生まれくる日へ、
文月二十二日、撫子―innocent victim
真夜中を超えて月わたる、そうして陽はまた昇る。
「風、ちょっと強くなった?」
海から風がくる、頬なぶって額を照らしだす。
大気おしよせる光ふれる、黒から色彩がうまれだす、風が甘い。
「おう、気持ちいいーだろ?」
「うんっ、すごいくいい、」
弾んだ声きらめく涯、甘く辛く潮せりあげ息をする。
澄んで満たされる胸ふかく潮なじんで、幼馴染が笑った。
「空、朱くなってきたね?」
おしよせる闇きらめく、墨色から紺青ふかくなる。
群青、藍色、紫ひろやかに朱色きらめく、そして風が太陽を生む。
「…、」
声はない、でも横顔きらめく。
隣ならんだ頬きらめく朱色、朝が君を染めあげる。
その真直ぐな瞳に陽が燈る、もう終わる夜に笑いかけた。
「お人好しだからなー、おまえはさ?」
ほんとうに、なんて不器用なんだろう?
そんな瞳ふりむいて、困ったよう笑った。
「うん…そうかな?」
「おう、ガキの頃からイイ子ちゃんすぎ、」
声つむぎだす喉じわり疼く、だって悔しい。
どうしてこの幼馴染は、こんな眼で笑うようになってしまった?
「お人好しも過ぎるとさーなんつーかなあ、罪なんじゃねえか?」
想い声にする真中、ほら?君の眼もう光ゆれる。
「罪、ってすごい言い回しだね?」
ほら?返してくれる声おだやかに笑ってくれる。
泣きたいくせに笑ってしまう、あいかわらずな瞳に痛くなる。
こんな痛みはもう終わらせたい、願いごと呼びかけた。
「おまえがイイ子ちゃんすれば、相手も喜ぶだろうけどさーでもそれってさ、ホントに相手のためになることなのか?」
喜ばせたい、だから「いい子」に囚われた。
そんな幼馴染が悔しい、哀しい、怒りたい、だって自由はどこだ?
「でも、相手も喜んでくれるし…」
ほら澄んだ瞳すこし伏せてしまう、こんな「見ないふり」覚えたのはなぜだ?
こうなってしまう前の君を知っている、ただ取り戻したい願い笑った。
「だろなー、こーしてほしーって通りになったらな、そりゃソン時は喜ぶだろーなあ、」
いいなりになってくれる、それは良い気分だろう?
けれど、そんな人間ばかりじゃないと知ってほしい。
祈るような想い口ひらいた。
「でもさー俺はそーゆーの嫌だよ?」
そんなのは嫌だ。
だから攫ってきた相手は困ったよう微笑んだ。
「なんで?」
「おまえが我慢するだろーが、」
即答と見つめる真中、朱色きらめく額に髪なぶる。
潮風ゆらされ踊らす髪、きれいで、けれど今は哀しくて笑った。
「相手のいーよーにするって褒められやすいだろ、だからオマエも楽ちんなんだろ?褒められて褒められて、イイ気になってさー裸の王様よりヒデーんじゃね?」
笑ってくれ自分の声、今、泣いている時じゃない。
だって明るく響かせなかったら、君の眼どこへ行くのだろう?
「…そのとおり、だけど…」
ほら、声そのまま濁らせてしまう。
伏せたままの瞳は「見ないふり」そういうところだ、こいつは?
こんなこと終わらせてやる、祈りひとつ笑った。
「そーゆーとこだぞ、おまえ?俺を信じろよー」
「…え?」
ほら長い睫があがる、こちらを見た。
途惑うまま澄んだ瞳に、呼吸ひとつ、肚底から笑った。
「言いたいことあるんだろーちゃんと言えよ?言ったら俺がナンカなるってバカにしてんのかよ?」
言いたいこと言ってほしい、ずっと。
言わなくても解るとか、察するとか、そんな詭弁もうたくさんだ。
「え…そんなんじゃないよ、」
ほら途惑う声が自分を見る、でも「見ないふり」は消えていく。
このまま見つめて言ってほしい、ただ願い笑いかけた。
「おまえが何言ってもなー俺はどーもならんって。俺、そこまでお人好しじゃねーもん?」
だから安心してほしい、たぶん君を支えられるから。
それだけ重ねた時間の丈に、明るむ海を指さした。
「だってよー海ってデカいだろ?おまえの住んでるセカイと比べてどーよ、」
「…それは海のが、ずっと大きいよね?」
素直に応えてくれる、相変わらず素直だ。
こんなふう「スレていない」だから傷だらけになった瞳に微笑んだ。
「こーんなデカい海に俺は毎日ずっといるワケ、だからさー?おまえは人の言葉に敏感だろーけどさ、俺がイチイチ気にするワケねーじゃん?」
狭い世界に生きている、だから幼馴染は傷だらけになった。
こんなことなぜ、どうして、なんのために田舎町から大都会に行ったんだ?
「海でっかいだろ?船で出ちまうとさ、エンジンと風と波しか聞こえねーだろ?おまえもココで育ったんだから知ってんだろが、」
思い出してほしい、ここで育った時間のこと。
それが多分きっと自由の鍵になる。
「うん…おまえん家の船、乗せてもらったとき聞こえなかった、」
きれいな低い声が応えてくれる、思い出してくれる?
このまま時間ごと攫いたくて、自分の日常から笑った。
「だろ?すげーデカい声じゃねーと聞こえんかったろ?あーんなカンジだからさ、ホント大事なコトしか聴いてるヒマねーんだ。雑音は気にしてらんねー」
大事なことしか聴かない、だから信じてほしい。
「だから俺は本音しか言わねーワケ。俺はさ、おまえがナニ言ってもナニやっても、友だち辞めますーとかはならねーよ?」
拒絶、それが君の恐怖だ。
それを知っている。
『こんないい子、あなたを嫌いな人なんていないでしょう?これで不満ならどこ行っても無理よ?』
なんだそれ?「どこ行っても無理」って、それドコの世界を言ってんだよ?
しかも自分の親が言ったとしたら、何を想う?
だって幼い子どもには「親=世界」だ。
『ほんとにこの子は、いい子なんです、』
悪意なんてない、ただの褒め言葉、でも自慢したいだけのエゴだ。
そんな親=世界に閉じこめられた友だち、そして、その隣で自分も一緒に生きた。
だからこそ言える想い笑った。
「ってかなー幼馴染でここまで続いてんのイマサラ辞められっか?」
拒絶なんてしない、おまえのこと。
「どーせクサレエンだろー?ナンでも吐きだしゃいーじゃん、そーゆー話はムリだとか俺が言うと思ってんの?」
無理なんて思わない自分だ。
だからどうか、もう諦めて「無理」なんかにするなよ?
『これで不満ならどこ行っても無理よ、他になにができるの?』
あんな言葉、自分の親から言われたら何を想う?
あのときの君の眼を忘れてなんかいない。
「悪いモンも良いモンも吐きだしゃいーじゃん、おまえはイイ子じゃなくってもいーんだ、無理とか思うなよ?」
あんな言葉を言われた、あのときの君の眼を忘れてなんかいない。
あのとき自分も知ったからだ。
「イイ子してなきゃ嫌われるとかホントはねえよ?おまえはイイ子じゃなくっていい、そもそもオマエの名前は“いい子”じゃねーだろが?」
いい子、だから嫌いにならない?
『あなたを嫌いな人なんていないでしょう?こんなにいい子、』
いい子だから嫌いにならない?
なんだよそれ?
「うん…違うよ、でも、」
応える君の声が哀しい、あのときの君の眼そのままだ。
あのときのまま隣の唇かすかに震えて、声こぼれた。
「でも…いい人じゃないと、そばに誰もいなくなるだろ?」
ほら?君は囚われている、あのときのままだ。
『あなたを嫌いな人なんていないでしょう?こんなにいい子、みんなに好かれて居られるなんて贅沢よ、』
あのとき君の眼は知ってしまった、それでも囚われている。
「誰もいないと寂しいよ俺は…いい人じゃないと、好かれないと、誰もいなくなっちゃうから、」
囚われたまま君が言う、でも自分は知っている。
だから告げられるのは自分だけ、ただ肚深く強く声を押しだした。
「そばにいるからって、おまえを大事にしてるワケじゃないだろ?」
傍にいる=愛している・ワケじゃない。
「…っ、」
ほら君が呑みこむ、知っているから。
傍にいる=愛じゃない、そんなこと君もとっくに知っている。
だから今もう告げるしかない。
「おまえはこの町を出たのはさ、おまえを利用したいヤツらにイイ子したせいじゃん?おまえが大事にされたワケじゃねえだろ、」
なぜ幼馴染がふるさとを出たのか?
その理由ぎしり心臓つかむまま、見つめる瞳に笑った。
「おまえは俺といつも一緒にいないよなあ、ソレってさ?おまえが俺のコトぜーんぜん大事じゃねーからソバにいないってわけか、」
「そんなわけないじゃん!」
即答すぐ見返してくれる、その瞳すこし見ひらかれる。
驚いて怒ってるな?そんな眼に笑いかけた。
「俺はオマエとイツモくっついてねーけど、ガキの頃のまんまナンも変わらねえよ?」
子どもの毎日、二人いつも遊んだ。
それでも離れてしまった幼馴染に、想い声にした。
「俺は俺の好きにしてーじゃん、だからオマエも好きに喋って食って寝てさー黙ってたいならそーしてくれてんのが楽。だからオマエとつるむんだろな、」
君のままでいいよ?
そうずっと想っている、昔からずっと。
「だから俺は、おまえがイイ子してんの見るとナーンカなーってなるし?イイ子してねえオマエのが楽でいいや、」
君のままでいてほしい、ずっと。
ずっと想っている、ずっとずっと伝えてきた・つもりだった。
でも伝わりきれないまま君は傷ついて、その空白へ唇にやり上げた。
「ソレともオマエさー?こいつバカだし不細工だし相手できねーとか俺のコト思ってんの?」
「思うわけないじゃん!」
叫んだ断言、海風に響く。
響いて鼓動ふっと和んで、そんな視界の真んなか澄んだ瞳が見返した。
「そっちこそ俺のこと…バカだ思ってんだろ?」
「うん、」
即答すぐ笑ってやる。
やっと気づいてくれた?
