萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

未来点景 soliloquy 秋を、君―another,side story

2017-10-07 08:03:24 | soliloquy 陽はまた昇る
like Adamant
周太another,ss予告編@第85話+XX日


未来点景 soliloquy 秋を、君―another,side story

黄金かそけき、森の風。

「ん…、」

もう冷たくなった風ふれる、頬なでられ秋おとなう。
こんなに寒くなる山の10月、去年と違う日常に襟もとよせる。

「だいじょうぶかな…?」

ひとりごと首すじふれる、すこし冷たい。
提げたエコバッグかさかさ風ゆらす、その音に黄金が舞う。
光ふくんだ金色の映え、そんな帰り道をあおいで瞳そっと細めた。

「…きれい、」

まぶしい、だって黄金だ。

金色ゆらす枝さらさら響く、光こぼれて黄金が舞う。
まだ10月の初めで平地は緑、けれど今ここは金色そまる時が降る。

「…こんな空いつも見てたんだ、ね?」

ふらす黄金に想いこぼれる。
今あのひとはいない、それでも語りかけたくなる。
それくらい心交わしたのだと信じていて、そのまま唇に風があまい。

「ね…もっと上は黄葉すすんでる、でしょ?」

ひとり声がでる、あのひとに話したくて。
だって今ごろ黄金の森にいる、ここよりずっと輝く場所に。

“黄葉かなり染まりだしたよ、休みに一緒に登ろ?”

ほら、昨夜の声が笑ってくれる。
あの声も今こんなこと想うだろうか?それとも駈けているだろうか?
駈けて、駆けて、そうして日が暮れるとき帰ってきてくれるだろうか、今日も無事に。

「どうかぶじに…、」

ほら祈りが零れる、願いたくて。
この願い誰に告げているのだろう、この森だろうか、君の山だろうか?

それとも、それとも?ああ、そうだ、

「お願い、おとうさん…?」

呼びかけて祈って、面影そっと見る。
もう消えてしまった姿、それでも鼓動ふかく通っている。

『そうだ…山に行こうか、周?』

通う、遠い声が呼んでくれる。
おだやかな深い優しい声、この声をあのひとは知らない。
それでもどこか似ていて、だから想い出しては恋しくなる、そして軋む空白感。

「あいたいな…今、」

あいたい、逢いたい、今あなたに。
もう失いたくなんてない、ずっと。

「…ぁ、いたいな?」

声つまる、のど軋んで鼓動が絞まる。
ただ会いたくて逢いたくて恋しい、今夜にはあえるのに、帰ってくるのに?

帰ってくる、わかっているのに今こんなに逢いたいのは、たぶんきっと。

「っ…」

黄金がにじむ、青空ゆっくり金いろ霞む。
木洩陽ゆるやかに霞しずむ、瞳が熱い、頬ふれる風あまくなる。
あまい冷たい風なでて一滴、ひとしずくの熱やわらかに零れて、鼓動ふかく声が、

『周、わたしの宝物さん?』

想い出してしまった、あの声。

「…ぁ、」

黄金ゆるやかに青とける、霞んでしまう。
霞んで震えだす、歩いているのに膝ゆれて崩れだす。

「ぁ…っ、」

膝くずれる、森にひざまずく。
枯草あまく薫って膝うずめてくれる、梢かわす囁き降る。
黄金ゆれて木洩陽きらめいて、エコバックゆれる光に黒い波うつ髪を見る。

そうして思い知らされる、もう、僕には父だけじゃなく消えてしまった。

『周太、お願い。お母さんの我儘を訊いて?』

聴こえてしまう、声が。

『あなたが生き抜いて、この世と別れるとき。生まれて良かったと、心から笑ってね?』

聴こえてしまう聲、声、もういちど目の前で聴けたらいい。
それなのにもういない、もう、今ごろきっと父の傍にいる。

ああ聴こえてしまう、声、

『お母さんより先に、死なないで、』

どうしてあんなこと言ったの?
そう責めたくなる、でも叶えられて良かった、だけど、だけど、

「ぅ…お、か…」

もっと傍にいたかった、父の時間を埋めるほど。
けれど埋まることなんて不可能で、代わりなんてどこにもなくて、だからこそ傍にいたかった。

だって母の時間どうすれば埋まるのだろう?父の時間すら空いてしまった僕の時間は、どうしたら?

