Music Mania

No Music No Life

ギターパンダ

2021年10月09日 | 邦楽
ギターパンダ「ギターパンダのロックンロールパンデミック」

ここでギターパンダを紹介するのは2回目だ。
今回は昨年発売された新作で、ロックンロールパンデミックという今のご時世を反映したタイトルがつけられた。
現在、ギターパンダのようにライブハウスツアーをしてる規模のアーティストってかなり厳しい状況である。
本業だけで食っていける人は誰もが知ってる有名人だけで、多くはバイトで食い繋いでるのが現状だと思う。
さて新作だけど、軽いロックンロールが中心で歌詞は心に訴えてくる。
1曲目の「選挙に行ったけど」は、こんな世の中を変えるには選挙にいこう、だけど選挙に行ったらなにか変わるのか?でも選挙にいくしかないよ、という歌。

ギターパンダ「選挙に行ったけど」


ザ・たこさん「タコの肖像」

今年の初めくらいに初めてザ・たこさんを聴いて、ファンキーなリズムとふざけた歌詞がとても気に入った。
ということで、今年発表された新作を聴いてみたのだった。
結論からいうと、前作ほどいいとは思えなかった。
相変わらずの大阪ファンクで心地いいリズムがあるんだけど、楽曲が弱いように思う。
このなかでは「純喫茶レイコ」という曲がお気に入りだ。

ザ・たこさん-純喫茶レイコ-@LIVE HOUSE108 2009.11.24 3/5


クレイジーケンバンド「パシフィック」

クレイジーケンバンドによる2019年発売のアルバムで、一つ前の作品にあたる。
今の新作がとても良かったので遡ってみたのだが、これもまた勝るとも劣らない良作だ。
今回のは中国(というより中華街)をイメージした曲が多く、中年男性のノスタルジックな恋が描かれる。
彼らの曲を聴くと、ファッション誌「LEON」に出てくるような「何の仕事をしてるかわからない(あるいはしてないかもしれない)けど金持ってそうな中年男性が、若い女とリゾート地で戯れる」みたいなイタリアンな世界観がある。
アニメ「ルパン三世」にも通じる、軽い男の美学がつらぬかれている。
こういう雰囲気というか味わいはなかなか一朝一夕では出せないと思う。

クレイジーケンバンド - 2019年8月7日発売 ニューアルバム「PACIFIC」全曲紹介ティザー



高中正義「スーパー・スタジオ・ライブ!」

高中正義のスタジオライブである。
内容は1979年に発表したされた武道館ライブ「スーパー高中ライブ!」を再現したもので、セトリもアレンジも当時の様子を再現している。
聴いた第一印象は、なんといっても音質がいいことである。
いわゆるリマスターではなく現代の技術で一から録音し直してるのでいいのは当たり前だけど、聴き慣れた曲が今の音質クオリティで聴けるのはありがたい。
アレンジは少し変更されてるものの、基本的には1979年の武道館であるので気楽に聴ける。
スタジオ作を録音し直す人は多いけど、ライブをライブで再現するのは珍しいし、これはこれで面白い企画だと思う。

Bu-Blue Lagoon "Super Studio Live" Masayoshi Takanaka 高中正義


聖飢魔II「ジ・エンド・オブ・ザ・センチュリー」

もう35年も前になるが、僕はこのアルバムを録音したカセットテープをよく聴いていた。
しかし、まだ聴き込まないうちになくしてしまい、以来35年間も聴いてなかったのだ。
超久しぶりに聴いたこのアルバムは、やはりとてもいい。
で、一つ勘違いしていたこと。
僕はずっとこのアルバムが、あの「悪魔が来たりてヘビメタる」だと勘違いしていたのだ。
こちらはセカンドアルバムで、ヒット曲の「蝋人形の館」が収録されている。
全曲、曲が始まる前にデーモン閣下のナレーションがあり、雰囲気を盛り上げる。
どの曲もいいが、ブラックサバスっぽい「怪奇植物」なんてこのバンドのキャラと彼らのバックグラウンドがよく出ていていいとおもう。

聖飢魔Ⅱ 怪奇植物

江戸と吉原

2021年10月09日 | 日常
10月6日放送の歴史探偵は吉原遊郭だった。
吉原遊郭は江戸時代に幕府が認めた唯一の公認遊郭で、その妖艶な舞台は今も映画やアニメなどで注目されている。
僕のバンドも遊郭をイメージしたパフォーマンスをしているので、とても参考になる内容だった。

まず、吉原遊郭とは実際どういうものだったのか。
江戸城から少し離れた田園地帯に盛土をして作られ、周囲は溝と塀に囲まれていた。
入り口である大門を抜けるとメインストリートとなる中之町通りがあり、その両側には客に花魁を紹介する引手茶屋があった。
ここで客の素性や資金を考慮して相応しい遊女を紹介したという。
遊女にはランクがあり、それぞれ料金が異なる。
総売り上げはかなりの額となり、一割が幕府に納められた。
このように幕府にとってなくてはならない資金源となっていた。

当時の案内書や浮世絵を元にCGで吉原を再現する。
そこには花魁道中という、高級遊女を買い付け(現在の価格で約100万円)茶屋から遊女屋まで練り歩く様や、中之町通りに埋められた桜並木(季節に応じて植え替えられていた)や、俄(にわか)とよばれる催し物もあり、それを見に来る女性客も多かった。

江戸時代の吉原遊郭の花魁を再現。
町の女性たちの憧れの存在であり、ファッションリーダーであった。
衣装や髪型はものすごく派手で、年々派手さが増していったという。
ここで伝説の花魁、高尾大夫の生き方を見る。
現在、高尾神社に祀られており、本人の頭蓋骨も保存されてるほど偉大な人物。
栃木県塩原に生まれる。
生活は貧しく幼い頃から化石を売るなどして働いていたが、吉原の三浦屋の主人に気に入られ養女として引き取られる。
10年後、三浦屋の看板花魁としてデビュー、その姿や振る舞いは瞬く間に客の心を掴むことになる。
当時の花魁は高い教養を身につけるため、並々ならぬ努力を重ねた。
誇り高い高尾大夫は、心を許せぬ相手にはどれだけ金を積まれても身を売らなかったという。
そして19歳という若さながら病で亡くなる。
死後、伝説となり浮世絵、長唄、浄瑠璃などに高尾を題材とした作品が次々と作られるほどの大スターとなる。

遊女の厳しい現実による事件簿。
江戸時代後期、吉原で火事があった。
自ら犯人は自分だと自首したのは16人の遊女だった。
当時、非公認の遊女屋が乱立し、幕府が取り締まりを行ったため、行き場を無くした遊女が吉原へなだれ込んだ。
そのため、遊女過剰となり価格は下落、手取りが減り、日々の食事もままならないほど追い詰められる。
さらに店の売り上げが悪いと、客を取れなかった遊女自身が店にお金を納めなくてはならないといったブラックな労働環境に陥る。
耐えかねた遊女たちは現実を多くの人に知ってもらうため16人連名で放火をして、自首して奉行所にて現状を訴える。
奉行の遠山(いわゆる遠山の金さん)は、本来火炙りの刑になるところを、情状酌量した判決を出したのだった。

このように妖艶で煌びやかな表側と厳しい裏側のあった吉原遊郭は、現代から見ると非常に現実離れしていて、そこが魅力ともいえる。
昭和30年代まで各地に遊郭はあったが、それは江戸の吉原ほどの派手さはなかったようだ。