萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第35話 閃光act.2―another,side story「陽はまた昇る」

2012-03-02 23:38:48 | 陽はまた昇るanother,side story
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第35話 閃光act.2―another,side story「陽はまた昇る」

選手たちが集められホールに整列していく。
整然と並ぶ濃紺の制服とダークスーツ姿の謹直な空気が開会式前の緊張を満たしだす。
センター・ファイア・ピストル正選手として第4方面の場所へと周太は佇んだ。
暗色のトーンに沈むホールの片隅、ただ独り周太は父の一葉の写真を心に見つめていた。

濃紺の制服姿「優勝」賞状を捧げ持つ、切長い目のきれいな微笑。
どこか哀しげな切ない想いを潜めた、けれど真直ぐ運命に立つひとの眼差し。
あの写真に刻まれている父の時間、あの写真と同じ時間がいま、自分に始まろうとしている。

…お父さん、俺ね、ほんとうは怖いんだ…でも、ここまで来れたよ?

ひとりっこ長男の甘えんぼう、それが自分。
いまでも母から離れきれなくて、何かあれば電話して会いに行きたくなる。
ほんとうは泣き虫な自分、さっきも廊下の片隅で泣いてしまった。
そんな弱い自分、けれど今ここに父の名前「湯原」をゼッケンに背負って立っている。
この父の名前に傷をつけることは自分自身が許さない。

この父から受け継いだ「湯原」の名前は、唯一人の息子の自分しか背負えない。
だから自分は今日この場に立つことを選んだ。父の想いを受けとめるのは唯一人、この自分しかいないから。
あの写真に刻まれた父の時間に自分は立ち、父が立った「射撃の名手である警察官」を自分も辿りだす。
そして父がきっと抱いていた「孤独」そして「誇り」を自分も抱いて見つめてみせる。

ほんとうは弱虫だから、この今だって与えられる2つの愛どちらも手離せない程に自分は弱い。
ほんとうは弱い自分はきっと、父の軌跡の過酷さに泣くだろう、さっき廊下の隅でも泣いたように。
けれど、ここに立つ今、あらためて気づけることがある。

…ね、お父さん?弱いから「ふたり」必要、そういうこと…かな、

これから競技の場に立つ、その相手が光一なのはどこか温かい。
これから衆目の中に立つ、その視線のひとつが英二だという安らぎがある。
こうして与えらえれる2つの愛が、この今だって自分を左右から支えてくれている。
だから想う、きっと弱い自分だからこそ光一と英二、ふたりの愛を与えられた。だから弱い自分でも、きっと耐えられる。
そう信じて決して逃げない。

幾度泣いても、どれだけ涙を流しても、自分は決して逃げない。
自分だけが父の名「湯原」を背負っている、自分にしか出来ない、自分は決して逃げない。
この今日からきっとまた動く運命がある、それがどうあろうと逃げない。
必ず自分は、父の道を見つめ終えてみせる。

そして今日も戦い抜いて、きっと父の立った場所に立つ。
あの春の誓い「父の想いを見つめる」ためだけに。

“センター・ファイア・ピストル優勝者” 射撃名手の頂点に与えられる称号。

この称号を自分は必ず手に入れる。
この称号の先にあるものは、自分にとって危険と哀しみ、きっと怒りにすら充ちている。
それでも前に進みたい、逃げずに真直ぐ見つめたい。

ほんとうは華奢で、射撃の衝撃に耐える事すら難しかった。
それでも無理に鍛えて筋肉質へと体すら造り替えた、走りこんで持久力も作った。
もとから勉強は好きだった、けれどこの道に立つため有利な勉強ばかり選んで大学も進んだ。
そして警察学校で首席を狙って「首席卒業」の称号を勝ち取った。

この「首席卒業」の称号、その通り自分は体力知力とも抜群で卒業した。
身長169cm、体重53Kg、この小柄で筋肉質の自分の体格。
小柄で強靭な体、首席をとれる能力。これが警察組織で「エリート」と呼ばれる集団に入るための条件になる。
そしてこの競技会で「優勝」の称号を今から手に入れたなら。
もう、自分の意志以上の思惑で「エリート」へと曳きこまれて、きっと父と同じ任務に立つ。