「え?」
紺青色ひろがる波、きらめく波濤うねらせ白くなる。
白きらめいて朱色さす、鉛色もう消えていく、今ひろがる海原に口を開いた。
「ほんとーバカだよ!おまえ!」
光ひろがる海、世界あざやかに照らしだす。
くすんだ隣の闇うすらいで、白皙の肌ふわり浮かびあがる。
あいかわらず綺麗で、けれど人形みたいな空虚に言葉を投げた。
「おまえさー、セーケーとかしたいワケ?」
「せいけい?」
きれいな涼しい眼ぱかんと大きくなる、意表つかれた貌だ?
ぽかん、そんな貌また懐かしくて笑った。
「ほら、女優とかさー顔イジルって言うじゃん?あれ、おまえもやりたいワケ?」
「したくないよ、恐いじゃん、」
即答して端整な眉ひそめる、この癖ずっと変わっていない。
こいつも子どものままだ、その時間ごと声を向けた。
「顔イジルのコワイんならさ、心イジルのは恐くないのかよ?」
大人の言いなりだった、君は。
そのまま大人になった君はどこへ行く?
「相手がこーしてほしーって通りにしてたらさー、オマエのこーしたい人生はどこ行っちゃうんだ?」
いつも相手のこと考えている、そういうのは「優しい」正しいこと。
けれど相手のままになってしまった自分は、もう「自分」だなんて言えない操り人形だ。
「おまえの周りはさ、こーしろ・あーしろって命令とか文句言うヤツでいっぱいなんだろなあ?でもソイツらの誰がオマエの人生に責任もつ気で言ってんだよ?」
責任とる気持ちなんてない、だって「操り人形」だ。
そんな世界に押しこめられた瞳が自分を見つめて、そっと唇ひらいた。
「…仕事には責任もって言ってくれてる、けど…人生まではわからないよ、」
「そりゃそーだ、アタリマエだろな、」
相槌うなずいた額を風かすめる、辛い甘い潮が薫る。
この風を駆って連れだしたい相手に、ずっと抱えた想いぶつけた。
「そーゆーさあ、オマエの人生に責任もつ気も無いヤツの言葉が、おまえの人生を幸せにしてくれるって本気で信じてイイナリになってんのかよ?」
そんなやつらに何故、おまえを盗られなくちゃいけない?
ずっとずっと想っていた、なぜこの幼馴染を攫われたのだろう?
どうして引き離されて、なぜ君は傷ついて、ただ幼かった非力の後悔ずっと積もる。
「どーなんだよ?おまえさー本気で信じてイイナリなまんまイイ子やってんの?そーゆーのがオマエの信じる人生なワケ?」
詰め寄るって、こういうのだろうな?
こんな台詞だなんて自分で可笑しい、けれど、こんなに言いたいこと積もってしまった。
これくらい言わせてもらってもバチ当たらないかな?我ながら感想つい笑った前、澄んだ瞳がすこし笑った。
「そうだね…信じてない俺、だから正直ここんとこ落ちこんでた、」
ほら、やっぱりそうだ?
肚底じわり呼吸せりあげて、息ひとつ声が出た。
「やっぱ落ちこんでたんだなーおまえ、」
「うん…やっぱって、なんで?」
訊き返してくれる声すこし揺れる、でも再会の瞬間より明るい。
たった5時間前、あの瞬間に崩れこんだ瞳を見つめて、ただ笑った。
「おまえさーここんとこ電話してこなかったろーが?ラインもなーんか変だったし、インスタとかナンカなー」
「そうなんだ…他の人には言われてないけど、」
不思議そうに首かしげてしまう、その眼は澄んだまま変わらない。
こんな子どもの眼のまま大人になった君、その心に笑いかけた。
「そんなさあ?おまえが信じられない人生なんてさー屁の足しにもならんのじゃねーの?」
ここでイッパツ巧く出ろよ?
願って力こめた腹筋の奥、立派にイッパツ轟いた。
「ふっ…あははっ」
隣ふわり、声ゆらして空気ゆれてゆく。
明るみだす声やわらかくなる、和らいだ瞳に笑いかけた。
「ほらなー俺なんかこんな立派なイッパツ出るんだぞ?人生どんだけ充実毎日ヤってるかわかるだろー健康第一だー」
「ちょ、野菜ジュースみたいに言わないでっははははっ、」
大笑い、破顔、そんな表情に白皙はじけて瞳ほころぶ。
いつも画面ごし見る他人じゃない、やっと戻ってきた親友に笑った。
「やーっとオマエの顔で笑えたじゃん、いい顔してんぞー」
ポケットからスマホ出して、かしゃり、破顔ひとつ記念する。
この顔でずっといてくれたらいい、願いごと写真を見せた。
「ほら見ろー?オマエこんな顔なんだぞー知ってってか?」
「うわっ、すごいくしゃくしゃ顔だ俺、あははっ、」
「なーなー、コレもジムショ通してくださいとか言う?オマエ言っちゃう?」
ほら、言葉ひとつ幼馴染の瞳こわばる。
こんな眼するほど追いつめられていた、想い見つめて指のばした。
「よーし、今度はコレどーよ?」
指ふたつ、笑いかけて目の前の頬ふれる。
その肌しんと冷えて、冷たさに心臓きしむまま摘まんだ頬ひっぱった。
「ひった、っふははっ」
頬ひっぱられたまま幼馴染が笑う、変な顔だ。
けれど瞳はきれいなまま明るんで、その真ん中に自分が映る。
「どーよ?イイー顔だろ?」
変顔ひとつ、スマートフォンの画面に笑っている。
頬ひっぱられ唇おおきく歪ませて、そのくせ幸せな写真に隣も笑った。
「うんっ、俺のベストショットじゃない?」
「だろー?送ってやんよ、」
応えながら写メール添付して、ボタン一つ、ほら隣が鳴る。
白い手すぐ画面ひらいて、もう辿りついた写真に端正な眼が明るんだ。
「俺こんな貌もできるんだね…ありがと、」
「こんな貌がオマエだよ、」
想い声にして、願いごと心臓めぐってゆく。
だって君?こんな顔のまま生きられたら、たぶん幸せになる。
「なーなー、オマエその写真すげー好きだろ?」
「うんっ、すごく好きだ、」
ほら素直に頷く、そういうところだ?
こんな無防備で都会の真中、他人事だらけの世界どうやって生きていられたのだろう?
「ほーんと、オマエってバカ、」
「なんだよ、おまえこそ成績すげー悪かったろ?なんど零点とったか覚えてんの?」
あ、言い返してくれた。
ホッと心臓ゆるまれて、唇ふっと上がった。
「ソーレはなー、おまえが知る中学までだ、」
「え?なにそれ、」
「おまえがトーキョー行っちまってからなあ、俺は高校時代そりゃー上ゲだったなー」
これは本当のこと、だって一番の遊び相手が消えたから。
なにより「最終学歴」だから精一杯したかった、そんな過去に一番の相手が溜息ついた。
「へえ…そんなの初耳なんだけど?」
「そりゃーそーさ?俺も喋ってねーもん、」
「隠し事みたいで寂しい…なんかショック、俺、」
哀しそうな声ため息こぼす、伏せた睫から翳がふる。
こういう貌するから囚われるのだろう?あらためての呆れに言ってやった。
「おまえも俺にカクシゴトいっぱいだったんじゃねーの?」
だから君、5時間前あんな貌をしていた。
それでも間に合った安堵の真中、きれいな眼は困ったよう微笑んだ。
「…うん、そうだね、」
素直に認めて肯いて、澄んだ瞳すこし逸らしたがる。
こんなふう嘘が吐けないくせに?親しい呆れに笑った。
「どーだ?俺が寂しかったって、ちっとはわかったろー」
「うん…ごめん、」
また素直に肯いて長身の頭さげてくれる。
ゆれる髪きらきら朝陽が梳いて、あらわれた天使の輪に笑いかけた。
「ごめん言うならさー?ケットウを受けてもらおーかい、」
「けっとう?」
どういう意味?そんなトーン見つめてくれる。
こういう無邪気な仕草そのままで、あいかわらずな幼馴染の腕つかんで笑った。
「暴露大会の決闘するかーってコト、今日から三日みっちりなー?」
こんな誘い、乗ってくれるでろうか?
もし乗ってくれるなら多分、きっと写真の貌のまま生きられる。
そういう時間が必要なこともあると、どうか気づいて、そして笑ってほしい。
「三日…」
切長い瞳かすかに伏せられる、ほら?考え込む。
長い睫かたどる陰翳はきれいだ、こういう貌を褒められてきたのだろう。
そして、こういうところが弱点だ。
だから壊してやればいい。
「なーんだーたった三日も俺にはくれてやれんてー?」
爆弾ひとつ投げる、こんな言い方は狡いだろう。
それでも今は遣いたい、願い唇にやり笑った。
「一年ぶりだろーが俺ら?一年を三日に換算してやろーってんだぞー120倍速オオバンブルマイに文句あんのかー?」
この一年、どうして会わなかったのだろう?
取り戻したい時間の想いに、ため息ひとつ幼馴染が笑った。
「でもラインとか電話ではよく話してたよね、それでも一年三日?」
「それくらい価値ある思わん?こーやって会って話すのはさー」
ぽん、肩に腕をまわして背を敲く。
こんなふう幼い日も並んで座った、その記憶ごと微笑んだ。
「おまえ、あいかわらず体温低いなー寒くねえか?」
「うん…おまえは温かいね、あいかわらず、」
笑ってくれる頬に朝陽きらめく、白皙ほのぼの朱が染める。
この頬と頬くっつき合わせた時間があった、ただ懐かしい想い笑った。
「俺はさ、暑いからオマエで涼んでるわけだろーおまえは俺で暖とってさーソレでイイんじゃね?」
「いいけど、この年齢でやるのもどうかなあ?もうオッサンだよ、」
すこし呆れたトーンで君が笑う、その声の底が明るい。
このまま懐かしい時間へ弾けられたらいい、願いごと今を笑った。
「さっき船に乗せてやるって言ったけどさ、俺の船に乗せてやるからなー自分の船を持ったんだ俺、」
「えっ、すごい!」
即答すぐ称賛すなおに見つめてくれる。
変わらない澄んだ眼ざしに、素直な自慢ごと笑った。
「すごいだろー?」
「うんっすごいすごい!いつ?」
尋ねてくれる瞳きらきら光る、こんな無邪気でどうして生きてこれたのだろう?
