wakabyの物見遊山

身近な観光、読書、進化学と硬軟とりまぜたブログ

僕の読書ノート「いじめとひきこもりの人類史(正高信男)」

2021-03-13 21:36:40 | 書評(進化学とその周辺)

書店でたまたま見つけて、タイトルに惹かれて購入した。

いじめの起源についてこう述べている。野生の動物は不快と認識するものには近づこうとしないし、危険を感じれば逃げる。だから不快な社会的経験は起きない。人類はある時から遊動生活を捨てた生活を始めた時、共同体ができた時、社会的排除という不快な社会的経験が起きるようになったとしている。定住生活は地球上の様々な地域で、およそ5000年前、同時並行する形で始まった。そして、自分たちの共同体に所属するメンバーに向かって、共同体秩序維持の目的で「異人扱い」がなされるようになった時、いじめが始まったと考えられる。

野生の動物にいじめはないのだが、ある操作をするといじめが発生することが知られている。ニホンザルの社会は野生下においてはいじめはない。ところが、「餌付け」をするようになると、順位制が確立し、上位の個体による下位の個体へのいじめが起きるようになる。人間の共同体や定住生活に近い社会になっているのかもしれない。こうして集団の外で生活するようになった、ニホンザルは「ハナレザル」とか「ハナレ」呼ばれる。一方、人間社会においては、例えばキリスト教以前のヨーロッパ社会では、社会の外で生活するものは「森の放浪者、”人狼”」「ヴァルク」として認識されていた。こうした、一般社会の外で生きている人たちには、いわゆる発達障害と呼ばれている者が多い。ところが、人間以外で自然状態で生活している霊長類では発達障害というものは報告されていない。遺伝情報には異常があったとしても、外見や行動上ではまったく異常が見当たらないというのだ。発達障害とは違うが、人間にはダウン症という染色代の数が一本多いことによる遺伝的障害がある。ところが、同じような染色体異常があっても、サルでは何ら異常が見受けられないという。このように人間にしばしば見られる障害、とくに発達障害は人間に固有の生物現象であるという。

ここまではとても興味深く読んできた。しかし、本書の後半になると少し偏っているように感じた。昔から、共同体からいじめだされた放浪者「異人」として、日本では「職人」、ヨーロッパでは「ヴァルク」「バンディット」の存在が知られている。日本におけるこうした人たちとして、西行、親鸞、芭蕉、良寛、鴨長明、吉田兼好を例に挙げて、日本には昔から漂泊・ひきこもり文化が存続してきたと主張している。それはそれであるかもしれないが、こうした人たちは文芸等の才能に秀でていて強い信念を持って隠遁生活をしていたのであって、現代の「ひきこもり」で苦しむ人たちの多くが、毎日やる気が起きなくて無為に過ごしている現状とはかけ離れていると感じた。さらに、今日のコロナ禍による積極的なひきこもり生活や、社交不安緩和のためのCBD(カンナビジオール、大麻草由来の麻薬成分以外の成分)の効果が、発達障害やひきこもりの人たちにとって非常に期待できると強く推奨されていた。そういったことも役に立つ可能性があっていいのだが、もっと他に対応方法はないのか、在宅勤務とCBDだけで全て解決できるわけではないだろうと強く感じた。

さて、ここで重大なことをお伝えしなければならない。著者に興味を持ったのでネットで調べてみた。著者は2020年3月まで京都大学霊長類研究所の教授であった。そして、著者が実施したCBDの効果の臨床試験論文(2019年11月刊行)に捏造疑惑が持ち上がっているということを知った。朝日新聞DIGITALの2020年4月21日付で「京大元教授、大麻合法成分の論文データ捏造か 本人否定」のタイトルで記事が掲載されている。

該当する論文は「Nobuo Masataka. Anxiolytic Effects of Repeated Cannabidiol Treatment in Teenagers With Social Anxiety Disorders. Front. Psychol., 08 November 2019」である。

そもそも、臨床試験を開始する前に、大学や医療機関などの倫理委員会で承認を受け、公的データベースに登録することは必須となっている。この論文に書かれている倫理委員会と公的データベースの承認番号が架空のものらしい。試験内容も虚偽なのかどうかははっきりしていないようだが、架空の承認番号を書いている時点で、サイエンスとしてはアウトである。試験内容も捏造されていたとは信じたくないが、さっと読んでみたところ、どこの医療機関で試験が行われたのかが書かれていないという不明瞭さがあった。

上記の事案は、2020年4月に報道されているのだが、その後の2020年10月になって本書が刊行されている。このことを知っていたら、本書を読むことはなかっただろう。