「哀れなるものたち」ヨルゴス・ランティモス
「ロブスター」で注目を浴び,「聖なる鹿殺し」ではタイトルの意味探しも含めて映画ファンを唸らせ,「女王陛下のお気に入り」で遂にオスカー(主演女優賞)を獲得するに至ったギリシャの鬼才ランティモスが,前作に続いてエマ・ストーンと組んだ新作は,映画ならではのスペクタクルを全編で展開した傑作だ。
作品の骨格は初期の「籠の中の乙女」に似ており,独自の手法によって「人間の成り立ち」を突き詰めていく物語は,フェミニズムと一言で括られる危険性を踏み潰して突き進む推進力によって,観るものを圧倒する。主人公ベラを蘇生する研究室,旅する街の通り,主人公が働く娼館等,舞台となる場所のすべてが妖しく輝いているが,中でもベラが社会の成り立ちを知って衝撃を受けることになる島の造形は,ブリューゲルの「バベルの塔」の逆バージョンとも言える魅力を湛えて見事だ。ジュリアン・ムーアもかくやという役者魂を全開にするストーンを,ここに来て第二のピークとも言える怪演が続くウィレム・デフォーと,安定的な守備力を誇るマーク・ラファーロが支えるトライアングルも磐石。芸術とエンタメの融合という点では現代の最高峰だ。
★★★★★
(★★★★★が最高)
「トーク・トゥ・ミー」ダニー&マイケル・フィリッポウ
快進撃が続くA24配給のホラーと聞けば新作を公開したばかりのアリ・アスターを想起するが,YouTube制作から映画界に進出したという双子監督の作品は,残念ながらアスター作品とは似ても似つかない「恐怖動画」の域を出ない作品だった。
死人の手を握ることで90秒だけ憑依体験を味わえる,というアイデア自体は悪くない。実際憑依中の映像には力もあり,その部分だけをYouTubeで観るという体験ならば評判を呼んだであろうことも理解できる。
問題は90秒を90分に伸ばすためには,同じような恐怖映像を90分相当分を用意するだけではなく,90分(実際は95分の作品だったが)観客の興味を惹きつける確固としたフレームという「映画」としての成立要件が抜け落ちていたことが致命的。クライマックスに見えた追跡劇から果てしなく続く蛇足展開を見せられたことが一番の恐怖だった。A24のブランド買いにも落とし穴あり。
★
(★★★★★が最高)
「みなに幸あれ」下津優太
「呪怨」の清水崇が「総合プロデュース」というポジションで送り出してきた新たなジャパニーズ・ホラー作品の,フライヤーによると数多くの海外の映画祭に招待され受賞もしたことを受けての凱旋公開。海外での好評は古川琴音というホラー向けに誂えられたような逸材を主役に据えるというキャスティングの妙に加え,日本の田舎の因習と古い家屋という,Jホラーのイメージを拡大再生産するプロダクションが見事に当たった結果と言えるのだろう。けれども主人公の祖父母にどういう意図なのか完璧な素人を配した演出に,冒頭で観る気が失せてしまった。恐怖の根源となるべき因習自体がリアリティを欠き,取って付けたような祖母の出産に因習の輪廻も悉く空回り。タイトルが制作者の意図であるならば,残念ながら願いは叶わず,だった。
★★
(★★★★★が最高)
「コット,はじまりの夏」コルム・バレード
大家族の中で折り合いの悪い少女が,かつて我が子を亡くした親戚夫婦の家に預けられ,ひと夏を過ごす。長編初監督というコルム・バレードが切り取った9歳の少女の記録は,驚くほど豊かな詩情を湛えた秀作だ。
家の近くの井戸に水を汲みに行くおばとコットが,それぞれ片手にバケツを持って歩く姿を捉えたショット。無愛想なおじと並んで,コットが牛舎にモップをかけるプロット。自家製の野菜が並んだ食卓を挟んで,三人がぽつりぽつりと言葉を交わすシーン。どれもが瑞々しく輝き,雄弁に感情を語りかけてくる。9歳という設定が不自然なほど見事な演技を見せるコット役のキャサリン・クリンチの表情の変化と,ラストで囁かれる「ダッド」という魂の呟きを味わうだけでも,劇場に足を運ぶ価値あり。
★★★★