不思議と不安のはざま、それでも今この先へただ笑った。
「やーっと一年ってとこ、」
「すごい…それも言ってくれなかったよね、」
「ホントに俺の船って言えるまでさー言えんだろー」
だから一年、会いに行けなかった。
ただ働いて金稼いで、そんな日々に会えなかった自分は自己中心だったかもしれない?
そんな後悔ただ殴られた5時間前の貌きっと忘れられない、それでも今、幼馴染の眼は明るく笑った。
「あ、ローン払い終わったとか?」
「あたりー」
笑って応えて、目の前の瞳すこし伏せられる。
また考え込んでしまう、あいかわらず難儀な友だちの腕つかんだ。
「じゃーとりあえず俺んち帰るかー」
「え?」
どうして?そんな眼ざしが途惑う、揺れてゆく。
だからこそ離せない腕つかんで、唇にやり笑いかけた。
「ナニ?なんかあんのかー」
「とりあえずって…このまま町に帰るってこと?」
このまま町に帰る?そう問いかける瞳が途惑っている。
途惑って、けれど底ふかく燈る想いに心いっぱい、ただ笑った。
「いつかとオバケは滅多に見ないって言うだろーが?このまま帰るぞー行こ、」
もう決定事項、そう笑いかけた真中で瞳が途惑う。
いつかの迷子みたいだ、思い出ごと掴んだ腕と立ち上がった。
「帰るぞー、俺たち一緒にさ、」
おまえだけじゃない、そのこと気づいて?
だって一緒だった、幼い時間を一緒に育って今日がある。
転居、親の都合、そんな現実に離されても繋がり続けられたのは自分だけの意志じゃない、君の願いでもあるだろう?
だから今ここに並んで立っている現実に、澄んだ瞳が自分を見た。
「ほんとに迷惑かけるかもしれないんだよ、いいの?」
ほら、君の意志だ?
「メンドクサクなったら漁に出ちまえばいいだろーそれとも山の畑にするかあ、ウチの炭小屋で暮らせんぞ?」
海は広い、そして山は深い。
広く深く世界はある、そのどこかで生きられる。
そんな事実をその体で心で知ってほしい、もう無知のまま傷つけられないために。
だから今こそ一緒に生きよう?願いごと澄んだ瞳ゆっくり瞬いた。
「あのさ…免許証、置いてきちゃったかも、車も運転できないけどいい?」
身分証明が無いのは、ちょっと困るかも?
けれど何でもどうにかなるだろう、腕ひとつ笑った。
「いんじゃね?ウチの畑でなら私有地だから乗れるしさー保険証は財布に入ってんだろ?」
ほら夜が明けた、朝陽が光る。
光が満ちて海、空、はるかな雲きらめく朝が君に降る。
「うん、保険証はある、」
「じゃあ問題ねーじゃん、行こ、」
もう新しい日が昇った、この陽から生きていける。
だからどうか生きてほしい、君、素顔のままで。
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ほら?返してくれる声おだやかに笑ってくれる。
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笑ってくれ自分の声、今、泣いている時じゃない。
だって明るく響かせなかったら、君の眼どこへ行くのだろう?
「…そのとおり、だけど…」
ほら、声そのまま濁らせてしまう。
伏せたままの瞳は「見ないふり」そういうところだ、こいつは?
こんなこと終わらせてやる、祈りひとつ笑った。
「そーゆーとこだぞ、おまえ?俺を信じろよー」
「…え?」
ほら長い睫があがる、こちらを見た。
途惑うまま澄んだ瞳に、呼吸ひとつ、肚底から笑った。
「言いたいことあるんだろーちゃんと言えよ?言ったら俺がナンカなるってバカにしてんのかよ?」
言いたいこと言ってほしい、ずっと。
言わなくても解るとか、察するとか、そんな詭弁もうたくさんだ。
「え…そんなんじゃないよ、」
ほら途惑う声が自分を見る、でも「見ないふり」は消えていく。
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このまま時間ごと攫いたくて、自分の日常から笑った。
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大事なことしか聴かない、だから信じてほしい。
「だから俺は本音しか言わねーワケ。俺はさ、おまえがナニ言ってもナニやっても、友だち辞めますーとかはならねーよ?」
拒絶、それが君の恐怖だ。
それを知っている。
『こんないい子、あなたを嫌いな人なんていないでしょう?これで不満ならどこ行っても無理よ?』
なんだそれ?「どこ行っても無理」って、それドコの世界を言ってんだよ?
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だって幼い子どもには「親=世界」だ。
『ほんとにこの子は、いい子なんです、』
悪意なんてない、ただの褒め言葉、でも自慢したいだけのエゴだ。
そんな親=世界に閉じこめられた友だち、そして、その隣で自分も一緒に生きた。
だからこそ言える想い笑った。
「ってかなー幼馴染でここまで続いてんのイマサラ辞められっか?」
拒絶なんてしない、おまえのこと。
「どーせクサレエンだろー?ナンでも吐きだしゃいーじゃん、そーゆー話はムリだとか俺が言うと思ってんの?」
無理なんて思わない自分だ。
だからどうか、もう諦めて「無理」なんかにするなよ?
『これで不満ならどこ行っても無理よ、他になにができるの?』
あんな言葉、自分の親から言われたら何を想う?
あのときの君の眼を忘れてなんかいない。
「悪いモンも良いモンも吐きだしゃいーじゃん、おまえはイイ子じゃなくってもいーんだ、無理とか思うなよ?」
あんな言葉を言われた、あのときの君の眼を忘れてなんかいない。
あのとき自分も知ったからだ。
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いい子、だから嫌いにならない?
『あなたを嫌いな人なんていないでしょう?こんなにいい子、』
いい子だから嫌いにならない?
なんだよそれ?
「うん…違うよ、でも、」
応える君の声が哀しい、あのときの君の眼そのままだ。
あのときのまま隣の唇かすかに震えて、声こぼれた。
「でも…いい人じゃないと、そばに誰もいなくなるだろ?」
ほら?君は囚われている、あのときのままだ。
『あなたを嫌いな人なんていないでしょう?こんなにいい子、みんなに好かれて居られるなんて贅沢よ、』
あのとき君の眼は知ってしまった、それでも囚われている。
「誰もいないと寂しいよ俺は…いい人じゃないと、好かれないと、誰もいなくなっちゃうから、」
囚われたまま君が言う、でも自分は知っている。
だから告げられるのは自分だけ、ただ肚深く強く声を押しだした。
「そばにいるからって、おまえを大事にしてるワケじゃないだろ?」
傍にいる=愛している・ワケじゃない。
「…っ、」
ほら君が呑みこむ、知っているから。
傍にいる=愛じゃない、そんなこと君もとっくに知っている。
だから今もう告げるしかない。
「おまえはこの町を出たのはさ、おまえを利用したいヤツらにイイ子したせいじゃん?おまえが大事にされたワケじゃねえだろ、」
なぜ幼馴染がふるさとを出たのか?
その理由ぎしり心臓つかむまま、見つめる瞳に笑った。
「おまえは俺といつも一緒にいないよなあ、ソレってさ?おまえが俺のコトぜーんぜん大事じゃねーからソバにいないってわけか、」
「そんなわけないじゃん!」
即答すぐ見返してくれる、その瞳すこし見ひらかれる。
驚いて怒ってるな?そんな眼に笑いかけた。
「俺はオマエとイツモくっついてねーけど、ガキの頃のまんまナンも変わらねえよ?」
子どもの毎日、二人いつも遊んだ。
それでも離れてしまった幼馴染に、想い声にした。
「俺は俺の好きにしてーじゃん、だからオマエも好きに喋って食って寝てさー黙ってたいならそーしてくれてんのが楽。だからオマエとつるむんだろな、」
君のままでいいよ?
そうずっと想っている、昔からずっと。
「だから俺は、おまえがイイ子してんの見るとナーンカなーってなるし?イイ子してねえオマエのが楽でいいや、」
君のままでいてほしい、ずっと。
ずっと想っている、ずっとずっと伝えてきた・つもりだった。
でも伝わりきれないまま君は傷ついて、その空白へ唇にやり上げた。
「ソレともオマエさー?こいつバカだし不細工だし相手できねーとか俺のコト思ってんの?」
「思うわけないじゃん!」
叫んだ断言、海風に響く。
響いて鼓動ふっと和んで、そんな視界の真んなか澄んだ瞳が見返した。
「そっちこそ俺のこと…バカだ思ってんだろ?」
「うん、」
即答すぐ笑ってやる。
やっと気づいてくれた?
「え?」
紺青色ひろがる波、きらめく波濤うねらせ白くなる。
白きらめいて朱色さす、鉛色もう消えていく、今ひろがる海原に口を開いた。
「ほんとーバカだよ!おまえ!」
光ひろがる海、世界あざやかに照らしだす。
くすんだ隣の闇うすらいで、白皙の肌ふわり浮かびあがる。
あいかわらず綺麗で、けれど人形みたいな空虚に言葉を投げた。
「おまえさー、セーケーとかしたいワケ?」
「せいけい?」
きれいな涼しい眼ぱかんと大きくなる、意表つかれた貌だ?
ぽかん、そんな貌また懐かしくて笑った。
「ほら、女優とかさー顔イジルって言うじゃん?あれ、おまえもやりたいワケ?」
「したくないよ、恐いじゃん、」
即答して端整な眉ひそめる、この癖ずっと変わっていない。
こいつも子どものままだ、その時間ごと声を向けた。
「顔イジルのコワイんならさ、心イジルのは恐くないのかよ?」
大人の言いなりだった、君は。
そのまま大人になった君はどこへ行く?