その任務は「エリートの栄誉そして最強」と言われることも知っている。
けれど。あの父にとっては、きっと、そんな栄誉も称号も無意味だった。
きっと父が本当に望んでいたことは、そんなことじゃない。

だって自分は知っている。
父が自分に本を読んでくれる時の幸せな微笑も、山に立つ時の快活な笑顔も知っている。
決して父は競うことも戦うことも好まない人だった、文章に親しみ山を愛する心優しい人だった。
たとえこの戦い競う道に立つ時もきっと、父は自分が知るまま穏かで優しかった。こんな道ほんとうは父は望んでなどいない。
そうして「望まない」父を自分は大好きで誇りに想う、だから自分は父を見つめたい。

そして見つめて知りたい。
なぜ「望まない」道でありながら父はそこに立ったのか?
どうして「望まない」道であっても父は誇りを持って立っていられたのか?
その全てを自分こそが知りたい、父の名「湯原」を背負う唯一人として、父の真実と想いを知りたい。
そのために、幾度と泣くことになっても構わない。

…ね、お父さん?泣くけどね、俺は逃げないから…だから、見ていて?

この会場には今、父が家に帰るための鍵を大切に守るひとが居てくれる。
自分が父の名「湯原」を背負うように、いま英二が父の合鍵を胸に抱いて父の想いと佇んでいる。
きっと父は英二の心に温められながら、英二の目を通して見つめてくれている。
そんな確信が心にふれて温かい、そして気づかされていく。

…お父さん、やっぱり英二は、お父さんが出逢わせてくれた、そうでしょう?

美しい切長い目と、きれいな微笑を持った英二。
いつも穏やかでも華やかで、健やかに明るい英二の笑顔は美しい。
けれど時おり垣間見える時がある、どこか憂慮を抱くよう微笑むとき英二は、父の笑顔そっくりになる。
英二と父は顔の造りは似ていない、それなのに英二に父が映りこみ、どきりとする瞬間がある。

なぜ英二には、父の面影が映るのだろう?
いつも英二はなぜ、父の想いを見つけ叶える事が出来るのだろう?
英二には父が映りこむ瞬間がある、それが不思議でならない。そんな英二が自分は大好きでいる。
この「大好き」が父への憧憬と重なる瞬間だと、自分は自分で知っている。

父への憧憬。
この感情は光一には抱かない、英二にだけ見つめる感情で、大切な自分のピースのひとつ。
けれど英二への想いは、父への憧憬それだけじゃない。
だって自分は父を「すべて欲しい」と想ったことは無い、だから違う。

英二を「すべて欲しい」と願う想いの正体、これが何かはきっと知っている。
この願いは、光一と英二に対してでは、すこし色あいが違って感じられる。
この違いがきっと、これから自分がどうして行けばいいのか?そのヒントになるだろう。

…お父さん?今日、ここでまた、ひとつ俺はね、見つめられたね?…そして、今から戦うよ?

開会式がもうじき始まる、そして戦いが始まる。
この大会に自分は戦いを始める、「父の誇りと名誉の復活」を懸けた戦いを挑む。
この警視庁拳銃射撃競技大会の常勝者だった父、その名と誇りをこの場すべての人間に想い出させたい。
常に警視庁で警察で頂点に立ち、オリンピック代表として国家ですら「射撃の頂点」に立っていた父。
そんな父なのに「銃」に狙撃され殉職してしまった、このことを「恥」だと言った人間達を知っている。
所詮は競技射撃だと、実戦では役立たずだと罵って嗤った人間がいた、それを自分は通夜で葬式で見た。

奥多摩での弾道鑑識実験、あの場で自分は光一によって14年前の記憶がすべて蘇った。
そして甦った記憶の底から見つめた、13年前の、もう14年経とうとする春の光景。
あの、満開の桜の下で見つめた、父の葬儀の光景。
あのとき、壊れた心のまま自分は呆然と光景を見つめていた、すべての音も色も無意味な記号だった。
けれど記憶が戻った今は、あの春の夜に見つめた全てが意味を持ち「記憶」として蘇生している。
あのとき葬儀の片隅で囁かれた「不名誉」と言う単語たち、あの言葉を発した人間はきっと今日ここに居る。

