今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「見合写真にも流行がある、写真師はもう一寸斜めになって、心持ちほほえんで以下無数の注文をつけるから写真はすべて『やらせ』である。ホテルオークラをはじめ一流ホテルの写真部には有賀写真館や江木写真館の弟子たちがまだいるはずである。素人だってカメラを構えれば注文をつける、意識するなと言われても、意識しないわけにはいかない。いくらかでも実物よりよくとられようとする、欠点をかくそうとする、写真師なら心得て髪が薄いのは濃くする、鼻筋は通す。
いっぽうカメラマンは芸術家だから性格を写そうとしてまざまざと当人が欠点だと思っているところをうつす。このごろ『やらせ』を非難するがこの世にやらせでない写真はない、政治的なものはことにそうだと言うつもりで、言うまでもないと気がついてやめた。
〔Ⅸ「『やらせ』でない写真はない」平9・2・20〕」
(山本夏彦著「ひとことで言う‐山本夏彦箴言集」新潮社刊 所収)