「相手がこーしてほしーって通りにしてたらさー、オマエのこーしたい人生はどこ行っちゃうんだ?」
いつも相手のこと考えている、そういうのは「優しい」正しいこと。
けれど相手のままになってしまった自分は、もう「自分」だなんて言えない操り人形だ。
「おまえの周りはさ、こーしろ・あーしろって命令とか文句言うヤツでいっぱいなんだろなあ?でもソイツらの誰がオマエの人生に責任もつ気で言ってんだよ?」
責任とる気持ちなんてない、だって「操り人形」だ。
そんな世界に押しこめられた瞳が自分を見つめて、そっと唇ひらいた。
「…仕事には責任もって言ってくれてる、けど…人生まではわからないよ、」
「そりゃそーだ、アタリマエだろな、」
相槌うなずいた額を風かすめる、辛い甘い潮が薫る。
この風を駆って連れだしたい相手に、ずっと抱えた想いぶつけた。
「そーゆーさあ、オマエの人生に責任もつ気も無いヤツの言葉が、おまえの人生を幸せにしてくれるって本気で信じてイイナリになってんのかよ?」
そんなやつらに何故、おまえを盗られなくちゃいけない?
ずっとずっと想っていた、なぜこの幼馴染を攫われたのだろう?
どうして引き離されて、なぜ君は傷ついて、ただ幼かった非力の後悔ずっと積もる。
「どーなんだよ?おまえさー本気で信じてイイナリなまんまイイ子やってんの?そーゆーのがオマエの信じる人生なワケ?」
詰め寄るって、こういうのだろうな?
こんな台詞だなんて自分で可笑しい、けれど、こんなに言いたいこと積もってしまった。
これくらい言わせてもらってもバチ当たらないかな?我ながら感想つい笑った前、澄んだ瞳がすこし笑った。
「そうだね…信じてない俺、だから正直ここんとこ落ちこんでた、」
ほら、やっぱりそうだ?
肚底じわり呼吸せりあげて、息ひとつ声が出た。
「やっぱ落ちこんでたんだなーおまえ、」
「うん…やっぱって、なんで?」
訊き返してくれる声すこし揺れる、でも再会の瞬間より明るい。
たった5時間前、あの瞬間に崩れこんだ瞳を見つめて、ただ笑った。
「おまえさーここんとこ電話してこなかったろーが?ラインもなーんか変だったし、インスタとかナンカなー」
「そうなんだ…他の人には言われてないけど、」
不思議そうに首かしげてしまう、その眼は澄んだまま変わらない。
こんな子どもの眼のまま大人になった君、その心に笑いかけた。
「そんなさあ?おまえが信じられない人生なんてさー屁の足しにもならんのじゃねーの?」
ここでイッパツ巧く出ろよ?
願って力こめた腹筋の奥、立派にイッパツ轟いた。
「ふっ…あははっ」
隣ふわり、声ゆらして空気ゆれてゆく。
明るみだす声やわらかくなる、和らいだ瞳に笑いかけた。
「ほらなー俺なんかこんな立派なイッパツ出るんだぞ?人生どんだけ充実毎日ヤってるかわかるだろー健康第一だー」
「ちょ、野菜ジュースみたいに言わないでっははははっ、」
大笑い、破顔、そんな表情に白皙はじけて瞳ほころぶ。
いつも画面ごし見る他人じゃない、やっと戻ってきた親友に笑った。
「やーっとオマエの顔で笑えたじゃん、いい顔してんぞー」
ポケットからスマホ出して、かしゃり、破顔ひとつ記念する。
この顔でずっといてくれたらいい、願いごと写真を見せた。
「ほら見ろー?オマエこんな顔なんだぞー知ってってか?」
「うわっ、すごいくしゃくしゃ顔だ俺、あははっ、」
「なーなー、コレもジムショ通してくださいとか言う?オマエ言っちゃう?」
ほら、言葉ひとつ幼馴染の瞳こわばる。
こんな眼するほど追いつめられていた、想い見つめて指のばした。
「よーし、今度はコレどーよ?」
指ふたつ、笑いかけて目の前の頬ふれる。
その肌しんと冷えて、冷たさに心臓きしむまま摘まんだ頬ひっぱった。
「ひった、っふははっ」
頬ひっぱられたまま幼馴染が笑う、変な顔だ。
けれど瞳はきれいなまま明るんで、その真ん中に自分が映る。
「どーよ?イイー顔だろ?」
変顔ひとつ、スマートフォンの画面に笑っている。
頬ひっぱられ唇おおきく歪ませて、そのくせ幸せな写真に隣も笑った。
「うんっ、俺のベストショットじゃない?」
「だろー?送ってやんよ、」
応えながら写メール添付して、ボタン一つ、ほら隣が鳴る。
白い手すぐ画面ひらいて、もう辿りついた写真に端正な眼が明るんだ。
「俺こんな貌もできるんだね…ありがと、」
「こんな貌がオマエだよ、」
想い声にして、願いごと心臓めぐってゆく。
だって君?こんな顔のまま生きられたら、たぶん幸せになる。
「なーなー、オマエその写真すげー好きだろ?」
「うんっ、すごく好きだ、」
ほら素直に頷く、そういうところだ?
こんな無防備で都会の真中、他人事だらけの世界どうやって生きていられたのだろう?
「ほーんと、オマエってバカ、」
「なんだよ、おまえこそ成績すげー悪かったろ?なんど零点とったか覚えてんの?」
あ、言い返してくれた。
ホッと心臓ゆるまれて、唇ふっと上がった。
「ソーレはなー、おまえが知る中学までだ、」
「え?なにそれ、」
「おまえがトーキョー行っちまってからなあ、俺は高校時代そりゃー上ゲだったなー」
これは本当のこと、だって一番の遊び相手が消えたから。
なにより「最終学歴」だから精一杯したかった、そんな過去に一番の相手が溜息ついた。
「へえ…そんなの初耳なんだけど?」
「そりゃーそーさ?俺も喋ってねーもん、」
「隠し事みたいで寂しい…なんかショック、俺、」
哀しそうな声ため息こぼす、伏せた睫から翳がふる。
こういう貌するから囚われるのだろう?あらためての呆れに言ってやった。
「おまえも俺にカクシゴトいっぱいだったんじゃねーの?」
だから君、5時間前あんな貌をしていた。
それでも間に合った安堵の真中、きれいな眼は困ったよう微笑んだ。
「…うん、そうだね、」
素直に認めて肯いて、澄んだ瞳すこし逸らしたがる。
こんなふう嘘が吐けないくせに?親しい呆れに笑った。
「どーだ?俺が寂しかったって、ちっとはわかったろー」
「うん…ごめん、」
また素直に肯いて長身の頭さげてくれる。
ゆれる髪きらきら朝陽が梳いて、あらわれた天使の輪に笑いかけた。
「ごめん言うならさー?ケットウを受けてもらおーかい、」
「けっとう?」
どういう意味?そんなトーン見つめてくれる。
こういう無邪気な仕草そのままで、あいかわらずな幼馴染の腕つかんで笑った。
「暴露大会の決闘するかーってコト、今日から三日みっちりなー?」
こんな誘い、乗ってくれるでろうか?
もし乗ってくれるなら多分、きっと写真の貌のまま生きられる。
そういう時間が必要なこともあると、どうか気づいて、そして笑ってほしい。
「三日…」
切長い瞳かすかに伏せられる、ほら?考え込む。
長い睫かたどる陰翳はきれいだ、こういう貌を褒められてきたのだろう。
そして、こういうところが弱点だ。
だから壊してやればいい。
「なーんだーたった三日も俺にはくれてやれんてー?」
爆弾ひとつ投げる、こんな言い方は狡いだろう。
それでも今は遣いたい、願い唇にやり笑った。
「一年ぶりだろーが俺ら?一年を三日に換算してやろーってんだぞー120倍速オオバンブルマイに文句あんのかー?」
この一年、どうして会わなかったのだろう?
取り戻したい時間の想いに、ため息ひとつ幼馴染が笑った。
「でもラインとか電話ではよく話してたよね、それでも一年三日?」
「それくらい価値ある思わん?こーやって会って話すのはさー」
ぽん、肩に腕をまわして背を敲く。
こんなふう幼い日も並んで座った、その記憶ごと微笑んだ。
「おまえ、あいかわらず体温低いなー寒くねえか?」
「うん…おまえは温かいね、あいかわらず、」
笑ってくれる頬に朝陽きらめく、白皙ほのぼの朱が染める。
この頬と頬くっつき合わせた時間があった、ただ懐かしい想い笑った。
「俺はさ、暑いからオマエで涼んでるわけだろーおまえは俺で暖とってさーソレでイイんじゃね?」
「いいけど、この年齢でやるのもどうかなあ?もうオッサンだよ、」
すこし呆れたトーンで君が笑う、その声の底が明るい。
このまま懐かしい時間へ弾けられたらいい、願いごと今を笑った。
「さっき船に乗せてやるって言ったけどさ、俺の船に乗せてやるからなー自分の船を持ったんだ俺、」
「えっ、すごい!」
即答すぐ称賛すなおに見つめてくれる。
変わらない澄んだ眼ざしに、素直な自慢ごと笑った。
「すごいだろー?」
「うんっすごいすごい!いつ?」
尋ねてくれる瞳きらきら光る、こんな無邪気でどうして生きてこれたのだろう?
不思議と不安のはざま、それでも今この先へただ笑った。
「やーっと一年ってとこ、」
「すごい…それも言ってくれなかったよね、」
「ホントに俺の船って言えるまでさー言えんだろー」
だから一年、会いに行けなかった。
ただ働いて金稼いで、そんな日々に会えなかった自分は自己中心だったかもしれない?
