
今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。
「新聞と執筆者の仲は、殿様と家来の仲に似ている。たとい殿様が名君で腹蔵なく申せと命じても家来は言わない。生殺与奪の権をにぎっている主人に、忌憚なく言えるはずがない。それでも言えと迫るのは野暮で、小利口な家来なら殿は申しぶんない名君で、ただこの一点だけと言ってとるにたらぬ欠点をあげる。他の家来たちはへへーっと平伏してそれに賛意を表する。この迎合に立腹しないのが殿様というものなのである。
こんなことを言うのは去る六月の第一日曜『NHKへの提言と期待』というテレビ番組を見たからである。名士の二、三が苦言を呈して、NHK会長がそれを拝聴するという番組である。はたして名士が忌憚なく言うふりをして、会長が耳を傾けるふりをした。それも五分や十分でなく日曜の夜九時三十五分から、えんえん十時二十分までやりとりが続いた。あまり長いのでしまいに会長は拝聴するふりするのを忘れてNHKの自慢話をはじめ、ついには値上げしたい口吻までもらした。
新聞もNHKも共に現代の殿様だから、手下を集めて意見を徴するのである。それが茶番であることは第三者にはすぐ分るのに、当人にはよしんばいくら利口でも分らないのである。
〔Ⅰ「現代のばか殿様『NHK』」昭56・7・2〕」
(山本夏彦著「ひとことで言う‐山本夏彦箴言集」新潮社刊 所収)
