大井川鐡道のメインは何と言っても、蒸気機関車(SL)。
この会社では一度廃止したSLを昭和51年から復活させました。しかも、他の路線では運行日が季節的だったり、週末祭日限定だったりするのに、こちらでは動態保存を謳って原則として毎日運行(ただし、12月8日~3月12日は火・木運休)をしているのです。
SL復活運転を始めるとき、蒸気機関車の運転・整備の知識・経験を持った旧国鉄OBの職員を招き入れました。それから30年以上が過ぎその職員達は現役を退きましたが、専門知識は若い職員に伝承されてきているのです。
また、この路線では周辺のお茶畑に影響を与えないように、煙の少ない上等の石炭を使って走っているそうです。
実際、煙のけむたさはほとんど感じませんでした。
SL運転区間は新金谷~千頭約1時間20分で片道1720円、SL急行料560円(2013年3月20日からは800円)です。
SLに乗車するには、大井川鐡道のホームページから予約が必要です。
1日目に発車風景を目撃したSL「C5644」です。




こちらは実際に乗ったSL「C11227」。

客車の中もレトロでとても風情があります。
車内では、SL人形焼や動輪焼きのお土産販売がったり、SLおじさんとSLおばさんの車掌さんがお話やハモニカ演奏をしてくれます。

台風が近づく風雨の中も力強く走るSLの姿。
実は、千頭には転車台がないので、機関車は客車の方を向いたまま先頭を走っていくので、客車側にこの頭を向けて走っているのです。
シュッシュッ、シュッシュッという蒸気の音、ガッタンゴットンと車輪の響く音、大きく響く汽笛の音、すべてが懐かしいSLの感触です。いいですねえ!すっかりSLにはまりそうです。
寸又峡温泉に泊まった次の日、再びバスに乗って奥泉駅まで帰ってきて、今度は大井川鐡道井川線に乗りました。

奥泉駅のホームにいた小僧さんはちょっと北風小僧のカンタロー風だけど、森の石松っちゃんでしょうか。

駅の周囲にはお茶畑があります。大井川鉄道一帯は静岡茶の名産地、あっちにもこっちにもお茶畑が並んでいました。

井川線を走るディーゼル機関車。
千頭駅から井川駅までの25.5kmを結ぶ井川線区間(愛称、南アルプスあぷとライン)は、水力発電所建設の資材運搬用トロッコとして建設されました。トンネルも列車サイズも小型なので、同じ大井川鐡道でも金谷から千頭までの本線とは軌道幅が違い、千頭で乗り換えなくてはなりません。

この辺りになると大井川はすっかり山奥の渓谷になっています。

ダム湖もあり、窓の外の絶景を楽しみながら進みます。

次のアプトいちしろ駅で、

アプト式電気機関車が後ろからやってきて、

ディーゼル機関車と「合体」します。
アプト式鉄道とは、線路の真ん中に敷設された「ラックレール」という歯形レールを噛み合わせて傾斜の急な坂道を進行する鉄道のことです。
アプトいちしろ駅から次の長島ダム駅までの間が1000分の90という日本一の急勾配になっているためです。

向こうに見える右上がりの線路が一番急勾配のあたりです。

アプト式機関車は登りは客車の一番後ろから押して登り、帰りは一番前になって列車を支えながら下ります。

そして、長島ダム。
大井川の豊富な水を利用し、治水のためにも作られた多目的ダムです。

長島ダムから上流にはダム湖である接阻ダムが広がっています。
ダムができたことで、元の鉄道線路は水際近くになったため、新たに上方に線路を付け替えたので、急勾配ができ、アプト式を取り入れたのです。
長島ダム駅でアプト式機関車を切り離して進みます。
ダム湖の向かい側に元の鉄橋が残っているのが見えます。
元のトンネルも残っていて、ミステリーウォークもできるようです。