(★★★★★が最高)
「ロブスター」で注目を浴び,「聖なる鹿殺し」ではタイトルの意味探しも含めて映画ファンを唸らせ,「女王陛下のお気に入り」で遂にオスカー(主演女優賞)を獲得するに至ったギリシャの鬼才ランティモスが,前作に続いてエマ・ストーンと組んだ新作は,映画ならではのスペクタクルを全編で展開した傑作だ。
作品の骨格は初期の「籠の中の乙女」に似ており,独自の手法によって「人間の成り立ち」を突き詰めていく物語は,フェミニズムと一言で括られる危険性を踏み潰して突き進む推進力によって,観るものを圧倒する。主人公ベラを蘇生する研究室,旅する街の通り,主人公が働く娼館等,舞台となる場所のすべてが妖しく輝いているが,中でもベラが社会の成り立ちを知って衝撃を受けることになる島の造形は,ブリューゲルの「バベルの塔」の逆バージョンとも言える魅力を湛えて見事だ。ジュリアン・ムーアもかくやという役者魂を全開にするストーンを,ここに来て第二のピークとも言える怪演が続くウィレム・デフォーと,安定的な守備力を誇るマーク・ラファーロが支えるトライアングルも磐石。芸術とエンタメの融合という点では現代の最高峰だ。
★★★★★
(★★★★★が最高)
「トーク・トゥ・ミー」ダニー&マイケル・フィリッポウ
快進撃が続くA24配給のホラーと聞けば新作を公開したばかりのアリ・アスターを想起するが,YouTube制作から映画界に進出したという双子監督の作品は,残念ながらアスター作品とは似ても似つかない「恐怖動画」の域を出ない作品だった。
死人の手を握ることで90秒だけ憑依体験を味わえる,というアイデア自体は悪くない。実際憑依中の映像には力もあり,その部分だけをYouTubeで観るという体験ならば評判を呼んだであろうことも理解できる。
問題は90秒を90分に伸ばすためには,同じような恐怖映像を90分相当分を用意するだけではなく,90分(実際は95分の作品だったが)観客の興味を惹きつける確固としたフレームという「映画」としての成立要件が抜け落ちていたことが致命的。クライマックスに見えた追跡劇から果てしなく続く蛇足展開を見せられたことが一番の恐怖だった。A24のブランド買いにも落とし穴あり。
★
(★★★★★が最高)
「みなに幸あれ」下津優太
「呪怨」の清水崇が「総合プロデュース」というポジションで送り出してきた新たなジャパニーズ・ホラー作品の,フライヤーによると数多くの海外の映画祭に招待され受賞もしたことを受けての凱旋公開。海外での好評は古川琴音というホラー向けに誂えられたような逸材を主役に据えるというキャスティングの妙に加え,日本の田舎の因習と古い家屋という,Jホラーのイメージを拡大再生産するプロダクションが見事に当たった結果と言えるのだろう。けれども主人公の祖父母にどういう意図なのか完璧な素人を配した演出に,冒頭で観る気が失せてしまった。恐怖の根源となるべき因習自体がリアリティを欠き,取って付けたような祖母の出産に因習の輪廻も悉く空回り。タイトルが制作者の意図であるならば,残念ながら願いは叶わず,だった。
★★
(★★★★★が最高)
「コット,はじまりの夏」コルム・バレード
大家族の中で折り合いの悪い少女が,かつて我が子を亡くした親戚夫婦の家に預けられ,ひと夏を過ごす。長編初監督というコルム・バレードが切り取った9歳の少女の記録は,驚くほど豊かな詩情を湛えた秀作だ。
家の近くの井戸に水を汲みに行くおばとコットが,それぞれ片手にバケツを持って歩く姿を捉えたショット。無愛想なおじと並んで,コットが牛舎にモップをかけるプロット。自家製の野菜が並んだ食卓を挟んで,三人がぽつりぽつりと言葉を交わすシーン。どれもが瑞々しく輝き,雄弁に感情を語りかけてくる。9歳という設定が不自然なほど見事な演技を見せるコット役のキャサリン・クリンチの表情の変化と,ラストで囁かれる「ダッド」という魂の呟きを味わうだけでも,劇場に足を運ぶ価値あり。
★★★★
(★★★★★が最高)