父を侮辱した人間達に想い出させ知らしめてやりたい、父がこの警視庁で「射撃の名手」として頂点に立ち続けたことを。
父の名「湯原」を背負う自分の背中を「優勝者」として立たせ見せつけたい、そして父の名誉と誇りを思い知らせてやりたい。
この道は決して父が心から望んだのではない道、この道の栄誉など父には無意味だった。
それでも父は誠実な心のまま真摯に向きあい努力した、その名誉と誇りを侮辱したことは許さない。

…ね、お父さん?俺はね、才能は少ない、でも努力は負けない…だから、お父さんの名誉と誇りを守らせて?

今日この場に自分は選んで立った。
父の軌跡を辿るため、そして、父の名誉と誇りを復活させるために。
この背に負った父の名「湯原」の名に懸けて、自分は今日この大会で優勝してみせる。

けれど、この目的にはきっと大きな壁が立ちはだかる。
きっと光一は今日の大会を「制圧」するだろう、それを自分が一番知っている。
美しい大きな体と生来の才能、そして峻厳な「山」の掟に生き鍛えあげられた強靭な精神と能力。
生まれつきの光一と10歳から努力を始めた自分では、雲泥の差は歴然としている。
それでも自分は負けたくない。

…きっと光一に勝つことは出来ない、でも、負けないことは出来る

ひとつ呼吸して壇上を見あげた。
その視線の先で幹部達が席に着いていく。
そして司会者がマイクの前に立ち、怪訝そうに会場を見渡しながら指示をした。

「静粛に、これから開会式を…っ、?」

司会者の視線が一点に止められ、声が止まった。
その視線を会場中の人間が怪訝そうに追っていく、そして息を呑む気配が生まれていく。
壇上では慌ただしく司会者が実行委員と話している。
どうしたのだろう?
そんな疑問に我に返ると、周囲がざわついている。
なにか異様な空気が会場を満たしているのが解かる、なにか異例の事態が起きた、そんな空気。
そして短く話し終えた司会者は、またマイクの前に立つと呼びかけた。

「開会前に注意があります、制服とスーツ以外の服装での出場は許されません。違う衣服の者、至急着替えて出場しなさい」

呼びかけながら司会者が一点を見た。
その視線を追って会場中が一点を見つめて、しん、と会場中が静まっていく。
事起きる兆し孕んだ静謐が人を場を支配していく、意識が呑まれ視線が一点に統べられていく。
その一点こそが今この場を統べる頂点になっていく。

この会場中の意識を統べる頂点、そこに立つ者が誰なのか?
いま司会者が言う「違う衣服の者」が誰で、何を着ているのか?

…きっと、あのひと。だって、この静謐の気配はよく知っている

周太は壇上を見つめたまま微笑んだ。
もう振り返らなくても解ってしまう、だってこの静謐はまるで雪崩が起きる気配に似ている。
この気配を起こしていく者が誰なのか、きっと自分はよく知っている。

…ね、お父さん?今からね、きっと、彼が戦いを始めるよ?

この警視庁拳銃射撃大会で自分は、父と自分の誇りを懸け戦いを挑む。
そして今日もう1人、この大会に誇りを懸けて戦う男がいることを知っている。

― これもさ、俺のお愉しみのひとつだからね?

いつもどおり飄々と笑って言った「お愉しみ」はきっと戦いのこと。
いつもどおりの光一だった、けれど、どこか怒りの気配が潜んで感じられた。
あの哀しい夕方の翌朝に、英二を諌めながら本気で怒りをぶつけた、あの時の気配と似ていた。
だからきっと光一は怒りの戦いを始めるつもりでいる。

きっと生来の純粋無垢な大らかさのまま、彼は今から宣戦布告するのだろう。
きっと誇らかな自由で大らかな怒りに立って光一は戦いを挑む。
きっとそうでしょう?
周太は真直ぐ壇上を見つめたままで、もう1人の戦い挑む者へと心で微笑みかけた。

