萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第84話 静穏 act.6-another,side story「陽はまた昇る」

2016-01-08 13:26:04 | 陽はまた昇るanother,side story
夕凪の春
周太24歳3月



第84話 静穏 act.6-another,side story「陽はまた昇る」

連絡しなくてはいけない、始めるために。

途惑いわだかまる、それでも立ちどまってはいられない。
思い定めた春の夕暮まんなかで涼やかな瞳が訊いてくれた。

「周太くん、電話をかえしたらどこに連絡するの?」
「上司と大学に…伊達さんと青木先生です、」

答える唇かすかに潮があまい。
すこし冷たくなった風に夕映やわらかな微笑が訊いた。

「そう、何のために?」
「退職と大学のことを決めます、」

微笑んでテラスの空気あわく朱色そまりゆく。
春暮れる海から光まばゆい、そんなマンションの花園で父そっくりの瞳が笑った。

「恋愛よりも進路から始めるのね?いいと想うわ、男らしくて、」

男らしい、なんて想ってくれるんだ?
こういうこと慣れていない、気恥ずかしくて首すじ撫でた。

「男らしいかは自信ないです、僕…れんあいからは今は逃げてて、」

今は逃げている、さっきも取れなかった本音に微笑んだ。

「わからないんです、美代さんと英二のこと…ふたりにどんなふう話せばいいのかわからなくて、」

どうしたらいいのだろう?
きっと今まで通りではいられない、途惑う想いに優しい瞳が訊いた。

「美代ちゃんに覚悟ありますって言われたから?」
「はい…なさけないけど、」

うなずきながら情けない、こんな子供っぽさが悔しくなる。
だからこそ逢えない俤に微笑んだ。

「女の子にそんなふう想ってもらうの初めてなんです、だから嬉しいのかも今わからなくて…でも英二はこういうの慣れてるでしょう?それが悔しくて、」

同じ男だからこそ悔しくて、恥ずかしい。
こんな意地つまらないのかもしれない、それでも本音に笑った。

「僕きっと、英二のこと同じ男だからこそ憧れたんです…かっこいいなって想って、僕もそうなれたらって…だから悔しくもなるんです、」

同性だからこそ憧れて、同性だからこそ悔しくなる。
そんな本音に優しいトーン訊いてくれた。

「美代ちゃんへの気持ちよりも、英二への想いのほうが複雑ってこと?」
「はい、だから…憧れてるから、英二が弱いとこ見せてくれたとき僕うれしくて、好きになりました、」

あなたが泣いたから、好きになれた。

初めて出逢ったときから見つめている、でも好きになれたのは泣いた瞬間。
あの公園あのベンチであなたが泣いた、あの夏の雨が懐かしくて愛おしい。

『泣いてなんか、いないよ、』

嘘、あなたは泣いていたくせに?

