萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第85話 春鎮 act.57 another,side story「陽はまた昇る」

2018-06-06 12:58:31 | 陽はまた昇るanother,side story
Three winters cold 冬、その先は
harushizume―周太24歳3月下旬


第85話 春鎮 act.57 another,side story「陽はまた昇る」

こわい、あなたが。

“ファントムは人殺しも厭わない”

あなたの声が言った、それは現実を言うの?
そんな切長い瞳は周太を映して綺麗に哂った。

「それにファントムは人殺しも厭わない、自惚れが強いまま怖いもの知らずだ、」

ダークブラウンの髪きらめいて切長い瞳ゆらす、頬なぶる風に雪がふる。
やわらかな湿度の香ほろ苦く甘く冷たくて、時が凍る。

―もしかして英二、あのひとを…、

あなたに雪が香る、風きらめく、ダークブラウン透かして冷厳が笑う。
冷たくて深くて美しい眼、この瞳ここまで冷たかったろうか?

“Fantome”

この単語が使われた場所、そのために父は死んだ。
その全てあなたは知るのだろう、この自分よりもきっと知って、それでも言ったあなたは?

―あのひとを英二…だから今そんなこと言うの?

厭わない、そう告げた視線が自分に微笑む。
冷たく澄んだ深い瞳ただ綺麗で、まぶしくて、解らなくなる。

『人殺しも厭わない、自惚れが強いまま怖いもの知らずだ』

そんなこと言わないで、あなたは。

―だって英二の笑顔が好きなんだ僕は…山のあなたが、

山に笑う、あの素顔が好きだ。

だから今もここだと信じて追いかけてきた、好きだから。
だから止めたい、その声その瞳そんなことに向けないで?

―どうして英二あのひとのことそこまで…どうして?

どうして?

“Fantome”そうして縛るあの男。

その存在にあなたは動く、それはもう解っている。
その動機はどこから起きるのだろう?あなたのため、それとも僕のため?
そんなこと解らない、ただ止めたい、どうしたら止められる?願い雪の森、呼吸そっと唇ひらいた。

「そうだね…英二はひとりぎめ独善的で自分勝手、」

あなたは自分勝手だ。
それでも伝えたくて見つめる真中、凍える瞳に声を押した。

「自惚れるぶんだけ大事なこと教えてくれない、」

自惚れるほど自信がある、それだけ美しい瞳が自分を射す。
強い視線あなたは自分勝手だ、でもそれだけじゃないから喉しぼった。

「僕なんかじゃ信頼もくれないね?」

どうか信じて?僕という存在のこと。

―僕だって男なんだよ、英二…護りたいんだ、

あなたは男で、僕も男、同じ想い抱いても当たり前でしょう?
どうか認めて信じてほしい、願う真中で美しい唇が笑った。

「小嶌さんに怒られたって周太、こんな自惚れやとつきあうなって怒られた?」

雪の風あざやかに赤い唇、低い声まばゆく響く。
その言葉どんなに僕を刺すかなんて知らないで。

―おばあさまに何か言われたんだね、英二…美代さんのこと、

あの女の子と自分が未来を描く。
それが望まれる姿だと自分も知っている、あの女の子も、けれど。

『歌姫にならないで?』

澄んだ声まっすぐ自分を見あげる、そういう女の子だ。
そうして今この選択を二人で決めて、けれど解ってくれない瞳が笑いかける。

「俺と周太は釣り合わないって俺にも解ってるよ、自分勝手で自惚れやの俺だろ?努力家で謙虚な周太とうまくいかないよな、」

別れを切りだされる、そんな言葉たち。
でも聴かせてほしい、それは本音の聲?

「祖母も俺を周太から遠ざけたがってる、周太の携帯も俺だけ着拒されてるよな?誰にも望まれないなんてさ、よほど釣り合わないんだろ、」

赤い唇まばゆく笑う、でも凍えて哀しい。
だって本音すこし毀れた。

―英二…誰にも望まれないなんて、って…言ったね?

望まれないなんて、って、そんなこと言うのは反対の現実を願うから?
そうだといい、ただ願いたくて選んだ今に微笑んだ。

「あのね…美代さんが怒ったのはね、ファントムを選ばない歌姫なんだ、」

望まれない、うまくいかない、釣り合わない、言葉そんなに連ねて何を選ぶ?
その選択もし僕を護ると言うのなら、どうか僕にも護らせてほしい。

“Le Fantome de l'Opera”

あの小説あの言葉、自分を今に惹きこんだページ。
オペラ座に棲む男は“Fantome”と畏れられ、けれど歌姫は天使と呼んだ。
そうしてファントムは彼女に恋をして、でも美しい貴族の青年を選んだ歌姫、でも僕はそうじゃない。

「なんで周太…あの女が『オペラ座の怪人』の話するんだ?」

ほら?あなたが僕を見た、不可思議な眼で。
不可思議な恋物語つづる小説の記憶、そのページ隣いつもあなたがいた。
あの時間どれだけ自分を温めたろう、だから孤独にならないで?

「今、フランス語の勉強に読んでるんだって…あのね英二、この春から美代さんね、大学に入るんだよ?」

問いかけに答え微笑んで、ほら不可思議な瞳が見つめてくれる。
深い冷たい、けれどすこし揺れる温もりが唇ひらいた。

「合格発表、ニュースに映ってたよ…周太?」

唇の端っこ笑ってくれる、でも瞳が昏い。
きっと「望まれない」めぐっている、そんな視線が哀しい。
だからこそ言われた事実のまま含羞すなおに昇らせて、ただ微笑んだ。

「…えいじみたんだ、ね…はずかしいでしょぼく、」

あんなふうテレビに映った自分、どうか可笑しがって?
そうして笑ってほしくて羞んだ先、雪ふる森に深い眼は笑んだ。

「いや、周太はかわいかったよ、」

ああもう、こんなときまでそんなこと言うの?

※校正中
(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 104」】

第85話 春鎮act.56← →第85話 春鎮act.58
にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村
blogramランキング参加中! 人気ブログランキングへ 
著作権法より無断利用転載ほか禁じます

PVアクセスランキング にほんブログ村

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 水無月、白珠ひかる | トップ | 水無月七日、躑躅―fragility »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

陽はまた昇るanother,side story」カテゴリの最新記事