そんな後悔ただ殴られた5時間前の貌きっと忘れられない、それでも今、幼馴染の眼は明るく笑った。
「あ、ローン払い終わったとか?」
「あたりー」
笑って応えて、目の前の瞳すこし伏せられる。
また考え込んでしまう、あいかわらず難儀な友だちの腕つかんだ。
「じゃーとりあえず俺んち帰るかー」
「え?」
どうして?そんな眼ざしが途惑う、揺れてゆく。
だからこそ離せない腕つかんで、唇にやり笑いかけた。
「ナニ?なんかあんのかー」
「とりあえずって…このまま町に帰るってこと?」
このまま町に帰る?そう問いかける瞳が途惑っている。
途惑って、けれど底ふかく燈る想いに心いっぱい、ただ笑った。
「いつかとオバケは滅多に見ないって言うだろーが?このまま帰るぞー行こ、」
もう決定事項、そう笑いかけた真中で瞳が途惑う。
いつかの迷子みたいだ、思い出ごと掴んだ腕と立ち上がった。
「帰るぞー、俺たち一緒にさ、」
おまえだけじゃない、そのこと気づいて?
だって一緒だった、幼い時間を一緒に育って今日がある。
転居、親の都合、そんな現実に離されても繋がり続けられたのは自分だけの意志じゃない、君の願いでもあるだろう?
だから今ここに並んで立っている現実に、澄んだ瞳が自分を見た。
「ほんとに迷惑かけるかもしれないんだよ、いいの?」
ほら、君の意志だ?
「メンドクサクなったら漁に出ちまえばいいだろーそれとも山の畑にするかあ、ウチの炭小屋で暮らせんぞ?」
海は広い、そして山は深い。
広く深く世界はある、そのどこかで生きられる。
そんな事実をその体で心で知ってほしい、もう無知のまま傷つけられないために。
だから今こそ一緒に生きよう?願いごと澄んだ瞳ゆっくり瞬いた。
「あのさ…免許証、置いてきちゃったかも、車も運転できないけどいい?」
身分証明が無いのは、ちょっと困るかも?
けれど何でもどうにかなるだろう、腕ひとつ笑った。
「いんじゃね?ウチの畑でなら私有地だから乗れるしさー保険証は財布に入ってんだろ?」
ほら夜が明けた、朝陽が光る。
光が満ちて海、空、はるかな雲きらめく朝が君に降る。
「うん、保険証はある、」
「じゃあ問題ねーじゃん、行こ、」
もう新しい日が昇った、この陽から生きていける。
だからどうか生きてほしい、君、素顔のままで。
撫子:ナデシコ、属名の学名「Dianthus=ゼウスの花」花言葉「無邪気、純愛、貞節、」
赤「燃えるような愛、boldness大胆」白「器用、才能」ピンク「純粋な愛」
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真夜中の太陽が、
文月二十日、向日葵―false riches
暗い昏い、真夜中をすぎてゆく。
ピーっ…
テレビ流れる電信音、鼓膜を突いて拒絶する。
色だけ並んだストライプ画面、いつか眺めた色見本と似ている。
こんなふうテレビにすら拒絶されて、自分の時間どこへ居ればいい?
「…」
かすかなテレビの電子音、それから消えそうな自分の吐息。
それだけの部屋は仄暗い、闇うすい天井に色見本ゆれうごく。
赤、緑、白、黒、どこか他人事みたいな天井の光に、ただスマートフォン開いた。
でも、何のために?
「、あ?」
掌の上、電子音ふるえだす、
掌ゆらす音ふわり画面を明るんで、示された名前つい触れた。
「もしもーし、」
ああ、なんて呑気な声だ?
「もしもーし?そこにいるのは解ってんだぞー観念して出てきなさい、友だちも泣いてるぞー」
ほら呑気な声、こんな真夜中に。
こんなふう不意打ちかましてくれる、つい可笑しくて笑ってしまった。
「なにそれ、刑事モノでも見た?」
「ちょっと見たかなー」
呑気なトーン返してくれる。
もう真夜中を過ぎた、そのくせ長閑な声つい可笑しくて訊いた。
「それで、こんな時間に電話してきたわけ?」
訊きながら見あげた時計、0:20を過ぎている。
こんな深夜に電話する勇気いつも不思議、つい笑った唇ほろ苦く香った。
なんの香?
「おう、それで電話したー、いーから窓開けてみろよ?」
電話の声のんびり誘いかける。
言われた「いーから」に心、まあいいかと思えてカーテン開けた。
「わ…」
声こぼれて光あふれる、満天の月。
満月すこし欠けて、けれど明るい夜に友だちが笑った。
「月すげえだろ、な?」
「うん、…びっくりした、」
すなお応えて光が香る、唇ふれる光に冷たさふれる。
ふれる冷感かすかに辛い苦い、そして甘い。
「なーびっくりだよな?真っ昼間みたいに明るいだろ、」
「うん、夜じゃないみたいだ、」
答えながら言葉なぞる、夜じゃない真夜中に。
3分前まで昏かった視界、けれど今は光あふれる。
「だよなー?夜だ暗いな思ってもさ、ホント明るいってあるのなー俺でもびっくりだ、」
夜だ暗い、でも本当は光あふれている。
そんな言葉そっと頬つたう、熱一滴、皮膚感覚やわらかに清々しい。
かすかに辛い苦い、そして冷たくなって甘い、そのまま唇ふれた雫に友だちが言った。
「そのまま下、ちょっと見てみろよ?おまえんちのマンション前の公園の道なー」
「公園の道?」
訊き返しながらガラス越し見下ろして、灯り一つ点る。
何だろう?見つめた真中、かすかな光ゆれて振られた。
「見えたろーちょっと降りて来いよ、」
呑気な声からり笑って、ガラス越し小さな光きらめく。
街燈あわく照らす道端の影、一台のバイク姿に声が出た。
「え?」
中肉中背どこにでもいるシルエット、けれどガッシリ頼もしい空気。
あの空気よく知っている。
「え、なに?なんでいんの?」
なんで今、あいつここにいるのだろう?
驚いてガラスぱしり掌ついて、そんな彼方に君が笑った。
「ちょっとバイク走らせたくなって来た、後ろ乗っかれよ?」
「ちょっとって、なに、すげえ遠くからだろなにそれ?」
呆れて声が出てしまう、どこが「ちょっと」なんだろう?
それくらい遠く離れて住む友人は、目の前の公園から手を振った。
「おまえが思うほど遠くねえよ、いーからさー観念して出て来なさい!友だちが泣いてるぞーあははっ」
泣いてるぞーなんて、笑って言う台詞?
そんな感想つい可笑しくて、笑いながらカーテン閉めた。
「わかったって、今行くから待って?」
財布ポケットに入れてブルゾン羽織って、家の鍵を持つ。
部屋ぐるり見回して、色見本のテレビばつんと切った。
「なーバイクってマンションの前に停めてて平気?」
ほら呑気な声が急かしてくれる。
可笑しなトーンまたつい笑って、玄関へ歩きだした。
「あんまり長く停めてると警察くるかも、もうじき降りるから待って?」
「うえー警察は困るマジで、可愛がってるバイクなんだぞー」
「じゃあマンションのエントランスに停めて。ロック解除するから、」
答えながらインターフォンからロック解除して、照明スイッチふれた視界に手帳が映る。
あの手帳スケジュール埋もれている。
―そうだ、明日は朝から…今もし出かけたら、
今もし出かけたら、明日の朝一の仕事は?
その義務と責任やわらかに心臓つかみだす、けれど友だちが笑った。
「なーエントランス停めたけど?なーなーおせーよー早く来いよ?」
手帳を見つめて、けれど懐かしい声が呼んでくれる。
今どちらに行くべきだろう?
「…ごめ、俺、明日の朝早いんだけど…」
唇が動く、手帳の義務と責任に操られる。
今このまま出かけたら明日どうなるだろう?けれど扉こつん、響いた。
「だなー俺も早いんだけどよ、まあ、いっか?」
呑気な声が笑ってくれる、そして扉が響く。
こんな真夜中に扉が鳴るなんて?
「…今、扉たたいた?」
「おー叩いてみたけど?」
なんでもない当たり前、そんな呑気が笑ってくれる。
もう電話越しだけじゃない声に、力ふわり抜けた。
「明日も早い人が、今、そこで扉叩いてるわけ?」
「おー、叩いてんよ?」
こんこん、玄関扉が響いて声が笑う。
音に声にもう扉しか見えなくて、玄関ライトだけの部屋から鍵を開けた。
「おーやっと開いた!ヒサシブリー」
呑気な声が笑ってスマートフォン片手、もう一方の手をあげて笑う。
しばらくぶり見た笑顔そのままで、変わらない幼馴染に微笑んだ。
「ひさしぶり…なにやってんの?」
本当に何やっているのだろう、この男は?
こんな「何やっている」も変わらない笑顔は、懐っこい瞳ほそめた。
「なにやってるって、おまえ乗っけてバイク走らせに来たんだけど?」
それで何が悪い?
そんなトーン朗らかに瞳が笑う、昔から変わらない眼。
この眼どれだけ会っていなかったろう?想い迫り上げて、玄関先かくり膝くずれた。
「おっ、どした?」
懐かしい声とんで、腕ごと温もり掴まれる。
支えられる温度ふわり心臓ゆるめて、頬やわらかに熱こぼれた。
「ど、したって…」
応えようと動いた唇、頬から熱こぼれて辛い。
にじみだす視界やわらかな玄関ライト、日焼けした笑顔に抱きとめられた。
「なーんだよ、俺がイイ男になっちゃって腰ぬけた?」
低いくせ明るい声が笑ってくれる、その言葉に心臓やわらかくなる。
この男がこんなこと言うなんて可笑しい、可笑しくて唇に涙にじんだ。
「ははっ…いい男になった、かも?海の男ってかんじ…」
「だろー、潮に焼けまくってカッコイイべ?漁師いいぞー」
低い明るい声のんびり笑って、玄関先からり響く。
この声は海にも響いて笑う、そんな懐かしい故郷に声こぼれた。
「いいな海…俺も帰りたい…」
帰りたい、あの海の町に。
けれどもう帰る家もない、そして待ってくれる家族も。
「…俺の実家どうなってるか知ってて、来たわけ?」
問いかけ素直に声になる、ずっと言えなかった。
それでも今こぼれる想いに、海の男は頷いた。
「近所だかんなー知らんふりもねえだろ、」
「そっか…つつぬけだよね、」
頷き返しながら微笑んで、けれど頬こぼれる熱が痛い。
どうして今さら涙こんなに出る?
