夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

吉永小百合さんから、私が教示されたことは・・。

2010-08-08 17:08:15 | 時事【社会】
私は東京郊外の調布市に住む年金生活6年生の65歳の身であるが、
過日の6日、NHK総合テレビの夜の7時半より8時45分まで放映された、
『吉永小百合 被爆65年の広島・長崎』を視聴した。

番組の概要は、NHKの解説文を借りれば、
《・・
女優・吉永小百合は20年以上にわたって、
原爆詩の朗読をライフワークとして取り組んできた。

手弁当で全国をまわってきた朗読会では、
地元の子供たちに詩と音楽で平和を伝えてきた。
しかし今、多くの若者が昭和20年8月6日、9日という日のできごとを知らない。

「このままでは日本から被爆体験が消えてしまう」と、
被爆65年にこれまでの活動の集大成としてNHKホールで、
詩を朗読し事実を語り継ぐ会を開催する。

若者と子供たち、被爆者によって埋め尽くされた客席、
そして吉永の呼びかけに応えて集まったミュージシャンたちのパフォーマンスとともに
コンサートは平和への祈りの場となる。

総合テレビでは、このコンサートとともに、
吉永の原爆との出会いから四半世紀にわたる活動の軌跡をたどっていく。
一人の女優としてヒロシマを知り、一人の人間として原爆詩を語り続ける吉永小百合。

被爆65年の広島・長崎を訪ね、吉永自らが物語る場所に立ち、語る映像とともにドキュメントする。
・・》
注)解説の原文にあえて改行を多くした。


私は吉永小百合さんについては、何となくくすぐったい存在の方である。
こうしたことは、私は1944(昭和19)年9月に東京郊外の農家の児として生を受け、
吉永小百合さんは、翌年の1945(昭和20)年3月に都心で生を受けているので、
学年としては同級生のようである。

もとより環境もその後の軌跡もまったく違うが、
同級生なので社会の出来事の空気を共にし、時代を重ねてきた。

私が吉永小百合さんの名前を初めて知ったのは、
私が小学生の時、漫画の月刊雑誌の『少年画報』を愛読し、
この中の『赤胴鈴之助』が連載されていた。

その後、ラジオドラマとして、1957(昭和32)年にラジオ東京から放送されて、
出演されたのが吉永小百合さんであった。

そして1962(昭和37)年に浦山桐郎・監督の『キューポラのある街』は観たが、
私としては苦手な日活の青春映画の数々は避けたりしていた。

その後、ラジオから『寒い朝』、そして『いつでも夢を』が、盛んに流れたし、
私は好感したひとりであった。

この後、吉永小百合さんが出演された映画は、わずかしか鑑賞していない。

『海峡』(1982年、東宝)
『細雪』(1983年、東宝)
『天国の駅 HEAVEN STATION』(1984年、東映)
『おはん』(1984年、東宝)
『夢千代日記』(1985年、東映)
『映画女優』(1987年、東宝)

この程度しか思い出させなく、世に云われているサユリストの方たちから、
まったく遠い存在の私である。

その後、何かのテレビ出演された時、偶然に私は視聴し、
《・・私は(10代の青春映画も含めて)数多く出演できたのは、
時代に恵まれて・・》

《尊敬する女優さんは、メリル・ストリープ・・》

このふたつの発言を私は聴いて、これまでの吉永小百合さんへの評価が、
大きく飛躍したのである。


私は吉永小百合さんが、原爆の被爆などにに関して、
朗読会を行っていると、何かで知ったりしたが、
どのようなことが起因だったのか、知れたらと思い、今回のテレビ番組を視聴したひとつであった。

若き頃、渡哲也さんと共演した映画に於いて、
被爆者の役柄を演じた渡哲也さんと交友し、原爆ドームの中でのシーンを互いに演じて、
これが原点であり、
その後は、『夢千代日記』(1985年、東映)の前後の頃からは・・

このように語られていたので、私は理解したのであった。


私が何よりも感銘をうけたのは、
東京大空襲は1945年3月10日に行われ、被害は死者はもとより、
多大な被害を受けた都心で、
その直後の3月13日に都心で生を受けた。

やがて過酷で悲惨な戦争は起こってもほしくないし、
かの大戦を風化させてはならない責務を感じたり、
伝える時代のひとりと感じながら、
今日の朗読会のひとつの原因にもなっている。

このような意味合いを発言されたことである。

そして番組の中で、朗読会で取り上げた詩を書かれた方たちに、
吉永小百合さんが訪ねて、お気持ちを語り合う・・。

このように私は多々教示されたのである。

尚、余談ながら、吉永小百合さんは黒髪で、白き物を召され、
真の日本の女性の美しさを知っている人、と改めて知ったりした。


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『猛暑は・・神風』、私は驚き、ため息し・・。

2010-08-08 10:07:55 | 時事【社会】
私は東京郊外の調布市に住む年金生活6年生の65歳の身であるが、
今朝もいつものように読売新聞の朝刊を読んでいたら、
1面のトップニュースに、
《 猛暑特需
     エアコン3倍増
          冷却シート2.7倍  》
と大きく見出しした記事を精読した。