「っ…、ぅ」

熱こみあげる、喉をいたんで声も忘れて。
こみあげる熱が瞳あふれる、こぼれて頬つたって風が甘い。
梢さらさら交わす音、黄金ふる木洩陽の翳、エコバック波うつ黒髪の面影。

『最後の一瞬には笑うのよ?きっとその時、私は、お父さんの隣で、あなたの笑顔を見ているから』

聴こえてしまう聲、声、やさしい懐かしい。
けれど優しい分だけ鼓動を穿つ、痛くて首そっと振る。
こんなことで痛み止むわけじゃない、そんな視界に白い花ひとつ映った。

「…やまははこ、」

名前こぼれる、その唇が止まる。
今、こんな今この花を呼んでしまった、もう僕にはいないのに?

“山母子”

ヤマハハコ、この白い花の名に穿たれる。
だってずっと呼ばれていた、父が消えてからずっと、

『母子家庭って言われても気にしないのよ?だって母子ふたり生きていくのは悪いことじゃないわ、胸張ってもいいでしょう?』

優しいメゾソプラノ朗らかに笑う、明るい強い深い声。
あの声もっと聴いていたかった、でも消えて、その名残りが白い花。

『大切な一瞬を積み重ねていったなら、後悔しない人生になっていくはずよ。だから胸を張って前を見て?』

なつかしい優しい声、色白やさしい笑顔は凛と輝いていた。
あの輝きは底ふかい涙の光、その強さに自分は護られて、愛され育まれた。

「ぉ、か…さ、」

呼んで風ゆれる白い花、秋枯れても優しい山母子。
どうしてこんなものにまで見てしまうのだろう?
どうしたらいいのだろう、

「周太?」

呼ばれる声、けれど熱あふれて止まらない。
呼んでくれている、草踏む音、砂利、駆けてくる足音の風。
ああ誰かくる、涙ぬぐわないと、でも膝くずれたまま黄金の霞しか見えない。

「しゅうたっ、周太、」

呼んでくれる声、低く透って響いてくる。
けれど喉あふれて答えられない、ふるえる唇に動けない。
鼓動ふかく熱あふれて瞳こぼれて、けれど温もりくるまれた。

「周太、しゅうた…、」

呼んでくれる、温かい。
ただ優しい温度くるまれる、背から肩ふれて腕を胸をつつむ。

「しゅうた…周太、」

頬ふれる吐息が囁く、低く透って優しい声。
たしかな温もりくるまれる、そして鼓動が響いた。

「…ぁ、」

ことん、ことん、鼓動が聴こえる。
おだやかで強い深い音、この響きよく知っている。

「周太…泣いていいよ?俺がいるから、」

低く透って優しい声、よく知っている。
ああそうか、あなたが駆けてきたんだ?

「ぇ…いじ、ど、して?」

どうして今ここにいるの?

そう訊きたいのに声が変だ、喉あふれる熱きしむ。
それでも見あげた真中、切長い瞳がやわらかに微笑んだ。

「もう帰るとこだよ、今日は早退にしたから、」

ああ、そうか?

そんな納得ことんと落ちて、その温もり鼓動ふれる。
ふれて温かで緩められてしまう、そして声こぼれた。

「ぁ…ぃたかった、ぇぃ…」

声あふれて想い噎せる、熱になる。
ほら瞳が熱い、ゆれる黄金あふれて切長い瞳が映る。
この瞳にあいたかった、会いたかった逢いたかった、その想い抱きしめた。

「え、いじっ…、」

逢いたかった今あなたに、今このとき、この温もりに。
こんなに温かい、こんなに鼓動が響く、温度に音に命が通う。

「俺も周太に逢いたかったよ、だから帰ってきたんだ、」

抱きしめてくれる声、こんなに深く静かに温かい。
おだやかな鼓動ふかく強い、抱きしめてくれる温度こんなに強く離れない。

「一緒に帰ろう、周太?」

抱きしめてくれる言葉、この声で聴きたかった。
もう失いたくない、喪いたくない、どうか傍に。

「ん…かえろう?」

傍にいて?


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