今一番欲しいものは、ブブゼラです・・・ウソです。
本当に一番欲しいものは、片手で扱える小さなマニ車です。
今日も暑いですね、どちら様も、お体お大切に。
ということで、おはよ。
昨日夏休みに入っていると思われる福岡在住の長男に帰省の予定を尋ねたら、今年のお盆は帰らないでしょう、と電話が来ました。
どうやらあたしのブログを見て、10日からあたしがいないということを察知していたらしい。
オマエはこれを見ているのだね。
彼の目から、父がどう映っているのか?
なにやらうれしはずかしのPであります。
(以下、息子へ)
オマエが一人で生活を始めた時から(そして、それを決めた時から)、あたしはオマエを成人者として扱うことを決めました。
オマエはオマエの道を行くがよろしい。
そして、父は父のそのままをここに披露していこうと思います。
オマエの存在は何だ?
意思を示せ!
アホな父が常に己に問いかけている言葉を、そのままお前に送ろう。
ジイチャンもバアチャンも元気ですよ。
でも、たまには電話してあげてください。
きっと喜びます。(老い先が短いと思われますので)
よろしくね。
(以上、息子へ 業務連絡)
今朝、荒井さんからメールが来ました。
久しく会っていない荒井さん。
「今日15時、横浜晴海ふ頭から出航します。ピースボートで、世界一周してきます。」
・・・
また、行方不明になる荒井さんでした。
お陰さまでというのかなんというのか、あたしの周りにはこういう方がたくさんおられます。
そして、そんな方々に触発されて、あたしはまっとうな生き方を学んでいる気がします。
「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」(閑吟集)
(大意…… 何になるだろう、まじめくさってみたところで。どうせ、一生は夢だ。ただ、狂えばいい。)
刹那的な言い方を反語とした強烈な生の賛歌のこの言葉が、フト浮かぶのでした。
俗世界に神出鬼没の荒井さん。
荒井さんが大好きだというハスの花が、メールの向こうに見えました。
(右から二人目が荒井さん・・・3年前・・・)
本当に一番欲しいものは、片手で扱える小さなマニ車です。
今日も暑いですね、どちら様も、お体お大切に。
ということで、おはよ。
昨日夏休みに入っていると思われる福岡在住の長男に帰省の予定を尋ねたら、今年のお盆は帰らないでしょう、と電話が来ました。
どうやらあたしのブログを見て、10日からあたしがいないということを察知していたらしい。
オマエはこれを見ているのだね。
彼の目から、父がどう映っているのか?
なにやらうれしはずかしのPであります。
(以下、息子へ)
オマエが一人で生活を始めた時から(そして、それを決めた時から)、あたしはオマエを成人者として扱うことを決めました。
オマエはオマエの道を行くがよろしい。
そして、父は父のそのままをここに披露していこうと思います。
オマエの存在は何だ?
意思を示せ!
アホな父が常に己に問いかけている言葉を、そのままお前に送ろう。
ジイチャンもバアチャンも元気ですよ。
でも、たまには電話してあげてください。
きっと喜びます。(老い先が短いと思われますので)
よろしくね。
(以上、息子へ 業務連絡)
今朝、荒井さんからメールが来ました。
久しく会っていない荒井さん。
「今日15時、横浜晴海ふ頭から出航します。ピースボートで、世界一周してきます。」
・・・
また、行方不明になる荒井さんでした。
お陰さまでというのかなんというのか、あたしの周りにはこういう方がたくさんおられます。
そして、そんな方々に触発されて、あたしはまっとうな生き方を学んでいる気がします。
「何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ」(閑吟集)
(大意…… 何になるだろう、まじめくさってみたところで。どうせ、一生は夢だ。ただ、狂えばいい。)
刹那的な言い方を反語とした強烈な生の賛歌のこの言葉が、フト浮かぶのでした。
俗世界に神出鬼没の荒井さん。
荒井さんが大好きだというハスの花が、メールの向こうに見えました。
(右から二人目が荒井さん・・・3年前・・・)