接阻湖に架かる鉄橋レインボーブリッジ。

橋の真ん中にある奥大井湖上駅は秘境駅で、ここで結婚式をあげたり、幸せの鐘を鳴らすカップルの聖地になっているようです。

橋を渡って接阻峡温泉駅までハイキングもできます。

接阻峡温泉が川の向こう側に見えます。

ところが、大型台風が東海地方に上陸しそうになってきていたので、大井川鐡道は運転打ち切りが真近になり、この列車は終点井川駅まで行かず、三駅手前のここ接阻峡温泉駅で25分程停車した後、引き返すことになりました。これが今日の最終便なので、乗り遅れると大変でした。
この先には高さ71メートルの私鉄日本一という関の沢鉄橋もあったのですが、行けなくて残念!でした。
千頭からバスに乗って40分で、この夜の宿泊地、寸又峡温泉に着きました。

寸又峡温泉は今年で開湯50年、芸者やコンパニオンは置かない、ネオンサインはつけない、山への立て看板は設置しないの三原則を堅持しながら「日本一清楚な温泉保養地」を目指している温泉です。


寸又峡温泉入口のバス停広場に昔森林鉄道として使われていた列車が展示されていました。

その近くには熊を捕獲するための檻が!
やはりこんな山の中だから熊もいるんだ。


ピンクのシュウメイギク。

彼岸花も咲いていました。

1965年に廃校になった小学校は、今は公民館として使われているそうです。

二宮金次郎さんは健在でした。

寸又峡温泉と言えば、ある程度以上の年代の人が先ず思い出すのは、あの金嬉老(きんきろう)事件。
1968(昭和43)年2月20日、手形トラブルから静岡県清水市で暴力団員2人をライフル銃で射殺し、翌日に寸又峡温泉の旅館で経営者・宿泊客ら13人を人質とし、猟銃とダイナマイトで武装して4日間にわたった籠城の結果、取り押さえられ逮捕された事件です。
事件はリアルタイムでテレビやラジオで報道され、浅間山荘事件よりももっと前の初めての劇場型事件として全国の注目を集めました。
その時の籠城の場所がこのふじみや旅館。
尋ねてみると、昨年までは営業していたそうですが、今は旅館をやっていないそうです。
あの事件の場所がここだったとは、いやー、感慨深いですw。
寸又峡には夢の吊橋や飛龍橋、グリーンシャワーロードなどのハイキングコースもあり、大自然に触れて散策することができます。
もちろん、温泉のお湯もお肌がつるつるすべすべになる「美女づくりの湯」ということで、大満足の温泉でした。
9月末に大井川鐵道(会社名が「鉄道」ではなく、わざと「鐵道」となっています)に乗る旅に出かけました。
新幹線で浜松まで、浜松から金谷までJR東海道線で約40分。

大井川鐵道金谷駅はJR金谷駅とつながっています。

金谷から千頭(せんず)まで走っている普通列車は、どこかで見たようなと思えば、元は近鉄特急だった16000系電車です。他にも京阪、南海、名鉄等の電車を購入して走らせているそうで、懐かしい電車を見ることができるようです。
大井川鐵道のうち、金谷~千頭は大井川本線で、SLも走っています。千頭~井川は井川線で、一部分でアプト式機関車が引っ張って走っています。
SLには帰りに乗ることにして、先ずはこの近鉄「特急」でのんびりと各駅停車の旅を楽しむことにしました。

電車の中も特急仕様です。

窓の外には大井川のゆったりとした流れが。
河原も広々とした大きな川です。今は新幹線なら川を渡るのにあっという間ですが、昔は橋がなく、雨が降ると増水で川止めとなり、「超すに越されぬ」と言われたのがよくわかります。
電車は大井川に沿って上流へと走り、次第に山奥に入っていきます。

神尾駅はあたりに人家もない秘境駅。辺りには狸さん達がたくさん立っていました。

何ともレトロな味わいの川根温泉笹間渡(ささまど)駅。
この他にも大井川鐵道の駅はレトロなのがたくさん残っていました。
残念なことに、列車の窓ガラスの汚れがひどくて、画像にまで汚れが写ってしまいました。

駅弁は金谷駅で買った大井川ふるさと弁当。

SLの絵葉書とお茶つきで、ご飯はSLと同じ蒸気で炊いたものでふっくらとしていました。