「おー泣き虫、変わらんなー」
のんびり低い明るい声が笑ってくれる、懐っこい瞳が微笑む。
変わらない声、眼差し、そして辛い甘い、海の気配かすかに香る。
「そっちだ、て…変わってない、」
「おう、ぜんぜん変わらないってよく言われんぞ、」
海の男が笑って、幼かった時間そのまま笑う。
あれから歳月いくつも超えて、けれど変わらない温もりが頬くるんだ。
「そーゆーおまえのまんまでいいからさ、とりあえず行こ?」
おまえのままでいいからさ、
そんな言葉ゆるやかに心臓ゆるめる、この自分のままでいい?
「…俺のままでいいって、なに?」
この自分のままでいい、本当に?
問いかけ見つめた真中で、懐かしい瞳が笑った。
「ただのオマエのままで俺はいいよってこと、悪かろーが良かろーがどっちでもいいじゃん、」
ただの自分のままでいい、悪くても、良くても。
そんなこと許されるのだろうか?
「悪くても良くても…ってありがと、でも俺、迷惑かけるかもしれないから、」
反論こぼれだす唇ほろ苦い、本当は自分も「いいじゃん」と言いたい。
けれど言えなかった歳月の涯、真夜中の玄関で君が笑った。
「迷惑だったらこんな時間に来ねえよ、ってかさ?俺にまでイイ子ちゃんやるなよなー寂しいだろが?」
いい子にならなくていいと、言ってくれる人はいた。
けれど「こんな時間」に来た人はいない。
『ほんとうにいい人、』
『嫌いな人なんていないですよ、こんなにイイやつですから、』
いい人、いいやつ。
そう呼ばれて沢山の人に囲まれた。
けれど本当に「自分」のところへ来た人は誰もいない、家族すら。
『ほんとにこの子は、いい子なんです、』
悪意なんてない、何気ない褒め言葉。
ただ褒めて自慢していただけ、でも自分には重たい枷になる。
そうして「いい子」だけしか自分にないと、追いつめられるのはいつからだろう?
「あのさ…俺っていい子ちゃんだった?おまえから見ても、」
「そーだなー、ちょっと前までは?おまえもさ、いい子だー言われんの好きだったろ?」
問いかけて応えて、幼馴染の瞳が自分を映す。
まっすぐ見てくれる眼だ、ただ慕わしい想いに低い明るい声が言った。
「おまえって昔からさー見てくれだけでも天使だ言われんだろ?でもさあー誰かをディスったり、エロかったりさ?そのまんまのオマエが俺は、楽なんだよなあ、」
天使、そこからの喩えがそれなんだ?
「ふっ…なにそれ?」
可笑しくて笑ってしまう、だって落差あんまりだろう?
けれど呼吸ひろがる楽になる、きっと「楽なんだよなあ」のせいだ。
「なにもナンもねーだろ、おまえだってムカつくときあるだろーが?男ならエロいの当たり前だろ、それともオマエちげーの?マジにセイジンクンシかよ嘘だろ?」
呑気なトーン疑問たたみこんでくる。
こんなふう笑ってほしかった、でも誰もいないまま「いい子」に閉じこめ繋ぐ。
ずっと誰もいなかった、けれど今、君が笑う。
「まあナンデもいっか?ほら行こ、大事なモンは持ったよな?」
笑ってこの腕つかんでくれる、その掌が大らかに温かい。
温もり体ごとひきあげられて、崩れた膝そっと立ちあがって、かたん、扉をひらいた。
「…」
静寂の廊下、見つめあった瞳が笑ってくれる。
幼馴染そのままの眼にやり笑って、悪戯坊主の声ひそめて笑った。
「…こんな夜中に出歩くとさ、俺たちだけ生きてるカンジしねえか?」
生きている、自分たちだけが今。
「…ん、」
肯いて喉が詰まる、痛くて、けれど嬉しい。
こんなふうに「俺たちだけ」で、誰に何も言われない自由が疼く。
「…世界が眠ってるとき自分だけ起きてるのは、寂しいとか思ったことあるけど…」
ほら想い素直に声になる、こういうの何年ぶりだろう?
ひさしぶり自由になった声に、なつかしい声が微笑んだ。
「それイイな…世界が眠ってるときってイイじゃん、」
「そう…かな?」
あいづち返しながら呼吸ふっと緩む、楽になる。
自分の言葉ただ受けとめられた、その隙間に幼馴染が微笑んだ。
「…そういう起きちゃったときは俺にも声かけろよ?」
「え?」
つい訊き返して、エレベーターの扉ひらく。
乗りこんで二人、並んだ悪戯坊主の瞳そっと笑った。
「…世界が眠ってるとき自分だけ目が覚めてるのってさ、俺は世界征服したぞってカンジしねえか?」
そういう考えもあるんだ?
思った端つい可笑しくて、くすり笑った真中に言われた。
「…だから俺にも声かけろよ、おまえだけ世界を独り占めすんなよ?ガキの頃もゲームで俺は魔王だったろが、」
低い明るい声しずかに笑ってくれる。
その言葉ひそやかに図星さされて、かすかな痛みごと微笑んだ。
「うん…ありがと、」
言わなくていい、でも寄りそってくれる?
『おまえだけ世界を独り』
それが苦しかった、つい15分前までずっと。
けれど海から来てくれた、今もう遠い故郷の匂いが甘い。
そんな眼差し見つめ返した前、エレベーターの扉が開いた。
「あ…涼しい、」
マンションから一歩、頬ふれる風ほとぼり冷ます。
あわい甘い匂い公園から吹く、緑ふくんだ夜に幼馴染が笑った。
「気持ちいいだろー?漁に出るとさ、もっと気持ちいいぞー」
額そよぐ風かすかに甘い、低い明るい声ふれる。
笑ってくれる瞳の向こう月は明るい、こんな夜もあるんだ?
「うん…気持ちいいだろね、」
「きもちいいぞー俺の船に乗せてやるよ、」
朗らかなトーンが真夜中らしくない、明るい月そのまま笑ってくれる。
夜も悪くない、そんなバイクの背ふたり走りだした。
「ちゃんと抱きついとけよ?あぶねえぞ、」
風が切る、ヘルメットかすめライト流れる。
暗い夜、けれど月光る先へ抱きつく背中が温かい。
「…あったかい、」
想い声になる、瞳こぼれて月やわらかに霞む。
頬ふれる温度かすかに辛く苦く甘い、懐かしい香に故郷がにじむ。
―海を運んできてくれたみたいだ、な…
心裡つぶやいて、我ながら気恥ずかしい?
こんなこと思うほど懐かしかった、帰りたかった、それでも帰られなかった故郷の海。
『帰るなんてダメ、あなたの居場所はそこでしょう?』
ほら声が呼ぶ、あれは母の声で、そして沢山の声。
あの声たちに居場所なんて消えてしまった、だって本物じゃない。
『あなたを嫌いな人なんていないでしょう?こんなにいい子、みんなに好かれて居られるなんて贅沢よ、』
違う、そんなの本当の自分じゃない。
母の声に、たくさんの声に、呼ばれていたのは本物じゃない自分。
そうして居場所なんて消えてしまった、元から無かったのかもしれない。
『好かれてお金もらえて、贅沢できて、これで不満ならどこ行っても無理よ?他になにができるの?あなたの居場所でがんばりなさい、』
贅沢、不満、無理、それが価値だと言うのなら?
そんな居場所だから苦しくなった、なにひとつ本音じゃないまま虚しいだけ。
だって自分で選びたい、なによりも、どこよりも、この自分が居たい場所は?
「うみ!見えんぞー」
低い明るい声が笑って、頬ふれる風かすかに辛い甘い。
ヘルメットかすめる風が呼ぶ、香る追憶に月が光った。
「海、」
言葉ひとつ視界にじむ、それでも波光る。
輝く波に月渡らせて、海上ゆく道へバイク駆けた。
「すごい、」
呼吸ごと声が出る、まぶしい。
バイク駆ける道すぐに波、暗い昏い波から海が轟く。
闇轟かせる海の声、辛い甘い煽る風、墨色きらめく月光が奔る。
「月の橋!って!かんじだろー!」
低い明るい声からり風を徹る、抱きつく背中が笑う。
温もり薫る背くゆる匂い、月かける潮に鼓動がはずむ。
「うんっ!すごい!」
「だろー!すげーだろ!」
風に幼馴染が笑う、懐かしい時間のままだ。
帰りたかった、だた想い素直に温もり抱きしめて、月の波はしる。
「すごいっきれーだー!」
声すなおに笑いだす、息ふかく呼吸する。
腕は幼馴染を抱きしめて、けれど心ゆるめられる。
『ただのオマエのままで俺はいいよ、悪かろーが良かろーがどっちでもいいじゃん、』
あの言葉、たぶんずっと欲しかった。
悪くても良くても「ただの自分」でいい、そんなふう受けとめてくれた。
”自分は誰、どうして生きている?”
そんな疑問とらわれ始めたのは、いつが最初だったろう?
気がついたら解らなくなっていた、自分は何のために生きるのだろう?
そんな疑問に囚われて、自分自身すら受けとめられなくて苦しくて、居場所すら解らなくなってしまった。
『あなたの居場所はそこでしょう?あなたなら出来る、がんばって、』
そんなこと言われても「居場所」なんか解らない、だって望んでいないのに?
そんなふう言われても「出来る」なんて解るわけがない、やりたい意志どこに自分の中あるのだろう?
