかい、おいしいです、」
そっと肩の力ゆるまる、あたたかい。
あまくて熱い温もり唇すする、やさしい湯気ごしに瞳ほころんだ。
「…よかった、」
そっと笑ってくれる頬、透けるような薄紅あかるむ。
こんなふう静かに微笑んで、それでも明るい優しい瞳に唇ひらいた。
「静子さん、僕のお嫁さんになるのはいかがですか?」
あ、言ってしまった。
「…?」
ほら黒目がちの瞳がとまる、驚くよね?
だって僕も驚いている。
「あの、僕も思いつきで言っているんじゃないんだ、」
ああ唇が動いていく、止まらない。
だって思いつきじゃないから。
「僕が東京から帰ってきた時なんだ、静子ちゃん大人になってて驚いて、その、僕は」
あああ声がとまらない、そうだろうな?
だって帰郷もう季節いくつ生きて、育ちきった想い産声あげる。
「僕は、静子さんと生きたいと想いました、」
ほら声が核心ふれていく、告げてしまう。
もう告げよう。
「静子さんが好きです、僕のお嫁さんになりませんか?」
見つめて告げて、燈火ほのかに瞳を揺れる。
音なんて何もない、ただ黒目がちの瞳と薄紅の頬やわらかに明るい。
頬かかる髪すじ艶やかな光、かすかな甘い、おだやかな優しい香なつかしい。
「…あの」
ちいさな唇うごく、細い、けれど澄んで響く。
なんて応えてくれるのだろう?見つめるまま問われた。
「ほんきなんですか?」
「え?」
つい訊き返して見つめて、黒目がちの瞳そっと伏せられる。
燈火うつる睫ながい翳、その深さに自重つい笑った。
「僕は本気です、でも静子さんにしたら僕はオジサンだから冗談みたいだよね?嫌であたりまえだよ、断ってくれていいんだ、」
十九と三十路、干支ひとめぐり。
こんなの少女には「冗談」であたりまえ、こんなこと気づかない自分だ?
「嫌なのに結婚しても幸せになれないだろ?幸せにならないともったいないでしょう、遠慮なんていらないんだ、」
声にしながら自分の迂闊に困らされる、どうして気づかない自分だ?
年の差、そして村の立場、そんなこと考えれば解ることだった。
ひとつ間違えば強要になる、断れないと思わせてしまう。
なにより、愛するひとを困らせてどうする?
―僕は不甲斐ないな、父さんと違って不器用で、
自嘲ほろ苦い、こんな自分だ?
こんなことで父の遺命を継げるだろうか、この村を守れる?
けれど、こんな自分だからこそ、あなたと生きたいと願ってしまった。
「ごめんね困らせて、もう大丈夫だから、」
微笑んで頭下げて、瞳ふかく熱が燈る。
どうか零れないでほしい、願うまま立ちあがり袖ひかれた。
「…りません!」
なんて言ったのだろう?
わからないまま袖ひかれたまま、黒目がちの瞳が僕を見た。
「こまりません、もう大丈夫じゃありません!私だって雅嗣さんよりずっと…!」
まっすぐ澄んで鼓動ひっぱたく、細くて穏やかなくせ透る声。
声そのまま僕を浚って、もう離れられない。
「ほんとに僕でいいんですか?十より年上だし、年末年始は忙しいですよ?」
ほら問いかける僕の声、本当はもう離れられないくせに?
こうも臆病な僕の鼓動に、おとなしいくせ勁い瞳が言った。
「いつもお手伝いしてますから同じです、雅嗣さんこそ私でいいの?子どもの片想いを憐れんでなのじゃありませんか?」
憐れんで、なんて心外だな?
すこし強い言葉たちに訊いてみた。
「どうして静子さん、そんなふうに思うんですか?」
「だって、妹だって…」
反論すぐ返して、そのくせ細めて呑んでしまう。
その続き知りたくて、見つめた瞳が見つめ返してくれた。
「私のこと、妹みたいってよく言ってたでしょう?だから本気かわからなくて、」
あ、そういう解釈していたのか?
