「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

隣組の正義 2006・03・14

2006-03-14 06:30:00 | Weblog

 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)と山本七平さん(1921-1991)の対談集から。


 「夏彦 人間はおカネより正義を欲するんです。『何よりも正義を愛す』。そして実はこのほうが始末が悪いんです。

  七平 正義を欲すること今の新聞なんて代表的ですね。

  夏彦 反核アピールの署名運動なんかもそうですね。あれ、『正義』じゃないですか。

  七平 正義です。

  夏彦 反核アピールに署名しろ――あれ困りました。

    僕の読者から手紙でね、そのひとちゃんとしたひとなのに、あなたに署名してもらうアピールを送らなかった、

    申し訳ない、遅ればせながら送るといって、署名したひとの名前のコピーまで送ってくれたんです。

  七平 ほう。

  夏彦 そして署名してくれるものとばかり期待しているのですから、読者というものは多ければ多いほどありがた

    いっていうわけにもいかないんです(笑)。

     そのころ新聞に投書が出ましてね、五百人に送ったら、三百人が署名し、二百人が署名しなかったそうです。

    その名を発表してはどうかと書いてありました。

     これ昔の隣組ですよ。ほら戦争中、申しぶんのないことばかり言うひとが隣組にいたでしょう。靖国神社の

    前を通ったらお辞儀しましょう、なんて。

  七平 うん、いたいた。

  夏彦 あれ、抵抗できませんからね。抵抗したらうしろへ手が回りますからね。

  七平 国に命を捧げたひとへの礼を拒否するとは何ごとだ、まさに隣組の正義ですね。今も同じだな。

  夏彦 いま反核アピールに署名せよというひとは、むかしの隣組を最も非難するひとです。僕はあの隣組長と彼ら

     が同じに見えます。

  七平 フフフフ。

  夏彦 どうしてちゃんとしたひとが、ああいうことをするんでしょうね。不思議でしょうがない。

  七平 私も不思議ですね。

  夏彦 魔がさすのかしら(笑)。

  七平 反核声明なら自分で声明文書いて、自分で署名すればいいと思うんです。それならみんな内容が違うと思う

    んです。

    自分で書いて自分で署名すればいいんで、ひとの書いたものに署名するってのはおかしいですよ。

  夏彦 一々おっしゃる通りですな。しかし文士たちが、なぜその程度のことを言わないんでしょうね。

  七平 言えない空気なんですな。」


   (山本夏彦山本七平著「意地悪は死なず」中公文庫 所収)





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