「発言を失礼いたします、」

静謐を透明なテノールの声が真直ぐに響き渡った。
ほら、やっぱりこの声。遠く背後から透っていく大好きな声に周太は心傾け微笑んだ。

「青梅警察署山岳救助隊所属、警部補国村光一が申し上げます」

誇らかな自由が朗々と名乗りを上げ、テノールは透して会場を制圧していく。
きっと、底抜けに明るい目で壇上を真直ぐ光一は見つめている。
見つめられた司会者が怯んだのが見てとれる、きっとあの透明で強靭な視線に、彼は真直ぐ射ぬかれた。
もう光一の視線で司会者は制圧されている、きっと光一が今から始める宣戦布告を彼は止められない。
そして落ち着いて明るいテノールの声が真直ぐ透って響き、周太にも語りかけだした。

「仰るところの『違う衣服の者』がもし私であるというのなら、私は異議を申し上げなくてはいけません。
なぜなら、青梅署山岳救助隊員の私には、この山岳救助隊服こそが正式な制服であるからです。
それを『違う』と仰ることは、警視庁警察官として託された任務への侮辱に繋がります。何卒、ご発言の撤回をお願い致します」

会場が統べられて、透明なテノールの声が述べた言葉に呑みこまれていく。
呑みこまれた静謐の中から、笑顔の気配が生まれていくのを周太は背中で感じていた。
そして壇上にいる幹部でも、一人の初老の男が小さく頷いて微笑んだ。

…たしか、地域部長の…蒔田警視長

頭の中のファイルを周太は素早く捲った。
地域部長蒔田警視長。大卒任官でノンキャリア、いま自分が配属されている交番勤務でトップにあたる。
警視長は警察法第62条に警視総監、警視監に次ぐ第3位の階級として規定され、ノンキャリアの最高階級。
地域部は警視庁・道・府および主要県警察本部に設置されている。
交番・駐在所、110番受付など事件対応配備を担当する通信指令室などの運用管理の統括部門。

そんな彼が光一へと賛同の微笑を見せた。
真直ぐ見つめる先に座っている蒔田地域部長は、穏やかな空気と頼もしい体躯が印象深い。
この雰囲気は誰かと似ている?そっと記憶の頁を周太は捲り、ちいさく頷いた。

… 青梅警察署山岳救助隊副隊長、後藤警視

後藤副隊長と蒔田地域部長は、雰囲気がどこか似ている。
もしかすると蒔田は山ヤの警察官出身なのかもしれない、それなら光一に賛同するのも当然だろう。
この賛同は山ヤの警察官すべてが寄せるものだろう、その空気が温かく会場を満たし始めている。
そんな空気のなか光一に視線と言葉で射られながらも司会者は指示を出そうとした。

「だが活動服か制服での出場が当然だ、それを君も解っているはずです。即刻着替えなさい、」
「お言葉ですが、着替える必要はありません」

全く動じる気配もなく、透るテノールの声は朗々と発言した。
その声に衆目がまた統べられて、周太の背後を遠くへと集まっていく。その終点から「所信」が透明な声に乗せられ響いた。

「山岳救助隊員にとって隊服こそ制服であり『活動服』だからです。
この隊服は仰るところの『活動のための制服』すなわち『活動服』の規定から外れていません。
そして出場規定には『制服』とあるだけです。この山岳救助隊服での出場は規定に適っています。それとも、」

一瞬だけテノールの声が止まった、この停止に意識達はまた統べられて集まっていく。
きっと光一は間合いの呼吸を掴むことで、この場の視線を統べ制圧しようとしている。
そういう冷静沈着な怜悧さが光一にはあると、あの鑑識実験の3日間で周太も見つめ援けられた。

…もう開会式から、この場を支配するんだね、光一?