あのとき泣いてくれた理由を今は知っている、その前も泣いていた夜がある。
その夜は別の理由であなたは泣いていた、そのときもう好きになりかけていた。

「おばあさま、英二ね、警察学校のとき脱走したんです、つきあってた人から妊娠したって電話きて、逢いに行ったけど嘘でした…英二すごく傷ついて、」

ほら記憶が唇こぼれて声になる。
つむがれる想いが夕映とけてゆく、その隣に低いアルト微笑んだ。

「そういう話うんと聴かせて?あの馬鹿な孫息子のこと、私も大好きだから、」

ほら解かってくれる、そして同じ想い微笑んでくれる。
こんなふう話したい想い受けとめられ笑いかけた。

「英二が泣いた話を?」
「聴きたいわ、あの子って泣かないから。小さいころからずっとそう、」

涼やかな瞳は笑ってくれる、けれどすこし寂しい。
その想い自分は解かる、そのままに唇ひらいた。

「英二ね、青梅署になったばかりのころも泣きました…お世話になった地元の方が山で亡くなったんです、アマチュア写真家さんで、」

語りだした唇に潮風すこし冷たい。
また水平線に近づく春の陽に大叔母が尋ねた。

「まだ知りあって浅い方よね?でも山のお仲間だから泣いたってことかしら、」
「はい…山を教えてくれた方だから、」

うなずいてマフラーの影そっと溜息こぼれる。
あの泣顔は忘れられない、そのままに口開いた。

「英二にとって山は聖域みたいなものだと想うんです…だから山で関わった人すべてが大切で、救助隊員でいることは英二の誇りなんです、」

あなたは山でこそ輝いている、あの雪嶺でもそうだった。
まだ3日も経っていない瞬間に声つむいだ。

「おばあさま、僕も山で英二に救けられているんですよ?もう三度も…最初は夏の山で次は冬の奥多摩、三度めはこのあいだです、」

三度だ、あなたに自分は救われた。
そのたび見つめた笑顔まだ温かい、その温もりに微笑んだ。

「山の英二はすごくきれいです、笑顔も真剣な顔もまっすぐで…あんなきれいな貌って僕は他に見たことないんです、だから」

言いかけて声そっと詰まる。
続く言葉が瞳の底せりあげ熱い、かすかに唇ふるえてマフラーうずめた。

「…、」

どうしよう、泣いてしまいそう?
こんな自分また不甲斐なくて悔しい、それでも低い優しい声が笑ってくれた。

「英二のこと本当によく受けとめてくれてるわね?ありがとう、あんなワルにつきあってくれて、」

そんなふう言われたら泣いてしまう、だって嬉しい。
こんな受けとめ方は優しくて温かで、だから解かって想い軋みだす。

―僕に吐きだせようってしてくれてる、ぜんぶ、

あなたを好き、その喜び哀しみ気づいてくれている。
この想い受けとめたいと願って、だからこそ厳しい言葉も言ってくれた。

「…あの、さっき僕に言ったのってそういうことですね?悪役でも何でもするって、」

今はまだ逢わない方がいいって判断しました、だから私は悪役でもなんでもするわ。

そう言われたとき哀しかった。
その裂かれる痛みまだ疼く、軋む想いに切長い瞳が微笑んだ。

「そうね、私なり真剣に悪役でも何でもするわよ?」

切長い瞳は涼やかに温かい。
笑って頷いてくれる眼ざしに俤また見てしまう。

―お父さんとよく似てるんだ、おばあさまの目は…明るくて哀しくて、深くて優しい、

父と似ている、それが血縁を教えてくれる。
この逃げることはできない現実に夕風そっと潮が甘い。

『もし英二さんと親戚ではなければ、恋人でいたいのですか?』

青紫の瞳に訊かれた選択、その答なんて決まっている。
だからこそ逃げられない現実を切長い瞳に笑いかけた。

「おばあさまの目、やっぱり父と似ています、英二とも、」

笑いかけ見つめる真中、涼やかな瞳やわらかに微笑んでくれる。
黄昏の朱色あわく白皙も懐かしい、いま遠い俤に微笑んだ。

「ほんとうに父と英二は親戚なんですね、僕とも…僕と英二はどこも似ていないのに、」

もし少しでも似ていたら違ったろうか?
そんな想い白皙の微笑に見つめながら声にした。

「親戚だからよけいに悔しくなるんです、元は同じ人だったのになんでこんなに違うんだろうって嫉妬して…憧れるぶんだけ、同じ男だからよけいに、」

もし少しでも似ていたら、もし同性じゃなかったら。
そう考えても仕方ないと解かっている、けれど抱えこんだ想いに大叔母は微笑んだ。

「だったら美代ちゃんに逢うといいわ、」

なぜそうなるのだろう?

―いきなりなんでかな、おばあさま?

なぜ英二の話で美代が出てくるのだろう?
わからなくて首かしげた先、涼やかな瞳さらり笑った。

「男に男性の自信をもたせるのは女よ、それと仕事ね。周太くんが選びたい仕事は大学にあるんでしょう?」

澄んだ低いアルトやわらかに笑う。
その言葉ただ見つめる衿元、そっと白い手がマフラー直してくれた。

「美代ちゃんならどちらも併せ持ってるわ、大学の周太くんを知っている女の子ですからね?周太くんに自信をくれる存在のはずよ、」

こんなふう考えたことはなかったな?

意外で、だけど大叔母の言う通りなのかもしれない。
かすかな納得に黄昏の花園、父そっくりの瞳が微笑んだ。

「自信をつけてから英二のことも考えなさいな、まず対等な存在にならないと恋愛も友情もゆがんでしまうものよ?すべての愛情がね、」

やわらかに結いなおされたマフラーは温かい。
その白い手そっと額ふれて低いアルトが言った。

「熱も治まってるわね、お風呂でさっぱりしてらっしゃいな?もうじき美幸さんも帰ってくるわ、」


(to be continued)

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