今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 安部譲二の『塀の中の懲りない面々』が三十万部を越えたころ、私は全部税金だと思え、伊丹十三の
映画『お葬式』の例を見よと言ったが安部は信じなかった。
伊丹十三は『お葬式』で二億円儲けたが、税に約一億八千万円奪われたという。実に九割である。安
部もいずれは九割奪われるだろうから、今からその覚悟と用意をしておくがいいと言ったがむろん承知
しなかった。
承知しないのはもっともである。一割か二割が税金なら分るが九割近いとは言語を絶すると安部は憤
激するが、世間は同情しない。どうせアブク銭である、九割とられるとはいい気味だ、一割の二千万だ
って大金だ。それなら伊丹十三の場合もそうか、松下幸之助の場合もそうか。
持てるものから奪うのは正義だというが、何、ただのやきもちにすぎない。福沢諭吉は最もいやしむ
べきは人をねたむことだと言った。だから嫉妬は常に正義のふりしてあらわれる。
伊丹監督は『マルサの女』でわが税制を難じようとしたらしいが、結果は反対になった。脱税しよう
としても『マル査』にはかなわないと思えという印象を与えて映画は終った。事は志とちがったのであ
る。脱税するのは悪い奴ではない、九割とるほうが悪い奴だというテーマは、持たないものには喜ばれ
ない。安部だって一文なしのころはどうせアブク銭だ、とられていい気味だと思っただろう。今は思わ
ない。」
(山本夏彦著「世はいかさま」新潮社刊 所収)
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