いまこの場に集められたのは警視庁の射撃名手たち、そして幹部たち。
その視線を統べた頂点にいま光一は立っている、そして誇らかなテノールの声は真直ぐに壇上を射抜いた。

「それとも、山岳救助隊服は正式な『制服』として認められないのでしょうか?
それは山岳地域の警察官と山岳警察の任務を、警視庁では『正式』と認めていない。これが本意なのですか?
そうした『非公式』とされる被差別的存在が、私の所属する山岳救助隊であり山岳地域の警察官だ、そういう事ですか?」

静謐のままに会場中の人間が、透明なテノールに呑まれている。
この静謐を支配したままで光一は誇らかに「宣言」の言葉を続けた。

「山岳救助隊は山の安全を守っています。そして人命救助と遺体収容が主務となります。
いかなる危険地帯であっても、生命の危機を救い、遺体を捜索して死者への礼を尽くし、人間の尊厳を守る。
これが私の任務です。山と人間の生命と尊厳を守る、そのために自分も命を懸け、毎日任務に就いています。
これは山岳警察に所属する警察官全てが同じです。そして警察官として当然の姿勢です。
人間の尊厳を守るため命を懸け任務に就く、これは全ての警察官に同じ誇りです。その誇りに私も任務に就いています」

透明なテノールの声は「生命と尊厳を守るために自分は山ヤで警察官である」と誇りを謳いあげ意志を宣言した。
真直ぐ壇上を見つめたままの周太の瞳の奥深く、温かな熱がこみあげていく。
そっと瞬いて熱をおさめこむ、おさめた熱はゆっくり心へ落ちて温かい。

― 人間の尊厳を守るため命を懸け任務に就く、これは全ての警察官に同じ誇り

父も警察官のひとりとして「尊厳を守る」ために命を懸けて任務に就いていた。
きっと父の任務は警察組織の暗部に関わっていた、そのために父自身の尊厳は踏み躙られていた。
それでも父はきっと「尊厳を守る」という誇りに生きていた、警察官の一人として。
だから父は哀しみを潜ませても、日々を笑顔で生きていられた?そんな確信が温かい。

…光一、ありがとう…

もし今日の結果で自分が父と同じ道に立たされた時。
きっとこの光一の言葉が自分を支えてくれる1つになる。

たとえ父の道の過酷さに自分の尊厳が消されても、「尊厳を守る」という誇りに生きられる。
だからきっと大丈夫、たとえ尊厳は取り上げられても「誇り」に自分は生きられる。
尊厳を守る誇り、そして愛するひとを守る誇り。
この誇りは誰にも取り上げることは出来ない。

そしてきっと、と想う。
きっと父は自分と母を守る誇りに生きてくれていた。
どんなに警察組織に尊厳を踏みにじられても父は、自分たち家族を守る誇りに生きていた。
いま壇上を見つめていても父のやさしいあの笑顔が甦る。
見つめる父の笑顔へと心で周太は幸せに微笑んだ。

…お父さん…ありがとう、

いま光一は、警察官として山ヤとして男として、誇らかな自由に立って宣言し、この場を統べて従え支配した。
こんなひとが自分の初恋のひと、そして今日この大会に立つ最大のライバル。
こんな光一が自分は本当に大好きで、大切で。
こんな場ですら堂々と、メッセージに想いを贈ってくれる大らかな愛が愛おしい。

また1つ、父の想いと自分の想いを重ねて見つめられた?
真直ぐ壇上を見つめながら、父と自分の想いふれていく。
父と自分。その死と生と、時も飛び越えて、ゆっくり親子の想いが重なり合っていく。
そうして見つめる想いの背に温度が感じられる、この場を充たす静謐の底から賞賛と微笑が生まれ育っていく。
この静謐は雪山にも似ている、この場を支配するひとの想い映すように。
そして静謐に真直ぐ透明なテノールが響いて「問い」がこの場すべてへ投げられた。

「司会者の方を始め、ご列席の皆さまにお伺いします。
人間の尊厳を守る任務に山で着用する、この山岳救助隊服は正式な『活動服』とは認められないのでしょうか?
私が誇りをもって命を懸ける山岳警察の任務は、警察官として正式に認められない、差別されるべき存在でしょうか?」

ホールに朗々と響くテノールの声は、警視庁けん銃射撃大会の開会式を制圧した。
制圧された静謐のそこから賞賛と微笑が湧きあがる温度が周太の背中も温めていく。
そして温まる背中にそっと、大きな振動がやわらかくふれた。

パンっ、

大らかな拍手がひとつ、術科センターの静謐に響き渡った。

パンパン、パンっ…

大らかな拍手が静謐に大きく温かく響いて「賛同」の意志を明確に表明していく。
その拍手に続いて第9方面の観覧場と選手達から拍手が湧きあがっていく、第七機動隊からも拍手が上がる。
それから各部門、各警察署から水が湧くように拍手が広がっていく。
温かな拍手の波紋が広がっていく波に、司会者が焦ったようにマイクへ叫んだ。

「静粛に…!」

ぱんっ!