そうして「がんばって」なんて解らなくなった、これより頑張るなんてどうすればいい?呼吸の仕方すら忘れてしまったのに。
けれど君が言った「いいじゃん」が、深く呼吸する。
「なーんでー今日!来てくれた?」
抱きしめる背中に問いかけて、唇かすめる風が甘い。
轟く波くだける香、慕わしい記憶と声が笑った。
「言ったろー!バイク!走らせたかったんだってー!あと、月!」
低い明るい声おおらかに笑ってくれる。
その声きっと言うとおりなのだろう、バイクと月、それだけで来てくれた。
この男には「ただのオマエのまま」でいいから。
『ただのオマエのままで俺はいいよ、悪かろーが良かろーがどっちでもいいじゃん、』
ただの自分のままでいい、悪くても良くても、どっちでもいい。
只ただ生きている「ただの自分」そんな等身大ただ見つめて、丸ごと笑って一緒に走ってくれる。
だから一緒に今、笑って走ればいい。
「バイク!きもちーなー!月もいいっ!」
「いいだろー!きもちーだろ!日の出も気持ちーぞっ」
ほら?願いそのまま笑ってくれる。
その背中は温かで、慕わしい時間ごと掴んで自分を受けとめ笑う。
抱きしめる温かな背中、頬ふれる潮の風、笑ってくれる低い明るい声、そして輝く夜かける月。
「月しずんでさーっ太陽が昇る瞬間!見たいだろーっ?」
「見たいっ!」
笑って応えて、抱きしめる背中が笑ってくれる。
このまま今どこへ行くのだろう?
どこでも良いかもしれない、この温もりと光と、ただ自分そのまま見てくれる眼ざしと。
そうして真夜中を超えて月、陽はまた昇る。
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7月20日誕生花ヒマワリ
文月二十日、向日葵―false riches
暗い昏い、真夜中をすぎてゆく。
ピーっ…
テレビ流れる電信音、鼓膜を突いて拒絶する。
色だけ並んだストライプ画面、いつか眺めた色見本と似ている。
こんなふうテレビにすら拒絶されて、自分の時間どこへ居ればいい?
「…」
かすかなテレビの電子音、それから消えそうな自分の吐息。
それだけの部屋は仄暗い、闇うすい天井に色見本ゆれうごく。
赤、緑、白、黒、どこか他人事みたいな天井の光に、ただスマートフォン開いた。
でも、何のために?
「、あ?」
掌の上、電子音ふるえだす、
掌ゆらす音ふわり画面を明るんで、示された名前つい触れた。
「もしもーし、」
ああ、なんて呑気な声だ?
「もしもーし?そこにいるのは解ってんだぞー観念して出てきなさい、友だちも泣いてるぞー」
ほら呑気な声、こんな真夜中に。
こんなふう不意打ちかましてくれる、つい可笑しくて笑ってしまった。
「なにそれ、刑事モノでも見た?」
「ちょっと見たかなー」
呑気なトーン返してくれる。
もう真夜中を過ぎた、そのくせ長閑な声つい可笑しくて訊いた。
「それで、こんな時間に電話してきたわけ?」
訊きながら見あげた時計、0:20を過ぎている。
こんな深夜に電話する勇気いつも不思議、つい笑った唇ほろ苦く香った。
なんの香?
「おう、それで電話したー、いーから窓開けてみろよ?」
電話の声のんびり誘いかける。
言われた「いーから」に心、まあいいかと思えてカーテン開けた。
「わ…」
声こぼれて光あふれる、満天の月。
満月すこし欠けて、けれど明るい夜に友だちが笑った。
「月すげえだろ、な?」
「うん、…びっくりした、」
すなお応えて光が香る、唇ふれる光に冷たさふれる。
ふれる冷感かすかに辛い苦い、そして甘い。
「なーびっくりだよな?真っ昼間みたいに明るいだろ、」
「うん、夜じゃないみたいだ、」
答えながら言葉なぞる、夜じゃない真夜中に。
3分前まで昏かった視界、けれど今は光あふれる。
「だよなー?夜だ暗いな思ってもさ、ホント明るいってあるのなー俺でもびっくりだ、」
夜だ暗い、でも本当は光あふれている。
そんな言葉そっと頬つたう、熱一滴、皮膚感覚やわらかに清々しい。
かすかに辛い苦い、そして冷たくなって甘い、そのまま唇ふれた雫に友だちが言った。
「そのまま下、ちょっと見てみろよ?おまえんちのマンション前の公園の道なー」
「公園の道?」
訊き返しながらガラス越し見下ろして、灯り一つ点る。
何だろう?見つめた真中、かすかな光ゆれて振られた。
「見えたろーちょっと降りて来いよ、」
呑気な声からり笑って、ガラス越し小さな光きらめく。
街燈あわく照らす道端の影、一台のバイク姿に声が出た。
「え?」
中肉中背どこにでもいるシルエット、けれどガッシリ頼もしい空気。
あの空気よく知っている。
「え、なに?なんでいんの?」
なんで今、あいつここにいるのだろう?
驚いてガラスぱしり掌ついて、そんな彼方に君が笑った。
「ちょっとバイク走らせたくなって来た、後ろ乗っかれよ?」
「ちょっとって、なに、すげえ遠くからだろなにそれ?」
呆れて声が出てしまう、どこが「ちょっと」なんだろう?
それくらい遠く離れて住む友人は、目の前の公園から手を振った。
「おまえが思うほど遠くねえよ、いーからさー観念して出て来なさい!友だちが泣いてるぞーあははっ」
泣いてるぞーなんて、笑って言う台詞?
そんな感想つい可笑しくて、笑いながらカーテン閉めた。
「わかったって、今行くから待って?」
財布ポケットに入れてブルゾン羽織って、家の鍵を持つ。
部屋ぐるり見回して、色見本のテレビばつんと切った。
「なーバイクってマンションの前に停めてて平気?」
ほら呑気な声が急かしてくれる。
可笑しなトーンまたつい笑って、玄関へ歩きだした。
「あんまり長く停めてると警察くるかも、もうじき降りるから待って?」
「うえー警察は困るマジで、可愛がってるバイクなんだぞー」
「じゃあマンションのエントランスに停めて。ロック解除するから、」
答えながらインターフォンからロック解除して、照明スイッチふれた視界に手帳が映る。
あの手帳スケジュール埋もれている。
―そうだ、明日は朝から…今もし出かけたら、
今もし出かけたら、明日の朝一の仕事は?
その義務と責任やわらかに心臓つかみだす、けれど友だちが笑った。
「なーエントランス停めたけど?なーなーおせーよー早く来いよ?」
手帳を見つめて、けれど懐かしい声が呼んでくれる。
今どちらに行くべきだろう?
「…ごめ、俺、明日の朝早いんだけど…」
唇が動く、手帳の義務と責任に操られる。
今このまま出かけたら明日どうなるだろう?けれど扉こつん、響いた。
「だなー俺も早いんだけどよ、まあ、いっか?」
呑気な声が笑ってくれる、そして扉が響く。
こんな真夜中に扉が鳴るなんて?
「…今、扉たたいた?」
「おー叩いてみたけど?」
なんでもない当たり前、そんな呑気が笑ってくれる。
もう電話越しだけじゃない声に、力ふわり抜けた。
「明日も早い人が、今、そこで扉叩いてるわけ?」
「おー、叩いてんよ?」
こんこん、玄関扉が響いて声が笑う。
音に声にもう扉しか見えなくて、玄関ライトだけの部屋から鍵を開けた。
「おーやっと開いた!ヒサシブリー」
呑気な声が笑ってスマートフォン片手、もう一方の手をあげて笑う。
しばらくぶり見た笑顔そのままで、変わらない幼馴染に微笑んだ。
「ひさしぶり…なにやってんの?」
本当に何やっているのだろう、この男は?
こんな「何やっている」も変わらない笑顔は、懐っこい瞳ほそめた。
「なにやってるって、おまえ乗っけてバイク走らせに来たんだけど?」
それで何が悪い?
そんなトーン朗らかに瞳が笑う、昔から変わらない眼。
この眼どれだけ会っていなかったろう?想い迫り上げて、玄関先かくり膝くずれた。
「おっ、どした?」
懐かしい声とんで、腕ごと温もり掴まれる。
支えられる温度ふわり心臓ゆるめて、頬やわらかに熱こぼれた。
「ど、したって…」
応えようと動いた唇、頬から熱こぼれて辛い。
にじみだす視界やわらかな玄関ライト、日焼けした笑顔に抱きとめられた。
「なーんだよ、俺がイイ男になっちゃって腰ぬけた?」
低いくせ明るい声が笑ってくれる、その言葉に心臓やわらかくなる。
この男がこんなこと言うなんて可笑しい、可笑しくて唇に涙にじんだ。
「ははっ…いい男になった、かも?海の男ってかんじ…」
「だろー、潮に焼けまくってカッコイイべ?漁師いいぞー」
低い明るい声のんびり笑って、玄関先からり響く。
この声は海にも響いて笑う、そんな懐かしい故郷に声こぼれた。
「いいな海…俺も帰りたい…」
帰りたい、あの海の町に。
けれどもう帰る家もない、そして待ってくれる家族も。
「…俺の実家どうなってるか知ってて、来たわけ?」
問いかけ素直に声になる、ずっと言えなかった。
それでも今こぼれる想いに、海の男は頷いた。
「近所だかんなー知らんふりもねえだろ、」
「そっか…つつぬけだよね、」
頷き返しながら微笑んで、けれど頬こぼれる熱が痛い。
どうして今さら涙こんなに出る?
「おー泣き虫、変わらんなー」
のんびり低い明るい声が笑ってくれる、懐っこい瞳が微笑む。
変わらない声、眼差し、そして辛い甘い、海の気配かすかに香る。
「そっちだ、て…変わってない、」
「おう、ぜんぜん変わらないってよく言われんぞ、」
海の男が笑って、幼かった時間そのまま笑う。
あれから歳月いくつも超えて、けれど変わらない温もりが頬くるんだ。
「そーゆーおまえのまんまでいいからさ、とりあえず行こ?」
おまえのままでいいからさ、
そんな言葉ゆるやかに心臓ゆるめる、この自分のままでいい?
「…俺のままでいいって、なに?」
この自分のままでいい、本当に?
問いかけ見つめた真中で、懐かしい瞳が笑った。
「ただのオマエのままで俺はいいよってこと、悪かろーが良かろーがどっちでもいいじゃん、」
ただの自分のままでいい、悪くても、良くても。
そんなこと許されるのだろうか?
