今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 美衣美食して助平のかぎりを尽すのは亡国の兆である。ローマはそれで亡びた。男女は寝そべって芝居を
見ながら淫楽にふけった。食べては吐き吐いては食べて一回でも多くうまいものを味わおうとした。中国の
『酒池肉林』のことは以前紹介した。
けれどもこれらはみな王侯貴族がしたことで、のちにブルジョワがまねしたことである。したがって大衆
とは無縁で、大衆はいつも貧しかったから百年ごとに怒って王たちを亡ぼした。大衆の指揮者は常に正義に
よって不正を亡ぼしたが、亡ぼすや否や王侯のまねしたから次なる指揮者が再び三たび亡ぼした。
それ千乗の王を倒すのは百乗の臣、百乗の主人を倒すのは十乗の家来だという。一天万乗の君というから
一乗は兵車の単位だと分る。正義によるというが嫉妬によるということだと分る。それがこれまでの歴史で、
世間はこの繰返しによって無事だったのである。
ところが今回は違う。一億総おしゃれ総グルメ総助平になって更になりたいもののごとくである。有史以
来ないことで、これを倒すものがあらわれる見込みがない。それなら亡びるなら全員まるごとではないかと
案じられるのである。」
(山本夏彦著「世はいかさま」新潮社刊 所収)