夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

あの頃の9月27日に生を受けて・・♪

2007-09-27 17:27:00 | 定年後の思い
私は昭和19年に、東京の郊外の調布市で生を受けた・・。

農家の子として、長兄、次兄に続いて生まれたので、三男坊となる。

敗戦の大戦の一年前の頃であるので、
後年になると祖父、父、母、叔母の同居はもとより、
親戚の叔父、叔母からも、この当時のことを教えて貰った。

北に飛行機を製造する中島工場、
西に軍事物資を生産する東京重機が数キロ先にあったので、
ときおり近くに爆弾が落ち、空襲警報のたびに、
宅地から少し離れた崖の雑木林に防空壕に避難した、
と話していた。

祖父と父か中心となって、程ほどの広さの田畑を耕し、
人での足らない折は小作人の人々の手も借りていたので、
空襲警報が発令されると、とりあえず大きな防空壕に避難されたらしいので、
慌しい時代でもあった。

私のような乳児をかかえ、おしめの取れない時期であったので、
何かと家族の方達は大変だっただろう、
と思い返したりしている。

後年の小学三年生の頃になると、
図画の授業で先生に引率されて、近辺の丘陵の雑木林に行った時、
コンクリートできた高射砲の台が数多く見受けられた。

米軍の飛行機の来襲に備えて、造られた形跡であった。

この頃までは、学校の帰路に寄り道をすると、
防空壕がよく見受けられたり、
実家の防空壕も小学の後年の頃までは遊んだりした。

私は二十歳の誕生日に大学中退を決意し、
父が私が小学2年の時の42歳の厄年に病死したので、
何とかこの歳までは元気でいる責務がある、
と秘かに思っていた。

父の歳を乗り越えると、せめて定年退職後の10年は五体満足が生かして欲しい、
と念願したのであった。

満63歳になった今、
70歳までは大病することなしに、自在な日々で過ごしたく、
これ以降は天上の神々の采配によるので、余生と思っている。

敗戦の一年前頃に生を受けたせいか、
或いはこれまで歩んできた歳月を肯定したいのか、
最近はとみに昭和の時代に愛惜を深めたりしている。



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ときには、映画の歴史劇を観れば・・♪

2007-09-27 08:55:00 | 定年後の思い
昨夜、NHKのBS2で放映された『ローマ帝国の滅亡』を観たが、
結果として失望感がぬぐえない。

たまたま読売新聞のテレビ案内版を見ていた時、
『ローマ帝国の滅亡』に目が止まり、解説欄を読んだりしたのであった。


1964年。アメリカ(制作)。アレック・ギネス(主演)。
強大な勢力を誇ったローマ帝国を舞台に、
皇帝アウレリウスの死後、父の遺志に背いて帝位を継いだコモドゥスの暴政に
翻弄される恋人たちの運命を描く。
アンソニー・マン監督。

このように解説されていたのだった・・。


私は昨年より、作家・塩野七生・女史の『ローマ人の物語』などに導かれて、
ローマ史に関心をいだいていたので、
夜の9時から3時間の大作を観はじめた。

皇帝アウレリウス扮するアレック・ギネスと娘に扮するソフィア・ローレンで期待したが、
何より構成力が乏しく、私のつたない鑑賞暦からすれば三流の映画である。

ただ、北方の地の雪の降る中の皇帝葬儀、戦場の状景などは、
昨今の流行のCG(コンピュータ・グラフィック)より遥かに迫力があり、
あの頃の1960年代前後の映画製作は恵まれていた、と思ったりしていた。

このような映画であったので、私の心は途中からだらけてしまって、
このサイトの愛読する人々の投稿内容が気になり、
しばしば映画を観ながら、このサイトを見たりしていた。

有数な映画は、私の心を最後の『END』まで惹(ひ)きつけるので、
小説、随筆、映画を問わず構成力の大切さを改めて考えさせられた夜であった。





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