子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「リンダ・ロンシュタット サウンド・オブ・マイ・ヴォイス」:真に歌姫と呼ぶに相応しいスターの人生を辿る

2022年06月05日 09時43分52秒 | 映画(新作レヴュー)
リンダ・ロンシュタット。1970年代に青春を送った世代には、忘れることのできない名前だが、先日,マスコミに勤める20代の方に尋ねたところ「名前も曲も、一度も聞いたことがない」という返事が返ってきた。今ならさしずめ「テイラー・スイフト」的な存在と言っても過言ではないと思うのだが,無理もないだろう。本作を観て初めて知ったが、リンダはまさに人気がピークだった時に「大きすぎるギターの音が鳴り響く巨大なスタジアムは,自分のいる場所ではない」という判断を下し,ヒット曲を競い合うショー・ビジネスのメインストリームから自ら立ち去り,幼い頃から慣れ親しんでいたスタンダード・ジャズ曲を歌うアルバムを,自分が聴いていたレコードを数多く手掛けたネルソン・リドル本人のプロデュースのもとでリリース。更にドリー・パートンとエミルー・ハリスという大御所と組んだトリオで,同じく彼女の音楽的バック・グラウンドのひとつであるカントリーを「ド」がつくほどのストレート,かつ心から楽しんでいることが伝わってくる空気の中で制作し,「その筋」から喝采を博したものの,ヒットチャートからは完全に姿を消していたのだから。

映画は本人のモノローグを中心に,家族,デビューから瞬く間に西海岸のアイコンへと成長していったローレル・キャニオン時代の同士,スターダムに上り詰めた時のプロデューサーや共演者たち,そして競争から降りた後の再充実期の仲間たちの証言や,60〜70年代の貴重な演奏の映像などが,時系列に沿ってバランス良く配置されており,リンダの激動の人生がコンパクトにまとめられた,ドキュメンタリーとして極めて優等生的な作りとなっている。
けれども決して予定調和的な平坦さを感じさせないのは,作品の根底にリンダの音楽に対する強い愛情と感謝が据えられているからだ。彼女が最も売れていただけでなく,音楽的評価も高かったアルバムを連発していた1970年代後半の描写は,まさに秒殺的な扱いとなっている代わりに,デビュー前後の仲間や「トリオ」における盟友たちが語る,彼女が音楽に注いだ情熱への称賛は,どれも業界人の内輪褒めとは縁のない本物のエネルギーに満ちている。パーキンソン病に冒され,上手く発声が出来なくなった彼女が,それでも家族と声を合わせようと喉を絞るラストシーンが,何よりもそのことを証明している。

イーグルスと共に,結果的に彼女が結成の触媒となった,ワディ・ワクテルを中心とする「RONIN」のメンバーの姿や,デヴィッド・リンドレー(多分)のロング・ヘアーが拝めるなど,ウエストコースト・ロックのファンには堪らないプレゼントも満載。
彼女の唯一無二の歌声とその裏にあった激動の人生、そして音楽への愛に触れて,涙に濡れる夢のような90分間だ。
★★★★
(★★★★★が最高)

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