司会者が叫んだと同時に、司会者の背後から大きな拍手がひとつ起きあがった。
壇上の拍手は朗らかに響いていく、その響きに会場中の視線が壇上の1点に向けられてく。
その視線の先には、愉しげに微笑んだ初老の幹部が大きな拍手を響かせていた。
明朗に響く地域部長蒔田の温かな拍手は会場の奥まで谺させた。

「はい、わかりました」

微笑んで立ち上がると、蒔田は警視総監を振り返った。
あの警視総監は卒業式でも見た顔、固陋で頑迷、そんな印象が周太にはある。
きっと蒔田とでは人間の格が違い過ぎるだろうな?真直ぐ見つめる先で蒔田は穏やかに口を開いた。

「警視総監に提案いたします、どうか、任務に命を懸ける警察官の1人としてお聴き頂けるでしょうか?」
「うむ、聴こう、」

渋々と困ったような雰囲気で警視総監は頷いた。
ほら、やっぱり彼は困ってしまうんだね?予想通りの反応を瞬きひとつで消すと周太は蒔田を見つめた。

「命懸けで任務に就く、これは我々警察官のあるべき姿です。
この姿は全ての警察官の当然の姿です。本部勤務でも都心でも、山岳地域でも同じです。
そして都心の警察官が活動服で任務に就くように、山岳警察官が着用する山岳救助隊服は立派な『活動服』と言えます。
ならば命懸けで任務に就く同じ警察官として、私たちは国村警部補の意見を尊重すべきだと思います。いかがでしょうか?」

穏やかで落ち着いた声、けれど静かな力を持った声が会場を浸していく。
その声が告げる言葉と想いに「賛同」を示す視線が送られていくのが肌で解る。
この多数決を覆す、そんなことはこの警視総監にはきっと出来ない。だからきっと、これで決まるだろう。

…ね、光一?あなたは、この警察組織すら、たやすく支配するんだね?

きっと光一の勝利で終わる。
そっと口の端だけで微笑んだ周太の視線の先で警視総監が頷いた。

「うむ、認めよう。山岳救助隊服での出場を許可する」

会場の空気がなごやかに変わっていく、静謐は春の空気へと温まった。
その空気を読み取るように微笑んで蒔田は告げた。

「お聞き及びの通りです、青梅署山岳救助隊所属の国村警部補、山岳救助隊服で出場してください」

会場から拍手が賞賛と賛同の意志とに温かく湧きあがっていく。
きっと一部には苦々しい顔の空気もあるだろう、それでもこの温かい明るさが充たされるこの場がうれしい。
この警察組織にはこんな温かさも生きている、これが解っただけでも嬉しい。

…光一?この空気をね、俺に教えてくれている?

きっといま光一は底抜けに明るい目で真直ぐに見つめている。
いつもどおり誇らかな自由に立って、静かな想いの底で自分の「勝利」を見つめているだろう。
生来の冷静沈着で怜悧な頭脳と、純粋なまま真直ぐな視点から導き出した論理によって、光一は開会式を制圧した。
そしてこれから光一は競技の場に立って戦いを始める。
こんどは山で育まれた能力を見せつけ視線を統べて「山」の誇りを示すだろう。

「司会の方、お待たせいたしました。どうぞ開会式を始めてください。よろしくお願い致します」

蒔田は穏やかに司会者へ促すと壇上の自席へと座り微笑んだ。
ひと呼吸おいて途惑いをおさめた司会者は、マイクへと向き直った

「では、これより。警視庁けん銃射撃競技大会の開会式を始めます」

予定より幾分か遅れ、警視庁けん銃射撃競技大会の開会が告げられた。
これから光一と、周太と、それぞれの戦いがいま始まっていく。あの穏やかな英二の眼差しが見守るなかで。
運命はまた廻って「時」は前へと進み止まらない、ただ目的の為に戦いまた守っていくしかない。それぞれの場所に立って。
そっと固めた覚悟に微笑んで父の想いを見つめながら周太は開会式に佇んだ。



周太は第1回戦を満点で終えた。
これで予選1位通過は確実になる、けれどもう1人がきっと同点で1位通過するだろう。

…きっと、このあと追い越してくる。そうでしょう、光一?

