伝えたんく

日々の何気ないできごとに感じた幸せ

自然に負けた。

2016-12-27 23:25:25 | 

12月21日に予告した軍艦島訪問。

結果から言うと「欠航」である。

ホテルから事務所に向かう間に☎をいただいた。

満席だったので連絡に時間がかかったとのこと。

申し訳ないとのことだが、自然が相手では仕方がない。

会社の方に非はないのである。

何とこの時期に台風26号だと。

フィリピンから西方へ流れて行ったが影響は大。



長崎港で途方に暮れるゆきたんくである。 → Map


 上陸が叶わないどころか、出航もなかったのだ。

予定時刻に軍艦島デジタルミュージアムでお勉強。

素晴らしい映像が心をつかむ。(映像、展示物のほとんどは撮影不可である。)

実際に軍艦島で生活していた方の解説。

日本最古でそろそろ築100年になる軍艦島30号棟の話。

そして、その探求のためにここに就職した若者の心に触れた。


 
日本最古の鉄筋コンクリート住宅軍艦島30号棟。
 修復は不可能で朽ちるのを待つばかりだそうだ。


当時の社宅コーナーがある。 ちょっと一杯。 


 このまま帰れるか。

明治日本の産業革命遺産として今夏は萩を中心に回った。

軍艦島はゆきたんくにとっては、その象徴の1つとして重要な島であった。

いつ朽ちて崩れるか分からない建築物たち。

今回30年計画で保存に光明というポスターがあった。

しかし、30号棟に関しては、修復のための重機が入らない状況まで傷んでしまっているそうだ。

今回一緒に行った友人と、近いうちの再訪の話をした。

このままで帰れるか・・・

午後には大分に移動しなければならないが、2人で相談(即決)し大分とは逆方向に走ることにした。

どうしても、自分の目で見ることが大切だと思ったのだ。

移動した先は、野母(のも)高浜という場所だった。


 


長崎県長崎市高浜町2917の防波堤 → Map 写真は今回800㎞走ったプリウス。


この波では船は出ないよな。左手に軍艦島が見える。


荒波の上を航行するがのごとく軍艦島。


 そして聖地。

ゆきたんくのフィバリットアーティストのマイクオールドフィールド氏縁の地はいくつか訪問している。

日本におけるフィバリットアーティストはさだまさし氏と岡崎律子氏だ。

両氏とも長崎県のご出身だ。

今回、さだまさし氏縁の地も訪ねたが後で触れる。

この軍艦島の中にある幹部社宅の3号棟は島の一番高い所にある。

そこが岡崎律子氏が幼い頃過ごした場所なのである。

どうにか撮った写真をレタッチしてみた。



軍艦島3号棟である。 右手には端島神社の一部が残されている。 


 30号棟の崩れる前に再訪したい。

是非上陸を成し遂げたいものである。

ちなみに、この3号棟は30年計画にて保存される見通しとのことだ。

 

 

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