「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2014・04・21

2014-04-21 06:55:00 | Weblog


今日の「お気に入り」。

「さまざまな危機的状況が人間の生涯には必ず訪れる。若い時には、それを隠したくなるものだ。自分だけが、そのような屈辱的な、悲惨な状況を過ごしているのだから、人にはとうてい恥ずかしくて言えない、と思うのである。しかし次第に『人生には何でもありだ』ということが分かって来る。
 隠す、とか、見栄を張らねばならない、という感情はまず第一に未熟なものだ。或る年になれば、隠しても必ず真実は表れるものだ、という現実を知るのが普通である。もし人が本当に自分の真実を隠したいのだったら、人のいない森に一人で引きこもる以外にない。通常の生活をしていれば、その人がどんな暮らしをしているか、何を考えているかは大体のところ筒抜けになる。だから隠しても仕方がないのだ。
 第二に、見栄を張る人は、人生というところは、何があっても不思議はない場所だ、という事実を自覚していない。用心すれば、自動車事故は起こさなくて済む、というのも一面の真実だが、どんなに用心していても、相手の自動車がこちらに向かって飛び込んで来たり、自分の車がスリップしたりすることを止めようがない場合もある。だから私たちは年を取るに従って心のどこかで覚悟をしているのだ。何ごとも自分の身の上に起こり得る、ということを承認しよう、と。だから自分は常にいい状態にいる、とか、自分はいい人だ、とかいうことを改めて言わなくてもいい、という気分になるのである。
                                  〔出典:曽野綾子著『晩年の美学を求めて』(朝日新聞出版)〕」

(曽野綾子著「自分の始末」扶桑社刊 所収)

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