特にこの中で、食品卸の社長が、
《「この異常な暑さが、私どもには『神風』だ」》
という発言に、私は思わず驚き、そしてため息を重ねたりした・・。


この記事に準じた記事は、読売新聞の基幹ネットの【YOMIURI ONLINE】に掲載されて折、
無断であるが、この記事を転載させて頂く。

《・・
      猛暑景気、冷却スカーフ・氷菓・エアコン…

記録的な猛暑の影響で、
暑さをしのぐ冷却グッズや清涼飲料、エアコンなどが一部の商品で品薄になる売れ行きだ。

消費低迷が続く中、関連する企業は「猛暑特需」で増産に追われている。

東急ハンズ銀座店(東京・中央区)では、
水を含ませて首に巻くスカーフタイプの商品などが、
前年と比べて2倍以上の売れ行きとなっている。

赤城乳業(本社・埼玉)が製造する氷菓「ガリガリ君」は、
品薄で出荷調整を迫られている。
清涼感のある食感がうけ、7月の販売本数は前年同月比約6割増に達し、
「増産しても需要に供給が追いつかない」(営業統括部)という状態だ。

伊藤園の7月の清涼飲料の販売量も17%増の2240万ケースに上り、
月間の最高記録となった。
さっぱりした後味の日本茶(約13%増)やウーロン茶など中国茶(約33%増)が伸びた。

「この異常な暑さが、私どもには『神風』だ」
食品卸の菱食(りょうしょく)の中野勘治社長は、夏商戦の活況をこう喜ぶ。
飲料など食品メーカーの7月売上高は10%以上伸びているという。

営業マンの熱中症予防などのため、スポーツ飲料を大量購入する企業も増えている。
大塚製薬の「ポカリスエット」の7月販売量は約65%伸び、
一部で品薄の500ミリ・リットルタイプは過去最高となった。

小売り大手のイオンでは、熱中症対策として、塩分を含んだ塩あめが好調という。
「通常はそんなに出ている商品ではないが、今年は良く売れている」(広報)という。

寝苦しい夜をしのごうと、
本来は発熱時に額を冷やす「熱さまシート」(小林製薬)の7月下旬までの販売量は前年同月の2.7倍。

一方、家電量販店「ヨドバシカメラ マルチメディアAkiba」(東京・秋葉原)では梅雨明け以降、
エアコンの販売台数が前年同月の3倍のペースになっている。

(2010年8月7日20時22分 読売新聞)
・・》
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20100807-OYT1T00662.htm
☆【YOMIURI ONLINE】 猛暑景気、冷却スカーフ・氷菓・エアコン… ☆


私は梅雨明けの後、連日の猛暑で、何よりも暑さに苦手な私は、
午前中のひととき、買物の担当の私は、買物の後の散策も短かなコースとなっている。

買物は駅前の15分の道のりを敬遠し、最寄のスーパーの二軒で購入したり、
散策も近所の住宅街の道を歩いたり、川べりの遊歩道を歩き、
ときおり大きな樹の下にあるベンチに座り、休憩をしたりしている。

このような時、半袖のスポーツ・シャツと長ズボンのストレッチ・パンズ、
そして夏の帽子を深くかぶり、サングラスした容姿で、
扇子(せんす)を扇(あお)ぎながら、
大通りの歩道や遊歩道を歩いたりすることが多いのである・・。

帰宅後、洗面所で顔を洗った後、
居間のエアコンの冷風の下で、着替えて、冷茶を飲みながら、
団扇(うちわ)を取り出して、冷房の中、扇(あお)いだしている。


我が家は子供も恵まれず、たった家内と2人で、
古びた一軒屋に住んでいるが、毎年、梅雨の晴れ間から秋の彼岸の頃まで、
簾(すだれ)で夏の陽射しをさえぎったりしている。

簾を各部屋に掛け、家内の指導の下で、私は助手となっているが、
のろまな私は役立たずで、家内が殆どしているのが実態である。

洋間の場合は、雨戸、網戸、ガラス戸となっているが、
この季節はカーテンを外して簾とする。
そして和室も同様に、雨戸、網戸、障子であるが、簾をつけたりしている。

朝涼(あさすず)が残る朝の9時が過ぎる頃まで、
網戸と簾にして、庭越しの風を通したりしている。

このように簾で夏の陽射しをさえぎったしているが、
午後のひととき居間のはずれで簡易ベットに横たわりながら、
エアコンの冷風を受けながら、本を読んだりして、少し昼寝をすることが多い。

このように熱中症を避ける為にふしだらな日々を過ごしているが、
高齢者の年金生活の私は、救急車のお世話になりたくないし、
少しダラけた生活をしている。


こうした日々を過ごしているが、昨今の日本の難題を解決する最優先の課題として、
何よりも経済の活性化こそが、と固く信じているひとりである。
こうした心情の私は、
《消費低迷が続く中、関連する企業は「猛暑特需」で増産に追われている。》
と教示され、暑さの苦手な身の私は、微苦笑を重ねたりしている

私がこの猛暑の中、平年の夏と変ったことを告白すれば、
煎茶を淹れた大きめの急須を冷蔵庫で冷やして飲んでいるが、
今年に限っては間に合わず、スーパーで2リットル入りの煎茶を買い求め、
飲んだりしている。

そして夕食の時に、ささやかにビールを呑んだりしているが、
メタボ気味の私は缶ビール350mlを2本が最適としてきたが、
何故かしら多くなり、困ったなぁ、と心の片隅で思いながら呑んだりしている。



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