萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 建巳 act.19 another,side story「陽はまた昇る」

2020-10-30 22:23:03 | 陽はまた昇るanother,side story
Of moral evil and of good, 
kenshi―周太24歳4月


第86話 建巳 act.19 another,side story「陽はまた昇る」

桜ほの明るいキャンパス、ブルゾン姿が駆けてくる。
本を抱えて、チタンフレームの眼鏡きらめいて、友だちが笑った。

「おはよっ、周太、」

眼鏡ごし、闊達な瞳ほがらかに笑ってくれる。
三日ぶりの笑顔ゆるめられて、ふわり周太も笑った。

「賢弥も来てたんだね、図書館?」
「うん、論文の準備しよー思ってさ、」

話しながら桜の下、抱えた本を見せてくれる。
背表紙ならんだタイトル興味深い、愉しくて尋ねた。

「返却するとき教えて?僕も借りたいから、」
「いいよ、これから毎日ほとんど会えるもんなっ、」

応えてくれるバリトン弾んで、懐っこい笑顔ほこばせてくれる。
この笑顔と毎日会えるんだ?始まる日常に笑いかけた。

「ん、会えるよ?研究生だから講義は青木先生のだけだけど、田嶋先生の研究室には毎日来るから、」

農学部と文学部、校舎は違う。
けれど通学いつもになる初日に、三歳下の学友が訊いた。

「青木先生の研究員の話は断ったってこと?なんで?」

どうして?そんな眼差しが尋ねてくる。
もう訊いていたのかな?推察と笑いかけた。

「賢弥は知ってたんだね、研究員の話、」
「あのプロジェクトは俺も関わってるからさ。青木先生、すごく楽しみだ言ってたんだけど、」

それなのに断るのか?
そう見つめてくる友だちに、自分の考えを口にした。

「大学院の入試にはマイナスだと思ったんだ、研究生は学部生とは立場が違うでしょ?」

科目履修だけする研究生が、その科目の大学院を受験する。
ある意味で「外部」扱いと変わらない、学部生のような「内部」とは事情また違う。
そんな立ち位置のキャンパスで、三つ若い友人はため息吐いた。

「あー…そのとおりかあ、でもさあ、つまらないっていうか、なあ?」

チタンフレームの眼鏡ごし、明敏な瞳くすぶらす。
こんなに残念がってくれるんだ?何かくすぐったい想い笑いかけた。

「僕もね、あの研究はすごく参加したいよ?でも、すっきりと大学院を受験したいんだ、それに美代さんは参加すると思うよ?」

あの研究なら彼女は加わる、それなら賢弥も「つまらない」だけでもないだろう?
けれど同じ道の友だちは髪がしがし掻きまぜ言った。

「まーなあ、小嶌さんも研究仲間として面白いけどさ、周太と一緒にできる思ってたからさ?いないのかあって、」
「ん…ごめんね?」

素直に謝りながら鼓動くすぐったい。
こんなふうに求められて、初めての空気に闊達な瞳が笑った。

「まあーなあ、来年もアノ研究は続くけどさ、そんときは一緒しような?」
「ん、一緒させて?大学院に受かったらだけど、」

応えながら少し不安にもなる、本当に受かるだろうか?
もう25歳になる自分、けれど大学4年生の友だちは言った。

「絶対に俺たち受かるんだぞ、周太?大学院からは俺たち同期だ、やっと見つけた研究パートナーなんだからさ、」

チタンフレームの眼鏡ごし、明朗な瞳まっすぐ見つめてくれる。
どこまでも一緒にいこう?そんな約束に周太も笑った。

「僕、がんばるよ?卒研の代わりの論文もね、ちょっと考えてるんだ、」

自分は農学部卒じゃない、そのため大学院入試には希望学科に沿う論文が必要になる。
もう書きださないと間に合わないな?難しいけれど楽しい課題に、明るいバリトン弾んだ。

「なになに?どんなのか教えてよ、」
「賢弥こそ何やるの?訊くなら先に教えて、」

応えて笑って、キャンパスふたり歩きだす。
白く花びら光る道、二本の桜に立ち止まった。

「周太?どした、」

隣も立ち止まってくれる。
その声に微笑んで、花を仰いだ。

「この桜を見たくて、」

白い花光る、おおらかな梢きらめかす。
もう何十年を生きたろう、その幹そっとふれた。

「この染井吉野か、学徒出陣の学生が植えたんだよな、」
「え…、」

告げられた言葉に止まる。
さっき田嶋に教えられたから。

『まだ先生が学生の時に、勝手に植えたって仰ってたよ。意外とオモシロイことするだろ?』

祖父の教え子が教えてくれた、その理由が花きらめく。

「学徒出陣…」

すぐ成長して、花すら散り急いでしまう染井吉野。
それを祖父は知っていただろう、だって家の桜を植えたのは祖父だ。

「周太も聞いたことあるだろうけどさ、ウチの大学も文科の学生は学徒出陣してるだろ?その桜も文学部の学生だったらしいよ、」

いつもの明るく透る声、けれど今おだやかに響いて悼む。
なぜ祖父が桜を植えていったのか、そして、なぜもうひとつ桜は植えられたのか?

『馨さんと奥多摩で見つけた苗でな、山桜はゆっくり成長するのがイイだろ?俺が3年、馨さんが4年になる春だよ、』

田嶋と父が植えた山桜、その想いに若葉が朱い。
桜ふたつ、見つめる願い笑いかけた。

「…賢弥、僕たちが植えるなら何の木がいいと思う?」

笑いかけて視界あわく滲みだす。
目元ゆるやかに熱くなる、瞬いて、沁みこんだ。

※校正中
(to be continued)
【引用詩文: William Wordsworth「The tables Turned」】

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