今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「人生は些事(さじ)から成ると思うのは、私が些事を通してしか大事に到達できないたちだからである。(略)
たとえば私は新左翼の内ゲバの記事を発見すると、殺された男の年齢を見る。何某(三七)とこのごろはたいてい三十代後半である。勤務先を見ると多く神奈川県下の地方公務員である。武器爆弾はたいてい自宅のアパートで製造している。マンションではない。
これによって過激派は以前二十代だったのが、そのまま老いて三十代後半になったのだなと分る。近く四十代になろう。特定の市役所の職員が多いのはそこに仲間がいて就職の手引をしているものと察しられる。
木造アパートで爆発物をつくってよく露見しないものだと感心する。隣人の評判はよかったと聞いて新左翼も世なれたのかと思ったりする。些事からこれだけのことが想像できるのである。
〔Ⅲ『人生は些事から成る』昭60・4・25〕」
(山本夏彦著「ひとことで言う‐山本夏彦箴言集」新潮社刊 所収)