子供はかまってくれない

子供はかまってくれないし,わかってくれないので,映画と音楽と本とサッカーに慰めを。

映画「親愛なる同士たちへ」:絶望しない勇気を後世に、という気迫

2022年05月29日 19時52分43秒 | 映画(新作レヴュー)
フライヤーには「事件から60年が経つ現在も,香港やミャンマー,ウイグル地区など民衆弾圧事件は絶えない。この不穏な世界情勢と地続きにあり,決して遠い過去の話と言えない重いメッセージをはらんだ本作。ソ連解体から30年,まさに「今」観るべき作品が誕生した」とある。制作年が2020年である本作の日本での公開は,ロシアによるウクライナ侵攻後の4月(札幌は5月)。公開に向けた宣材の準備段階では,まさかロシアがこんな事態を引き起こす当事者となるなんて,配給会社も予想していなかっただろうが、カタストロフの予感が濃厚なリード文は、まさに正鵠を射ていたと言わざるを得ない。悲惨な歴史を正視し,二度と繰り返さないための道しるべとなるべき作品が,世の中の動きによって否応なくその本来の役割を越える程の重い意義を担ってしまうことになったことを,精緻な歴史考証と端正な画面構成によって見事に事件を再構築して見せた監督のアンドレイ・コンチャロフスキーは,どう感じているだろうか。

フルシチョフ体制下で物不足にあえぐ市民を尻目に,盲目的に権威をふりかざしていた共産党員の女性が,ストライキに参加したまま行方を絶った18歳の娘を捜すために,権威の傘から抜け出して街の中をかけずり回る。娘と最後に交わした会話の中で「靴下に穴が開いている」と言われたことを手がかりに,共同墓地に埋められた死体を捜す彼女は「そんな娘を埋めた」と証言する男に行き当たる。果たして娘は,自分が信じていた「国」によって,本当に殺されてしまったのか。

モノクロームの力強い構図によってまずフォーカスされるのは、娘の生死がさっきまで自分が寄りかかっていた幻のような「権威」によって左右されていたことを思い知らされる母親の姿なのだが、今となっては、その母親を助けるKGBの男の決断の方に、より強い印象を受ける。
たとえそれが絶対的な党の命令であったとしても、常識に基づく冷静な判断、そして何より人間としての良心と相容れなかった場合に、人はどう行動するのか。ロシアの外交官や元の軍幹部などが相次いで、プーチンの命令を国益を損ない、自国民の命さえをも軽んじる間違ったものと断罪し始めたというニュースを見る度に、この作品で描かれた「ノボチェルカッスクの惨劇」においても実際に生まれていであろう、勇気をつなぐ行動を反芻している。独ソ戦を知る84歳の監督の偉業だ。
★★★★
(★★★★★が最高)


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