夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

美味し、美しく、北のまほろば冬の旅は・・。 ⑫ 最終章  旅の終りは霧雨、その後は本降りとなり・・。

2010-12-26 18:04:51 | 
          最終章  旅の終りは霧雨、その後は本降りとなり・・。

12月22日、私達夫婦のささやかな初冬の旅も最終日を迎え、
『黄金崎 不老ふ死温泉』の観光ホテルを10時半に辞して、
ホテルの歓送マイクロバスで最寄駅のウェスパ椿山駅に向う途中から、霧雨が降りだした。

五能線の『リゾートしらかみ』で新青森駅に13時25分に到着したが、
本降りの雨となり、『県立美術館』に訪れ予定であったが、少しためらいながら、
私達は新青森駅の地産地消飲食ゾーンの軽食店で、
サンドイッチを頂きながら、コーヒーを飲んだりした。

結果としては、駅より『県立美術館』まで、タクシーで往復したが、
もとより美術の基礎知識のない私達は、時間を無駄にした、というのが実感であった。
せめての救いがあるとすれば、棟方志功、寺山修司、両氏への私のつたない知識を深めた程度である。

私達は落胆して、新青森駅に17時半過ぎに戻り、
ふたたび地産地消飲食ゾーンの軽食店に寄ったりし、18時28分発の『はやて』東京駅行きを待ったりした。

そして私達は、今回の旅で好感したことを語りあった・・。

蔦温泉旅館の裏手に広がるブナ林、雪の情景が予想した以上に圧倒的な存在を実感させられたこと、
そして青森と蔦温泉の往復での路線バスからの雪景色の美景に心酔させられたこと、
奥入瀬渓流のタクシーで往還した道路管理3名以外・・誰にも逢わず薄墨の世界をあたかも独占できたこと・・。
そして蔦温泉旅館の前庭の片隅にある売店で、昼のひととき雪見酒を2日連続になったこと、

このようなことを話し合ったりしたのである。

少しばかり無念なことは、
家内は、蔦温泉旅館に夕食後に、5月に連泊した時、高齢の狸(タヌキ)が訪れ、
動物好きな家内は楽しみにしていたが、
旅館のスタッフに寄れば、落葉樹が染まる錦繍の前頃から来館しなくなったこと。

私は、五能線で風雪の景色、『黄金崎 不老ふ死温泉』で日本海に雪が舞い降る情景・・。

このようなことが私達には叶わなかったが、
これ以外は、私達夫婦が予想した以上の八甲田山連峰の山間部の道路の情景、
蔦温泉の周辺、そして奥入瀬渓流の景観であり、
雪深くなる1、2月よりも、この時節の20センチ~60センチぐらいで、
人気の少ないこの時節が、美的な要素を更に倍加させてくれた、と思ったりしている。

こうした意味合いに於いて、今回の初冬の旅は、
これ以上の美景の再現は、たぶん二度とめぐり逢えない光景が多く、私達は幸運に恵まれた。

                              《終り》

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美味し、美しく、北のまほろば冬の旅は・・。 ⑪ 第10章 『黄金崎 不老ふ死温泉』

2010-12-26 00:25:48 | 
          第10章  『黄金崎 不老ふ死温泉』

私達夫婦は、今年の5月24日から青森県の一部を周遊した時、
この『黄金崎 不老ふ死温泉』に3連泊して、旅の始まりであったが、
鮮烈な思いがあり、今回の旅も同じ部屋を予約できたので、宿泊することにした。

この時の思いとしては、下記のように投稿している・・。

【・・
私達夫婦はウェスパ椿山駅で午後4時20分に下車し、
駅前で待機していた宿泊先の『不老ふ死(ふろうふし)温泉』の送迎バスに乗り込んだ。
小雨の降り続ける中、日本海に面した黄金崎(こがねざき)にある観光ホテルには、10分たらず到着した。

そして、この観光ホテルの新館に3泊としていた。

http://www.furofushi.com/ 
☆『黄金崎 不老ふ死温泉』ホームページ☆


打ち寄せる波のまじかにある海岸の露天風呂で、
日本海の落陽を眺め・・として名高い観光ホテルであるが、
3泊4日をしたが、雨時々曇りの日々となり、夕陽が洋上に沈む光景は無念ながらめぐり逢えなかった。

しかし、雨が止んだひととき、館内から海岸に向う歩道を百メートルぐらい歩み、
波打ち際に、ひょうたん形の露天風呂がふたつある。
右手は女性専用、左手に男女混浴があり、私は男女混浴の湯船に身体をゆだねたりした。

