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映画「帰ってきたヒトラー」:遠いヨーロッパの国の話ではなく

ウェルメイドなSF仕立ての喜劇かと思ったら,中盤で現代に甦ったヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が街角の人に話し掛けるシークエンスが幾つか続く。どうやら,やらせや仕込みではなく,ガチでヒトラーもどきの少しいかれた中年親父に絡まれてしまった,という風情の市民が,どぎまぎしながら応答する場面が実にスリリングだ。
稀代のコメディアンであるサシャ・バロン=コーエンが作り出した「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのための米国文化学習」をはじめとする一連の疑似ドキュメンタリーが,これにかなり近いテイストを持っていた。ただ,それらの作品におけるコーエン扮するキャラクターは,絡まれる人々にとって未知の危ないおじさんであったのに比べて,こちらは「ヒトラー」という「かつて」実在した危険人物だけに,ほとんどの人物が「何かの冗談でしょ?」という態度で臨むところが決定的に違っていた。

しかし本作(≒原作)の鋭いところは,皆がそう思っていてもなお,「何だか言ってることはこっちの方が正しい気がしてきた」「現実の政治家よりも頼りになるかも」「何この説得力?」という反応が,さざ波のように拡がっていった先に,「あり得ない」はずの良識の転覆が簡単に起こってしまうということを,まさに「説得力」をもって描いているところだ。
ヒトラーもどきの出自に疑問を持ち,調査をした結果,ヒトラー本人に間違いないという確信を得たプロデューサーが,本来だったら拘束されるべきヒトラー本人に替わって,精神病棟に閉じ込められてしまうという展開は,予想できるものだったのに,思わず膝を打ってしまった。
冒頭で,ヒトラーが臭いを発する制服と汚れた下着を持ち込むクリーニング屋の店員が,おそらくヒトラーにとってはあり得ないと思ったであろう移民であったり,認知症を患っていると思われる老婦人だけが一目でヒトラーの正体を見破ったりというエピソードも効いている。

今週の毎日新聞で論説委員の福本さんが,イギリスの国民投票終了後に「EUとは?」という検索ワードが急に増加したことに触れ,参議院選挙後に「憲法とは?」という検索ワードが増加するようになるのは悪夢だ,と書いていた。本作が参議院議員選挙前に公開されたことで,選挙結果になにがしかの影響が出るとは到底思えないが,本作を観た人は少なくとも投票後ではなく,投票前に「憲法とは?」を検索すると思いたい。
★★★
(★★★★★が最高)
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