子供はかまってくれない

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映画「恋のロンドン狂騒曲」:名人芸という一言で片付ける訳にはいかない文字通りの「至芸」

2012年12月09日 11時33分16秒 | 映画(新作レヴュー)
ウディ・アレンの新作を1年に2本観られるというだけでも望外の喜びなのに,新作は彼十八番の「身につまされ恋愛劇」の進化形,と来た日には,アレンのファンは欣喜雀躍してこのクリスマス・プレゼントを受け取るしかないだろう。
先週の1日に77歳の誕生日を迎えたウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」に続く(制作はこちらが先)ヨーロッパ・シリーズの新作は,ロンドンを舞台にした軽くて濃くて古くて新しい恋物語×4。舞台がロンドンだからという訳でもないが,作品の肌合いは全く異なるマイク・リーを思い出させるような滋味深いやり取りには,達観を越えた生々しくも妖しい輝きが宿っている。

老年にさしかかり,突如死を意識し始めたことから妻と別れ,若さに惹かれてコールガールと再婚した父(アンソニー・ホプキンス)。離婚されてからは占いに狂い,果てはオカルト書籍を商う寡夫との再婚を夢見る母(ジェマ・ジョーンズ)。勤務するギャラリーのボスに惹かれる娘(ナオミ・ワッツ)。一発屋で終わりかけていることに苦悩する娘の夫である小説家(ジョシュ・ブローリン)。
穴ぼこだらけのこの4人が織りなす恋愛劇を,アレンは時に優しく,時にシニカルに,絶妙の距離感を保ちつつ,最高の技術を投入して描いていく。

ここで言う「最高の技術」とは,これ見よがしの派手なテクニックとは無縁の,物語の自然な流れを形成するために必要なあらゆる技術を指す。
たとえば,終盤にさしかかったところで,小説家に出版社から彼の新作の出版を断る電話が入るシークエンスがある。落ち込んだ小説家と妻が言い合いをしている最中に,小説家の天敵である義母が闖入してきて,三者が入り乱れる,本作のクライマックスと言える場面だ。ここでアレンは,居間と書斎を行ったり来たりする小説家の動きをカメラ(撮影は大ヴェテランのヴィルモス・ジグモンド)に追わせつつ,妻と母を少ない移動で捉えながら,延々とワンショットで描いてみせる。
レールを敷いた大きな移動ではないので,観客は緊張感を強いられることなく,3人の役者の感情の動きに合わせた素晴らしい演技に没入できる。演出と役者と技術班とが一体となって織りなす,まさに「至芸」と呼びたくなるような時間が,そこにはあった。

テーマ曲(冒頭とエンディングに流れる)に「星に願いを」を使ったことから,嘘や見栄を口にする度に登場人物の鼻が伸びていくのではないかとも思ったのだが,ゼペット爺さん役のアレンは,そんな野暮には見向きもせずに,ほろ苦いラストに向けて軽やかにタクトを振るのだった。お見事。
★★★★★
(★★★★★が最高)


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