今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「百円が惜しいのではない。その(赤い羽根の)金の使い道が不明朗だからというのは理屈である。そんな理屈を考えつくのはケチだからである。ケチは必ず正当化を試みる。またこんなところで意地をはるのは本当の意地ではない。肩ひじはって一日を送るとその肩ひじはこる。オリジナルな人はかくの如きでは争わない。争うべきところはほかにある。たった一日のことだから出したくないのだろうが、たった一日のことだから出すのである。
私は二十なん年千円を投じている。虎ノ門界隈はむかし私の子供が卒業した女子高校の領地である。銀座はどの学校、新橋はどの学校と縄ばりがきまっているらしい。私は子供の縁で投じるので、オリジナリテとは関係がない。ついでながらこの世は縁から成ると私は思っている。そのために私は手の切れるような千円札を用意している。以前も今も千円くれる人は多くないとみえ、喜ぶこと旧に変らないから物価があがってもスライドしない。喜ぶ顔を見るのは楽しみである。
〔Ⅴ『赤い羽根四十年』昭62・10・15〕」
(山本夏彦著「ひとことで言う‐山本夏彦箴言集」新潮社刊 所収)