光一が戦いを挑む理由、それはきっと山の掟を破った警察組織への怒りだろう。
その破られた掟は「山と人間の尊厳の尊重」そして山守る者の誇りをも警察組織が踏み躙った、そう光一は見つめている。
だからこそ光一は山を駆ける救助隊服姿で現れて「山」の誇りを懸けた戦いを始めると開会式で宣言した。
そうやって開会式から場を支配し妥協をするつもりが無いと示して見せている。

この戦いの結果はきっと「完全勝利」それ以外を光一が許すはずがない。
光一が敬愛する「山」のルール、この峻厳な掟を破られた怒りの為なら光一は決して容赦しない。
大切なアンザイレンパートナーの英二にすら光一は容赦しなかった、それくらい光一の怒りは純粋無垢な平等に厳しい。
容赦ない怒りを抱いて光一は当然の貌で満点通過する、それもきっと周太以上の技量を見せつけながら。
そうやって警察組織に対して「山」の力が優位だと示して光一は、組織が矮小だと笑い飛ばすのだろう。
そんな確信を見つめながら周太は射場から第4方面の観覧場所へ戻った。

「湯原、さすがだな。満点は湯原だけだぞ、」
「今回も敵無しだな、」

先輩達が口々に褒めてくれる。
最初に新宿署の特練選抜された時は壁があった、けれど11月の全国警察射撃大会から認めてくれる。
きっと社会人ならどこも同じだろうけれど、この世界は実力が当然のようにモノを言う。
でも、それだけではないと開会式で光一と英二が示して見せてくれた。誇らかな宣言と温かい賛同の拍手で。
そうやって警察官たちにも温かな紐帯があることを教えてくれた。

ずっと、父を死なせた警察組織は冷たいばかりのところだと思ってた。
表面はいくら取り繕って正義を唱えていても、本当は人間の尊厳を踏み躙っている。そんな表裏に吐き気がした。
けれど今はもう、それだけじゃないと解っている。
あの2人のような警察官もいてくれる、あの後藤副隊長のように心から父を大切に思ってくれた警察官もいる。

―…君のお父さんと約束していたんだ。息子さんが大きくなったらな、ここで一緒に飲ませろよ、ってね…
 君のお父さんはな、本当に良い笑顔の男だったよ。俺はね、君のお父さんが好きだった。だから亡くなった時は悔しかった
 だからな、湯原くん?俺に出来ることは君にしてあげたいんだ。ここに1人そういう人間がいるってこと、忘れないでくれ

後藤副隊長は山ヤ仲間として今も父に変わらぬ友情を示してくれた。
あの誠実な友情に報いるためにも、今日の自分は少しでも多く父を見つめ父の誇りを守るために戦いたい。
いま抱いている想いに素直に微笑んで周太は先輩たちに頷いた。

「ありがとうございます、でもまだ終わっていませんから」
「満点ずっと出しているのに、謙虚だな、湯原は?」
「いえ、…はい、2回戦も頑張ります、」

微笑んで答えながら周太はそっと第9方面の観覧場所を見た。
長身の若い警察官が2人ならんで楽しそうに話しているのが見える。
ひとりはスーツ姿、そしてもう1人はオレンジ色とカーキ色の隊服姿。
ダークカラーの姿に沈む会場で、警視庁青梅警察署山岳救助隊服はあざやかだった。
その隣に立つスーツ姿はダークカラーなのに華やいで、冬麗にも似た眩さに惹かれてしまう。
ふたりは好一対の似合いで笑いあっている、そんなふたりの姿がまぶしい。

