萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk85 安穏act.22 ―dead of night

2018-05-28 23:20:06 | dead of night 陽はまた昇る
夢より優しく、
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk85 安穏act.22 ―dead of night

温かい幸福、そんな味は?

「どうぞ、宮田、」

茶碗ひとつ、君が差しだしてくれる。
そんなことに鼓動ひっぱたかれて、英二は瞬いた。

―あれ、なんか俺…感動してる?

すこし小さな手に茶碗ひとつ。
湯気くゆらす香おだやかで、そんな「普通」の風景にエプロン姿が首かしげた。

「なに…どうした宮田?」
「あ、ごめん湯原、」

笑いかけて手を伸ばして、茶碗ひとつ受けとめる。
その指先かすかに体温ふれて、受けとめた掌に熱が沁みた。

―湯原が炊いた飯、なんだよな、

掌じわり陶器が熱い、透かす温度くゆらす香あまい。
やわらかな湯気やさしいテーブル、古風なダイニングに穏やかなメゾソプラノ笑った。

「驚いてるのかな宮田くん、いまどきらしからぬ古い台所でしょう?」

ああ今、自分は驚いた顔しているんだ?

―そんなに顔に出てるんだ俺、らしくないな?

感情なんて素直に出ない、そんな自分。
けれど今はいくらか違うらしい?それも楽しくて笑った。

「俺は素敵だと思いますよ?クラシックな空気が落ち着きます、」
「あら、私と同意見ね?」

よかったわ、そう言ってメゾソプラノ朗らかに笑う。
その瞳は黒目がちそっくりで、芳香やわらかな食卓に鼓動つかまれた。

―湯原もこんなふう笑うのかな、ほんとうは、

君が笑ったら?

そんなこともう考えている、君の母親に。
この女性と同じ目をしているなんて気がついて、こんなふう君を探そうとする。
こんなに君を知りたがる自分がいる、その願い座りこんだテーブルに小柄な背がエプロン外した。

「…おまたせ、」
「おつかれさま周、ありがとうね、」

微笑みあう母子ふたり、テーブル向こう温かい。

―俺には無いよな、こういうの?

視線をあわせて、微笑んで。
それが母親だというのなら、自分は知らない。

「さ、いただきましょう?宮田くんの好みにあうといいけど、」

黒目がちの瞳やわらかに笑いかけてくれる。
なにげない優しい視線、けれど軋むような痛みに微笑んだ。

「いただきます、ありがとな湯原?」

笑いかけた先、黒目がちの瞳かすかに頷く。
母親と似た瞳のくせ不愛想で、いつもの空気に笑って箸とった。

「…うまい、」

味覚から唇こぼれる。
口ひろがる香が温かい、箸ゆく皿に母親が笑った。

「おいしいでしょう?周はお料理すごく上手なの、」

メゾソプラノ温かに誇らしい。
その言葉に眼ざしにほら、また軋む。

―こんなふうに褒めるんだな…母親、か?

自分は知らない、だから解らなくなる。
こんな眼で声で、それがたぶん「愛されている」ことなのだろう、それなら?

「家族以外で周のお料理を食べたの、宮田くんが初めてよ?最初のお客が喜んでくれて嬉しいわ、」

彼女が笑う、しみる透る優しい眼で。
だから痛んで軋んで、それでも笑って箸はこんで君の味が愛しい。

「はい、おいしいです。すごく、」

自分の唇すなおに笑いかける、箸から温もり香って喉ふれる。
醤油あまからい芳香、茶碗くゆらす馥郁、味噌やわらかな甘み「幸せ」が噎せる。

「でしょう?料理上手な息子って、私の自慢なのよ、」
「…お母さんそういうのはずかしいから、」

幸せの真中、君の唇かすかに呟く。
うつむいた黒髪くせっ毛に顔は隠れて、そんな息子に優しい瞳きらきら笑った。

「そうね、親ばか恥ずかしいわね私?」
「そういうのも…はずかしいからおかあさん、」

むせる幸せに君がつぶやく、その首すじ薄赤い。
きっと恥ずかしがっている、そんな息子に彼女は微笑んだ。

「でも周のお料理せっかく美味しいんだもの、私しか知らないの寂しいと想ってたから、ね?嬉しくて、」

やさしい朗らかな声、でも穿たれる。
ここは温かい甘い「幸せ」な食卓、だからこそ現実ひっぱたかれた。

―この家は二人きりなんだ、十年以上ずっと、

殉職した、そう君は叫んだ。

君の父親は殉職した、君が幼い時に。
そうして二人きり母親と生きた時間がある、その空間に自分はふさわしい?

『私しか知らないの寂しいと想ってたから、』

愛している息子を彼女は想う、だから自分の来訪ただ喜ぶ。
そんな幸福感がテーブル温めて香らせて、そこに自分はなに想う?

「ね、宮田くん?学校での周もこんなに恥ずかしがりかしら、どう?」

やわらかなメゾソプラノが笑いかける、息子のことを知りたがって。
それは「無関心」と真逆な願いだと知っている、知るから痛む鼓動と笑いかけた。

「いつもの湯原くんは毅然としていますよ?座学も実技もトップで、」

いつもの、そんな言葉から君を語りだす。
それだけ自分も「知っている」と言いたくて、そんな本音に優しい瞳が笑った。

「がんばってるのね?でも親ばか言っちゃうけど、がんばりすぎないか心配なくらい周は優秀でしょう?でも宮田くんが息ぬきさせてくれるのかしら、」

優しい誇らしい眼ざしが温かい。
こんな母親が君にはいる、それは自分にとって異世界のことだ?

「息ぬきと言うか、邪魔していなければいいなって俺自身は心配ですけど?」
「あら、邪魔なんてないわよ?周も楽しんでるもの、」

やわらかな湯気に彼女が微笑む、その隣で小柄な手もくもく箸を運ぶ。
黒髪くせっ毛のうなじ薄紅また昇る、そんな息子に黒目がちの瞳くるり笑った。

「だから宮田くん、もっと話して聞かせて?こんなに恥ずかしがるほど楽しんでる周太の毎日のこと、」

黒目がちの瞳ほがらかに楽しい、その隣よく似た瞳は長い睫に伏せられる。
箸もくもく小柄な手は食事して聞こえないふり、そんな仕草が眩しくなる。

「はい、湯原くんに後で怒られそうですけど、」

笑って応えて話しだす、その箸先に食卓やわらかな空気が沁みる。
左手の茶碗しみる熱さ、湯気くゆる甘み、温度も香も鼓動ふかく刺して、ただ優しい。

※校正中
secret talk84 安穏act.21← →secret talk86
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