言われて背すじ抜かれて、笑ってしまった。
「本気で好きです。この場所でだけは僕、心にない言葉は言えませんよ?」
この社を奉る、そんな自分が心違うことなど言えない。
だからこそ言ってしまった今夜この瞬間、朱色あざやかな笑顔が咲いた。
「…はい!」
燈火きらめく、あたたかな穏やかな優しい笑顔。
この雪ふる社にも温かくて安らかで、真冬ほころぶ燈の花。
だから冬麗、この言葉を君に知った。
「ありがとう…静子さん、」
ほら声がふるえる、温もり幸せで。
ずっと知らなかった冬の温もり、それでも教えてくれたのは君。
こんな凍える風にも固い雪にも、ぬくもり燈してくれた。
この温もりに幾年、幾歳、ともに。
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1月2日誕生花ロウバイ蝋梅
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「あけましておめでとうさん、」
「おめでとうさん、」
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冴える大気に人々が笑う、その頬が朱い。
「宮司さん、おめでとうさまでございます、」
「はい、おめでとうございます、」
微笑んで頭さげて、例年のお神札さしだす。
受けとってくれる指そっと冷たくて、ありがたさ微笑んだ。
「こんな山の奥まで、雪のなか毎年ありがとうございます、」
里も雪、それでも山上の社殿は銀色なお凍れる。
石畳も滑りやすかったろう、それでも馴染みの笑顔ほころんだ。
「いんやあ、雅嗣さんこそでしょお?若いのに、山の鎮守さま守ってくださってねえ、ありがたいことだって、」
笑顔ほろほろ明らんで、白衣の腕ほとほと敲いてくれる。
衣透かす温もり掌おおらかなまま、ふるさとのひとは微笑んだ。
「テイダイで博士様になって、立派な仕事してたのに村のため帰ってきてくれたろう?ほんと雅嗣さんは立派だ、村のみんな誇りに思っとる、」
温かな声、ほとほと白衣の腕やわらかに敲いてくれる。
笑ってくれる口もと白髭が増えていて、幼いころからの恩に微笑んだ。
「僕が立派なんじゃないです、みんなが僕を応援してくれたから出来たことですよ?」
「でも努力したのは雅嗣さんだ、そうだろう?」
錆びた低い、そのくせ朗らかな声ほとほと笑ってくれる。
皺ふかい瞳まっすぐ実直で、どこまでも温かな眼ざしに微笑んだ。
「ありがとう、田中のおじさん。よく温まってから下りてくださいね、」
「おう、あったまらせてもらうよお、」
髭の笑顔やわらかに雪さくり、さくり、接待の戸へ足音ともる。
その背すこし屈んで、それでも広い肩に声こぼれた。
「…おすこやかに、」
言祝ぎ、白く大気とけていく。
純白ふりしきる雪の杜、朱い篝火くゆる親しい笑顔たち。
この温もり永遠に続けばいい、守りたい、そう願って自分は今ここにいる。
「…雅嗣さん、」
ほそい、やわらかな声が呼ぶ。
気がつかないほど細い声に振り向いて、かっぽう着姿の束ね髪と目が合った。
「静子さん、今年もお接待ありがとうございます。いつもお正月から申し訳ありません、」
「あの、好きできていますから…」
微笑んで呼びかけて、黒目がちの瞳そっと瞬く。
また恥ずかしがるかな?見つめた真中、ちいさな唇ふわり微笑んだ。
「生姜湯、いかがですか?あったまりますよ、」
ことり、
袖机そっと響いて、清々しい芳香くゆる。
澄んで温かな湯気に懐かしくて、幼馴染の少女に笑いかけた。
「ありがとう、いただきます、」
やわらかな湯気に伸ばした掌、ふわり温もり燈される。
すすりこんだ熱あまくて、ほっと唇ほころんだ。
「あったかい、おいしいです、」
そっと肩の力ゆるまる、あたたかい。
あまくて熱い温もり唇すする、やさしい湯気ごしに瞳ほころんだ。
「…よかった、」
そっと笑ってくれる頬、透けるような薄紅あかるむ。
こんなふう静かに微笑んで、それでも明るい優しい瞳に唇ひらいた。
「静子さん、僕のお嫁さんになるのはいかがですか?」
あ、言ってしまった。
「…?」
ほら黒目がちの瞳がとまる、驚くよね?