あの鮮やかな色彩の制服姿で光一は誇らかに立って、山ヤの警察官の誇りを統べて警視庁へ叩きつけた。
そして「人間の尊厳」をめぐる警察組織の矛盾を突き刺して、任務へ懸ける誇らかな自由を真直ぐに宣言した。
あの純粋無垢な宣言がなされた時、さり気なく、けれど絶妙の間合いで一発の拍手がバックアップした。
きっとあの拍手は英二、他の誰でもない英二が起こしたものだろう。
穏やかな静謐に佇んで賢明な視線で見つめる英二、きっとパートナーと場の呼吸を的確に読める。
そうして読みとった呼吸を、あの長い指の掌に掬いとって、一発の拍手で「賛同」を会場中から惹き起してみせた。
いつも山岳レスキューの現場で「人間の尊厳」を救う為になら、泥と血に塗れることも厭わない長い指の掌。
あの美しい大きな掌は今またこの場でも、大らかな拍手で警察官の善意を誘引し「山の誇り」を援け示した。

こんなふうにきっと、
いつもふたりは無言のままで意思疎通して援けあっている。
そんな信頼感と強い絆があの時に感じられた、そしていま見ていて確信は深くなる。
きっとふたりは本当に生涯のアンザイレンパートナーになるだろう。

そんなふたりから同時に愛され、愛している自分がいる。そして今日もう既に2人から援けられている。
温かな腕に抱きしめて不安を解いて、父の想いまで見つめてくれる英二。
堂々「宣言」で宣戦布告して警察組織への怒りを代弁してくれた光一。
それぞれの想いと力で「守り手」になってくれる、そんな2人の存在が自分は嬉しくてならない。
いまこの場に立っていても心が凪いでいる、ふたりの存在があるから弱い自分でも真直ぐ立っていられる。

…ありがとう、そして…愛している、

この身はひとつ、それでも2人の愛を抱いてしまった。
もう抱いて離せないのなら潔く見つめて、2人に相応しい自分に成ればいい。
だから今もこの場で真直ぐ立っていたい。たとえ今どんな視線を受けようと、揺るがずに立っていたい。
ほら今もう、あの視線がまた見に来ている。
心でちいさく笑って周太は頭のファイルを捲った。

身長170cm、闘志型体型、40代の憔悴した顔の男。
あの男は11月の大会でも見かけている、そして似たような視線を投げかけてきた。
まるで獲物を捕らえることを確信したような、貪欲な獣のよう。
もう自分の手中に堕ちる、そんな言葉が視線からこぼれそう?
けれど、

…けれど、ね?あなたの思い通りばかりには、ならないよ?

確かに自分はあの男の求め通り、きっとあの任務に就くだろう。
確かにそう。数か月後の未来を見つめて周太は、射場の奥にある扉に微笑んだ。
あの扉の向こうの世界から彼はやってきた、それを自分は知っている。
そして自分をあの扉の向こうへ曳きこむ為の「確認」に今日はここへ来ているだろう。
そしてきっと数か月後には自分は、あの扉の向こうに立っている。
あの扉の向こうこそが「父が立っていた場所」だから。けれど、

…けれど、ね、俺と父は、違う人間だから…だから、思い通りにはならない

父と自分は違う、自分は父より弱虫の泣き虫、だから父とほんの少し違う道を選択するだろう。
その為のヒントをきっと自分はもう手に入れている、だからきっと大丈夫。
きっと大丈夫、そんな信頼に微笑んで周太は射場へと目を移した。

いま射場には、光一が登山靴を履いて真直ぐ立っている。
山岳救助隊服姿の腰にホルスターをかけ拳銃を携行し、いつも通りの姿と笑顔のまま立っている。
カーキの山岳救助隊制帽の下で、底抜けに明るい目は誇らかな自由にまばゆい。
濃紺の制服とダークスーツの群集に一点の温かい光彩。
暗色の選手達の中で光一だけが明るい光の色をまとうように誇らかな微笑みで佇んでいる。

― 俺は俺だね、まわりなんか関係ないね

そんな声が背中から聞こえてきそう?
いつもどおりの元気で大らかな背中の頼もしさに周太は微笑んだ。
きっと光一は第1回戦を完全制圧してしまうだろう。
そんな確信に周太が見つめる先で光一はブースへと入って行った。



(to be continued)

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