たこ焼きと明石焼き、元祖はどっち? 関西の両雄、だしにこだわり
大阪・阿倍野のたこ焼き店「やまちゃん」。
外はカリッ、中はトロッとした逸品を目当てに行列が絶えない人気店だ。
定番のソースに青ノリはもちろん、自家製しょうゆの「辛口」、ソースにマヨネーズの「ヤング」、さらにはごま油に塩などバリエーション豊富。
何もつけない「ベスト」を食べれば、ネタ(生地)そのものの深い味に驚く。
「自然な甘みを出すために5種類の野菜、3種類の果物を鶏ガラで4時間半、原形がなくなるまで煮込みます。
こした後、かつお節を入れて20分炊く」。
本店で店長を務める古志谷慎吾さん(50)が製法を教えてくれた。
粉は特注品。
利尻昆布で取った昆布水で練り、だしを合わせる。
「ネタ自体に味が付いているから、冷めてもおいしい。むしろ味が前に出てきます」
◇ ◇
たこ焼きを長年研究してきた日本コナモン協会(大阪市)の会長、熊谷真菜さんによると、たこ焼きのルーツは大正時代末期の「ラヂオ焼き」。
中身はこんにゃくや塩漬けのエンドウ豆で、タコを入れるようになったのは昭和になってからだという。
「さらに昭和30年ごろから濃厚ソースを塗るようになり、舟皿につまようじで食べる現在のたこ焼きが完成します」
つまり初期のたこ焼きはソースに青ノリではなく、だしとしょうゆの味で食べるものだったわけだ。
大阪では今も、ソースを塗らないたこ焼きを出す店がいくつも現存している。
たこ焼きにタコのかけらが入るきっかけは、ラヂオ焼きの屋台で客が発した一言だったとされる。
「明石はタコ入れとるで」――。
だし汁につけるたこ焼きとして全国にも広まった明石焼きが、大阪のご当地グルメ誕生に一役買った。
大阪からJR新快速で40分弱。明石市内には明石焼きを出す店が70軒以上あるとされる。
鮮魚店などでにぎやかな魚の棚商店街にある「よこ井」は、大正初期に屋台を引き始めた名人のレシピを引き継ぐ明石焼きの専門店だ。
「明石焼きはコナモンではなくて卵料理の一種。卵がなくちゃできない。
たこ焼きは卵なしでもできるでしょ」と店を1人で切り盛りする横井孝子さん(73)。
同店では明石焼き10個に卵を1個使う。
30年前の倍だ。
店内に貼られた比較表にはこうある。
明石焼きは卵が主で、鍋(焼き器)は銅板製。
たこ焼きはメリケン粉(小麦粉)が主で、鋳物の焼き器を使う。
ソースのあるなしは言わずもがな。
鍋に持ち手が付いているのもたこ焼きと違う。
焼き上がったらすしげたに似た通称「揚(あ)げ板」をひっくり返して乗せ、鍋ごと裏返してから出すためだ。
黄色っぽい肌に程よく焦げ目が付き、そのまま口に放り込むとふわふわだ。
生地の調合とだしの具合のたまものと横井さんは言う。
レシピは門外不出。
だしに使うのは「昆布とシイタケと……、後は秘密」。
ただしかつおだしは使わないという。
卵とごま油のほのかな香りを殺してしまうためだ。
他店と違ってだし汁に三つ葉も青ネギも浮かべないのも同じ理由からだ。
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似ているようで違うたこ焼きと明石焼き。
最大の共通項はだしへのこだわりなのだろう。
いずれも小腹を満たす気軽な食べ物だが、その点は関西の食文化の正統に連なるといえそうだ。
お土産用の冷凍たこ焼きを1984年に発売した元祖たこ昌(大阪市)の山路秀樹社長は「関西のコナモンには軟水ならではのだし文化がベースにある」と指摘する。
硬度が低くまろやかな軟水は昆布のうまみをよく引き出すからだ。
ところで明石の西の兵庫県姫路市などでは、明石焼きとたこ焼きをミックスしたような流儀が広まっている。
ソースを塗り、それをだし汁につけて食べる。
かつて明石焼きがたこ焼きに影響し、次はたこ焼きが明石焼きに影響し……。
時間を超えた不思議な縁に思いをはせつつの食べ歩きも悪くない。
関西とタコの関わりは古く、弥生時代の遺跡からもたこつぼが出土する。
元祖たこ昌の直営店ではたこ焼きづくしのコース料理を提供。