
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「戦前の新聞はルビつきだった。漢字に一々ルビを振るのは、時間的に経済的に負担だったから、新聞社はなが年これを廃止したがっていた。子供が近眼になるのはこのせいだと廃止したが、戦後子供の近眼はふえるばかりで、ルビのせいでないことがわかった。
けれどもこのルビのおかげで新聞は難しい漢字が使えたのである。読者もこれをたよりに読めたのである。ルビは小なりとはいえ文化的に重大な意味があったのである。これを廃したから読めなくなったのである。新聞は読めるようにするより、漢字を少くする方に味方した。国のすることなら何でも反対する新聞が、当用漢字には一議に及ばず賛成したのはこのためである。
何度も言って恐縮だが、これだけは言わしてもらう。新聞は区々たる己が利益のために、一国の言語を売ったのである。一国の言語を売ったのである。
〔Ⅱ『読まない情報が減るんだとさ』昭56・8・6〕」
(山本夏彦著「ひとことで言う‐山本夏彦箴言集」新潮社刊 所収)
