今回は、トップジャーナルからの論文紹介ではなく、昨年、日本の学術誌に掲載された哺乳類進化の研究の進展についてまとめられた特集を紹介したいと思います。日本哺乳類学会が出している哺乳類科学という雑誌に掲載された下の3つの総説です。1つ目は特集の巻頭言、2つ目は古生物学(化石情報)による研究の進展、3つ目は分子系統学(ゲノム情報)による研究の進展についてまとめられています。もともと、古生物学はおもに大学の理学部の地学科(地球科学)、分子系統学は理学部の生物学科(生命科学)が細々と扱っている(お金になりませんので)研究分野で、お互いにあまり交流もないし、両者を併せて勉強する機会も少ないと思います。私自身、もともとどちらの分野もそんなに詳しくなく、最近になって「わたしは哺乳類です(リアム・ドリュー)」を読んで、哺乳類が「アフリカ獣類(アフリカ起源)」「異節類(南米起源)」「ローラシア獣類(ユーラシア、北米起源)」「真主齧類(ユーラシア、北米起源)」と、大陸ごとに分けられるのだと知って衝撃を受けたくらいです。これまでの常識であった形態による分類、ネズミはネズミとしてまとめておけばいいでしょ的な分け方は通用しないことが分かってきたのです(現在の分類法ではネズミは、真主齧類の齧歯目、ローラシア獣類の新無盲腸目、アフリカ獣類のハネジネズミ目とアフリカトガリネズミ目に分断されている)。今回は、私の勉強のためもあり、2つの研究分野それぞれの考え方、共通点、相違点などを確認してみたいと思います。
1.西岡佑一郎.哺乳類科学,60(2):249,2020「特集「哺乳類高次分類群の拡散―分子系統学と古生物学の最近の進展―」の企画にあたって」
2.西岡佑一郎,楠橋直,高井正成.哺乳類科学,60(2):251-267,2020「哺乳類の化石記録と白亜紀/ 古第三紀境界前後における初期進化」
3.長谷川政美.哺乳類科学,60(2):269-278,2020「分子情報にもとづいた真獣類の系統と進化」
まずは、1の巻頭言「特集「哺乳類高次分類群の拡散―分子系統学と古生物学の最近の進展―」の企画にあたって」から入っていきましょう。
哺乳類学における大きな課題の一つは、原生種、化石種含めて、それぞれの目が恐竜絶滅前(中生代)に出現したのか、絶滅後(新生代)に出現したのかということです。最近は、哺乳類のすべての原生目は新生代に出現したという意見が受け入れられているそうですが、中生代の哺乳類がどんな生き物だったのかといった知識はあまり周知されていないので、今回、真獣類(有胎盤類)全体の大進化をレビューすることになったそうです。
生物は、その根元に近づくほど形態的に分化(特殊化)していないため、祖先に近い種の分類学的な位置を正確に定めることが難しいといいます。形態学におけるこうした問題を解決したのが分子系統学であり、遺伝子の塩基やアミノ酸配列の中立的な変化に基づくゲノム分析は、形態的な手法と比べて生物の系統関係をより客観的かつ正確に示す手法として積極的に受け入れらてきました。しかし、塩基配列に基づく系統樹推定においても各分類群の分岐年代の推定には化石記録が必要不可欠であり、また絶滅種の形態は化石情報からしか特定・推定はできないということで、分子系統学と古生物学が互いに補い合っている関係が示されています。また、利用する遺伝子の種類や数、塩基配列長、系統樹推定法や塩基置換モデルの違いなど様々な条件により分析結果が大きく変わる点も分子系統学的分析の弱点の一つであるとしています。
次回は、2の総説ー古生物学(化石記録)からのアプローチーについて読んでいきます。