2日目の午前10時過ぎ、ひとりだけ60代の男性がいるだけで、
長野県の茅野市の方で独り旅で北東北の温泉を廻りながら、旅を楽しまれている人であった。
とりとめない旅先の温泉のことなどを談笑を重ねたりした・・。

館内の大浴場からの日本海の眺めも良く、隣接しているパノラマ展望風呂は、
屋根がある小さな露天風呂のような感じで、洋上の情景がゆったりと眺められるので、
私は朝夕のひとときは、身も心もゆだねたりした。

そして、ロビーの片隅で、青森県の地方紙のひとつの『東奥日報』を読んだりし、
今回の旅の終わりまで何かと愛読したりした。


食事に関しては、日本海のこの地の周辺で獲れる地魚、貝づくしの幸を十二分に賞味でき、
見た目より遥かに美味しく、鮮度抜群が味の基本であることを改めて認識させらた。

私が何よりも魅せられたのは、部屋からの眺めである。
たまたま東館の二階の中央部にある部屋に宿泊したが、
窓辺にある椅子に座り、朝、昼、夕に幾度も眺めたりしたのである。

日本の海岸に多い防波堤のコンクリートやテトラポットなどはなく、
日本海の波が海岸に直接に打ち寄せ、海岸からまじかな洋上の周辺に、
小さな岩が集積して、あたかも小さな列島のように点在し、
こうした列島が幾10か観られ、波を受けたり、しぶきをあびたりしていた・・。
そして引き潮、或いは満潮の時に、うつろいながら変貌した情景を観せていた。

こうした風景を眺めたりしていると、室町時代の頃からの石庭など景観よりも、
遥かに深く魅了させられ、私は飽きずに眺めたりしていた。


5月27日の朝10時過ぎ、『黄金崎 不老ふ死温泉』の観光ホテルに別れを告げ、
私達は送迎バスで五能線のウェスパ椿山駅に向った時、
道路際には芽吹きが終わり新緑に染まり、中には早くも若葉となった落葉樹の中、
ときおり八重桜(ヤエザクラ)が観られ、私はこの地にも春到来を感じ、和(なご)んだりした。
・・】


このように5月の長雨に遭遇し、雨時々曇りの日が3日間続き、
今回の連泊の間は、夕陽を部屋から、露天風呂から、そして日本海に落陽する光景を観たり、
或いは初冬の時節であるので、日本海に舞い降る雪の情景を秘かに期待していたのである。


到着した翌朝は、ときおり風が強く吹く曇り空で、午前10時過ぎに私は露天風呂に向かった。
露天風呂の出入り口の本館まで行き、
海岸の施設の歩道を百メートルぐらい海岸線まじかにある露天風呂に到着するのであるが、
浴衣の下はパンズ一枚だけ、左手にバスタオルとタオルを入れたビニール袋を提げた姿で歩きはじめた・・。

ゆるい下りの歩道で、強く風が吹き、浴衣の裾(すそ)は捲(まく)れ上がり、
私は右手ですそを押さえて、
『やめ~て・・少し風・・穏やかにねぇ・・お願いいたしますょ・・』
と心の中で呟(つぶや)いたりした。

そして露天風呂の簡素な更衣棚に浴衣とパンズをビニール袋に入れたが、
このビニール袋が風を受けて、たなびいているのである・・。

私は露天風呂に身体をゆだねて、波打ち際の波、そして押し寄せてくる波間、
ときおり私は立ち上がり、彼方の日本海を眺めたりしていると、風が冷たく感じ、
露天風呂に身体を沈めるように深く湯に入ったりした。

このような天候であったので、もとより私だけの貸切風呂となったりし、
帰路、本館の露天風呂の出入り口のいるホテルのスタッフの方から、微笑まれた。

私は苦笑しながら、宿泊している新館の部屋に戻ったりした。


翌日は、冬晴れとなり、私は昨日の容姿で、露天風呂をめざした。
ときおり微風が吹く程度で、穏やかな快晴の中、散歩するみたいに海岸線までの歩道を歩いた。
そして、誰もいない露天風呂に心身ゆだねて入ったり、
押し寄せる波、そして遥か彼方のフェリー船が日本海を北上するのを見たりした。

そして露天風呂から上がり、冬晴れの陽射しに向かい、素肌を数分程さらしたりしたが、
寒さを感じることなく、むしろ快適な心情となったりした。

                             《つづく》

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