だって僕も驚いている。
「あの、僕も思いつきで言っているんじゃないんだ、」
ああ唇が動いていく、止まらない。
だって思いつきじゃないから。
「僕が東京から帰ってきた時なんだ、静子ちゃん大人になってて驚いて、その、僕は」
あああ声がとまらない、そうだろうな?
だって帰郷もう季節いくつ生きて、育ちきった想い産声あげる。
「僕は、静子さんと生きたいと想いました、」
ほら声が核心ふれていく、告げてしまう。
もう告げよう。
「静子さんが好きです、僕のお嫁さんになりませんか?」
見つめて告げて、燈火ほのかに瞳を揺れる。
音なんて何もない、ただ黒目がちの瞳と薄紅の頬やわらかに明るい。
頬かかる髪すじ艶やかな光、かすかな甘い、おだやかな優しい香なつかしい。
「…あの」
ちいさな唇うごく、細い、けれど澄んで響く。
なんて応えてくれるのだろう?見つめるまま問われた。
「ほんきなんですか?」
「え?」
つい訊き返して見つめて、黒目がちの瞳そっと伏せられる。
燈火うつる睫ながい翳、その深さに自重つい笑った。
「僕は本気です、でも静子さんにしたら僕はオジサンだから冗談みたいだよね?嫌であたりまえだよ、断ってくれていいんだ、」
十九と三十路、干支ひとめぐり。
こんなの少女には「冗談」であたりまえ、こんなこと気づかない自分だ?
「嫌なのに結婚しても幸せになれないだろ?幸せにならないともったいないでしょう、遠慮なんていらないんだ、」
声にしながら自分の迂闊に困らされる、どうして気づかない自分だ?
年の差、そして村の立場、そんなこと考えれば解ることだった。
ひとつ間違えば強要になる、断れないと思わせてしまう。
なにより、愛するひとを困らせてどうする?
―僕は不甲斐ないな、父さんと違って不器用で、
自嘲ほろ苦い、こんな自分だ?
こんなことで父の遺命を継げるだろうか、この村を守れる?
けれど、こんな自分だからこそ、あなたと生きたいと願ってしまった。
「ごめんね困らせて、もう大丈夫だから、」
微笑んで頭下げて、瞳ふかく熱が燈る。
どうか零れないでほしい、願うまま立ちあがり袖ひかれた。
「…りません!」
なんて言ったのだろう?
わからないまま袖ひかれたまま、黒目がちの瞳が僕を見た。
「こまりません、もう大丈夫じゃありません!私だって雅嗣さんよりずっと…!」
まっすぐ澄んで鼓動ひっぱたく、細くて穏やかなくせ透る声。
声そのまま僕を浚って、もう離れられない。
「ほんとに僕でいいんですか?十より年上だし、年末年始は忙しいですよ?」
ほら問いかける僕の声、本当はもう離れられないくせに?
こうも臆病な僕の鼓動に、おとなしいくせ勁い瞳が言った。
「いつもお手伝いしてますから同じです、雅嗣さんこそ私でいいの?子どもの片想いを憐れんでなのじゃありませんか?」
憐れんで、なんて心外だな?
すこし強い言葉たちに訊いてみた。
「どうして静子さん、そんなふうに思うんですか?」
「だって、妹だって…」
反論すぐ返して、そのくせ細めて呑んでしまう。
その続き知りたくて、見つめた瞳が見つめ返してくれた。
「私のこと、妹みたいってよく言ってたでしょう?だから本気かわからなくて、」
あ、そういう解釈していたのか?
言われて背すじ抜かれて、笑ってしまった。
「本気で好きです。この場所でだけは僕、心にない言葉は言えませんよ?」
この社を奉る、そんな自分が心違うことなど言えない。
だからこそ言ってしまった今夜この瞬間、朱色あざやかな笑顔が咲いた。
「…はい!」
燈火きらめく、あたたかな穏やかな優しい笑顔。
この雪ふる社にも温かくて安らかで、真冬ほころぶ燈の花。
だから冬麗、この言葉を君に知った。
「ありがとう…静子さん、」
ほら声がふるえる、温もり幸せで。
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