「悪くても良くても…ってありがと、でも俺、迷惑かけるかもしれないから、」
反論こぼれだす唇ほろ苦い、本当は自分も「いいじゃん」と言いたい。
けれど言えなかった歳月の涯、真夜中の玄関で君が笑った。
「迷惑だったらこんな時間に来ねえよ、ってかさ?俺にまでイイ子ちゃんやるなよなー寂しいだろが?」
いい子にならなくていいと、言ってくれる人はいた。
けれど「こんな時間」に来た人はいない。
『ほんとうにいい人、』
『嫌いな人なんていないですよ、こんなにイイやつですから、』
いい人、いいやつ。
そう呼ばれて沢山の人に囲まれた。
けれど本当に「自分」のところへ来た人は誰もいない、家族すら。
『ほんとにこの子は、いい子なんです、』
悪意なんてない、何気ない褒め言葉。
ただ褒めて自慢していただけ、でも自分には重たい枷になる。
そうして「いい子」だけしか自分にないと、追いつめられるのはいつからだろう?
「あのさ…俺っていい子ちゃんだった?おまえから見ても、」
「そーだなー、ちょっと前までは?おまえもさ、いい子だー言われんの好きだったろ?」
問いかけて応えて、幼馴染の瞳が自分を映す。
まっすぐ見てくれる眼だ、ただ慕わしい想いに低い明るい声が言った。
「おまえって昔からさー見てくれだけでも天使だ言われんだろ?でもさあー誰かをディスったり、エロかったりさ?そのまんまのオマエが俺は、楽なんだよなあ、」
天使、そこからの喩えがそれなんだ?
「ふっ…なにそれ?」
可笑しくて笑ってしまう、だって落差あんまりだろう?
けれど呼吸ひろがる楽になる、きっと「楽なんだよなあ」のせいだ。
「なにもナンもねーだろ、おまえだってムカつくときあるだろーが?男ならエロいの当たり前だろ、それともオマエちげーの?マジにセイジンクンシかよ嘘だろ?」
呑気なトーン疑問たたみこんでくる。
こんなふう笑ってほしかった、でも誰もいないまま「いい子」に閉じこめ繋ぐ。
ずっと誰もいなかった、けれど今、君が笑う。
「まあナンデもいっか?ほら行こ、大事なモンは持ったよな?」
笑ってこの腕つかんでくれる、その掌が大らかに温かい。
温もり体ごとひきあげられて、崩れた膝そっと立ちあがって、かたん、扉をひらいた。
「…」
静寂の廊下、見つめあった瞳が笑ってくれる。
幼馴染そのままの眼にやり笑って、悪戯坊主の声ひそめて笑った。
「…こんな夜中に出歩くとさ、俺たちだけ生きてるカンジしねえか?」
生きている、自分たちだけが今。
「…ん、」
肯いて喉が詰まる、痛くて、けれど嬉しい。
こんなふうに「俺たちだけ」で、誰に何も言われない自由が疼く。
「…世界が眠ってるとき自分だけ起きてるのは、寂しいとか思ったことあるけど…」
ほら想い素直に声になる、こういうの何年ぶりだろう?
ひさしぶり自由になった声に、なつかしい声が微笑んだ。
「それイイな…世界が眠ってるときってイイじゃん、」
「そう…かな?」
あいづち返しながら呼吸ふっと緩む、楽になる。
自分の言葉ただ受けとめられた、その隙間に幼馴染が微笑んだ。
「…そういう起きちゃったときは俺にも声かけろよ?」
「え?」
つい訊き返して、エレベーターの扉ひらく。
乗りこんで二人、並んだ悪戯坊主の瞳そっと笑った。
「…世界が眠ってるとき自分だけ目が覚めてるのってさ、俺は世界征服したぞってカンジしねえか?」
そういう考えもあるんだ?
思った端つい可笑しくて、くすり笑った真中に言われた。
「…だから俺にも声かけろよ、おまえだけ世界を独り占めすんなよ?ガキの頃もゲームで俺は魔王だったろが、」
低い明るい声しずかに笑ってくれる。
その言葉ひそやかに図星さされて、かすかな痛みごと微笑んだ。
「うん…ありがと、」
言わなくていい、でも寄りそってくれる?
『おまえだけ世界を独り』
それが苦しかった、つい15分前までずっと。
けれど海から来てくれた、今もう遠い故郷の匂いが甘い。
そんな眼差し見つめ返した前、エレベーターの扉が開いた。
「あ…涼しい、」
マンションから一歩、頬ふれる風ほとぼり冷ます。
あわい甘い匂い公園から吹く、緑ふくんだ夜に幼馴染が笑った。
「気持ちいいだろー?漁に出るとさ、もっと気持ちいいぞー」
額そよぐ風かすかに甘い、低い明るい声ふれる。
笑ってくれる瞳の向こう月は明るい、こんな夜もあるんだ?
「うん…気持ちいいだろね、」
「きもちいいぞー俺の船に乗せてやるよ、」
朗らかなトーンが真夜中らしくない、明るい月そのまま笑ってくれる。
夜も悪くない、そんなバイクの背ふたり走りだした。
「ちゃんと抱きついとけよ?あぶねえぞ、」
風が切る、ヘルメットかすめライト流れる。
暗い夜、けれど月光る先へ抱きつく背中が温かい。
「…あったかい、」
想い声になる、瞳こぼれて月やわらかに霞む。
頬ふれる温度かすかに辛く苦く甘い、懐かしい香に故郷がにじむ。
―海を運んできてくれたみたいだ、な…
心裡つぶやいて、我ながら気恥ずかしい?
こんなこと思うほど懐かしかった、帰りたかった、それでも帰られなかった故郷の海。
『帰るなんてダメ、あなたの居場所はそこでしょう?』
ほら声が呼ぶ、あれは母の声で、そして沢山の声。
あの声たちに居場所なんて消えてしまった、だって本物じゃない。
『あなたを嫌いな人なんていないでしょう?こんなにいい子、みんなに好かれて居られるなんて贅沢よ、』
違う、そんなの本当の自分じゃない。
母の声に、たくさんの声に、呼ばれていたのは本物じゃない自分。
そうして居場所なんて消えてしまった、元から無かったのかもしれない。
『好かれてお金もらえて、贅沢できて、これで不満ならどこ行っても無理よ?他になにができるの?あなたの居場所でがんばりなさい、』
贅沢、不満、無理、それが価値だと言うのなら?
そんな居場所だから苦しくなった、なにひとつ本音じゃないまま虚しいだけ。
だって自分で選びたい、なによりも、どこよりも、この自分が居たい場所は?
「うみ!見えんぞー」
低い明るい声が笑って、頬ふれる風かすかに辛い甘い。
ヘルメットかすめる風が呼ぶ、香る追憶に月が光った。
「海、」
言葉ひとつ視界にじむ、それでも波光る。
輝く波に月渡らせて、海上ゆく道へバイク駆けた。
「すごい、」
呼吸ごと声が出る、まぶしい。
バイク駆ける道すぐに波、暗い昏い波から海が轟く。
闇轟かせる海の声、辛い甘い煽る風、墨色きらめく月光が奔る。
「月の橋!って!かんじだろー!」
低い明るい声からり風を徹る、抱きつく背中が笑う。
温もり薫る背くゆる匂い、月かける潮に鼓動がはずむ。
「うんっ!すごい!」
「だろー!すげーだろ!」
風に幼馴染が笑う、懐かしい時間のままだ。
帰りたかった、だた想い素直に温もり抱きしめて、月の波はしる。
「すごいっきれーだー!」
声すなおに笑いだす、息ふかく呼吸する。
腕は幼馴染を抱きしめて、けれど心ゆるめられる。
『ただのオマエのままで俺はいいよ、悪かろーが良かろーがどっちでもいいじゃん、』
あの言葉、たぶんずっと欲しかった。
悪くても良くても「ただの自分」でいい、そんなふう受けとめてくれた。
”自分は誰、どうして生きている?”
そんな疑問とらわれ始めたのは、いつが最初だったろう?
気がついたら解らなくなっていた、自分は何のために生きるのだろう?
そんな疑問に囚われて、自分自身すら受けとめられなくて苦しくて、居場所すら解らなくなってしまった。
『あなたの居場所はそこでしょう?あなたなら出来る、がんばって、』
そんなこと言われても「居場所」なんか解らない、だって望んでいないのに?
そんなふう言われても「出来る」なんて解るわけがない、やりたい意志どこに自分の中あるのだろう?
そうして「がんばって」なんて解らなくなった、これより頑張るなんてどうすればいい?呼吸の仕方すら忘れてしまったのに。
けれど君が言った「いいじゃん」が、深く呼吸する。
「なーんでー今日!来てくれた?」
抱きしめる背中に問いかけて、唇かすめる風が甘い。
轟く波くだける香、慕わしい記憶と声が笑った。
「言ったろー!バイク!走らせたかったんだってー!あと、月!」
低い明るい声おおらかに笑ってくれる。
その声きっと言うとおりなのだろう、バイクと月、それだけで来てくれた。
この男には「ただのオマエのまま」でいいから。
『ただのオマエのままで俺はいいよ、悪かろーが良かろーがどっちでもいいじゃん、』
ただの自分のままでいい、悪くても良くても、どっちでもいい。
只ただ生きている「ただの自分」そんな等身大ただ見つめて、丸ごと笑って一緒に走ってくれる。
だから一緒に今、笑って走ればいい。
「バイク!きもちーなー!月もいいっ!」
「いいだろー!きもちーだろ!日の出も気持ちーぞっ」
ほら?願いそのまま笑ってくれる。
その背中は温かで、慕わしい時間ごと掴んで自分を受けとめ笑う。
抱きしめる温かな背中、頬ふれる潮の風、笑ってくれる低い明るい声、そして輝く夜かける月。
「月しずんでさーっ太陽が昇る瞬間!見たいだろーっ?」
「見たいっ!」
笑って応えて、抱きしめる背中が笑ってくれる。
このまま今どこへ行くのだろう?
どこでも良いかもしれない、この温もりと光と、ただ自分そのまま見てくれる眼ざしと。
そうして真夜中を超えて月、陽はまた昇る。
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