今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「 私有財産は盗みだと言い放ったのはプルードンだったと覚えている。簡にして要を得て貧乏人には
好都合な発言だからすぐ信じられた。金持は悪玉で貧乏人は善玉になった。相続税を奪って三代目に
は一文なしにするのはイイ気味だと思うのは嫉妬である。嫉妬は常に正義に変装してあらわれる。
自分は年金だけで暮している貧乏人だと言うものがあるが、戦前は年金も健康保険もなかった。人
は何千年来貧しかったから、貧乏がなくなったと言われると不服なのである。けれどもルワンダやザ
イールの飢えはわが国には全くなかった。飢えがなくなれば革命はおこらない。おこしたくてもおこ
せない。
大昔はひと握りの王侯貴族とその取巻が暖衣飽食して助平のかぎりをつくした。大衆は食うや食わ
ずだった。だから百年に一度二百年に一度革命をおこした。正義は革命党にあったから、王侯を殺し
て革命家たちの天下になったら善政をしくかと思うと、五年もたたないうちに同志を粛清して暖衣飽
食して助平のかぎりをつくすこと前の王朝の如くだった。大衆は食うや食わずであることも旧の如く
だった。
かくて百年に一度二百年に一度革命や戦争を繰返して何千年来人類は健康を保ってきた。健康とい
うものはイヤなものだ。」
(山本夏彦著「寄せては返す波の音」新潮社刊 所収)