私は東京郊外の調布市に住む年金生活の67歳の身であるが、
昨日の朝、いつものように読売新聞を読んでいた時、ひとつのニュースに注視させられた・・。
36ページの【社会】面の下段に、小さく掲載した記事であった。
無断であるが、転記させて頂く。
《・・
米西海岸 青森の桟橋漂着
【ロスアンゼルス=西嶋太郎】
米西海岸オレゴン近郊の浜辺に、東日本大震災の津波で流された大きな浮桟橋が漂着し、
地元の人々を驚かせている。
同州の当局者によると、桟橋が発見されたのは5日、
長さ約20メートル、横幅約6メートル、高さ約2メートルの一部コンクリート製。
付属していたプレートなどから青森県が所有し、
同県三沢市の三沢漁港から流された四つの浮桟橋のひとつであることが判明した。
(略)
・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
私はこの記事を読み終わった後、庭のテラスに下り立ち、
青森県と思われる方角に向い、黙祷を重ねた・・。
こうした私の奥底には、昨年の2011年4月14日の読売新聞の基幹ネットの【YOMIURI ONLINE】に於いて。
『 津波で漂流するがれき、1年後にハワイ到達・・』と学び、
無力な私は、国民のひとりとして、たまらない心情となった。
この記事を無断ながら転載させて頂くと、
《・・
東日本大震災の巨大津波で、海に押し流された家屋やタイヤなどのがれきが、
1年後にハワイ諸島に漂着することが、
米ハワイ大学を拠点とする日米共同研究機関、国際太平洋研究センターの予測でわかった。
海流や過去に設置した観測用ブイの動きなどをもとにコンピューターで予測した。
その結果、がれきは太平洋北西部に広がった後、
東へ進み、一部がハワイ諸島の海岸に打ち上げられることが判明。
2014年3月には、カナダ・バンクーバー付近から米西海岸に漂着する。
大半はカリフォルニア沖の海流に乗って向きを変え、2016年春ごろ、再びハワイ周辺に達するという。
同センターは「ハワイには来年より5年後の方が、多くのがれきが流れ着くだろう」と分析している。
(2011年4月14日11時09分 読売新聞)
・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
この記事を読んだ後の私は、心情を綴っている、
私は海のことも無知で、もとより海流のことも、恥ずかしながら知らない身である。
今回、東日本大震災の巨大津波で、この地にお住まいの人たちの家屋、日常に愛用された品、
そして自動車、漁船などが、海に押し流され、
残骸となって、太平洋上に漂流し、やがて1年を過ぎた頃に、一部がハワイ諸島に漂着する。
そして、一部は2014年3月に、カナダ・バンクーバー付近から米西海岸に漂着する。
或いは、大半はカリフォルニア沖の海流に乗って向きを変え、2016年春ごろ、再びハワイ周辺に達するという。
このようなことを私は初めて学んだが、何かしらやりきれない心情となった・・。
今回の巨大津波で、この地にお住まいの人たちの家屋、日常に愛用された品、
それぞれのひとつ一つの品には、もとより愛着と愛惜のある思いでの品々・・
あたかもお住まいの人たちの魂(たましい)の一部が漂流し、
さらけ出されたようで、いたたまれなく、たまらない心情となったりした。
そして幾年も漂流し、一部は海岸に打ち上げられたり、
或いは海上をさまようように2016年の春頃に、ハワイ周辺に達する・・。
こうした品の数々に、私は叶(かな)うことができれば、
3月11日の東日本大震災の巨大津波の発生後、
せめて喪中の終る四十九日を過ぎた頃までに、海上から深い海底に沈み、安らかにお休み下さい、
とご冥福を重ねながら、切望をしたりしている。
このような心情を発露していたが、多くの方が行方不明で遺体も見つからないまま、
今日に至っているご家族の前には、私としては言葉もなく、ひたすらご冥福を祈るほかにはないが、
今回のアメリカ西海岸に青森の桟橋が漂着したニュースを知り、
太平洋の海上をさまようように一年三が月漂流して、何とかアメリカの西海岸オレゴン近郊の浜辺に漂着した現実に、
私は住んだこともない青森県の三沢市の向かい、思わず黙祷をさせられたのである。
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36ページの【社会】面の下段に、小さく掲載した記事であった。
無断であるが、転記させて頂く。
《・・
米西海岸 青森の桟橋漂着
【ロスアンゼルス=西嶋太郎】
米西海岸オレゴン近郊の浜辺に、東日本大震災の津波で流された大きな浮桟橋が漂着し、
地元の人々を驚かせている。
同州の当局者によると、桟橋が発見されたのは5日、
長さ約20メートル、横幅約6メートル、高さ約2メートルの一部コンクリート製。
付属していたプレートなどから青森県が所有し、
同県三沢市の三沢漁港から流された四つの浮桟橋のひとつであることが判明した。
(略)
・・》
注)記事の原文にあえて改行を多くした。
私はこの記事を読み終わった後、庭のテラスに下り立ち、
青森県と思われる方角に向い、黙祷を重ねた・・。
こうした私の奥底には、昨年の2011年4月14日の読売新聞の基幹ネットの【YOMIURI ONLINE】に於いて。
『 津波で漂流するがれき、1年後にハワイ到達・・』と学び、
無力な私は、国民のひとりとして、たまらない心情となった。
この記事を無断ながら転載させて頂くと、
《・・
東日本大震災の巨大津波で、海に押し流された家屋やタイヤなどのがれきが、
1年後にハワイ諸島に漂着することが、
米ハワイ大学を拠点とする日米共同研究機関、国際太平洋研究センターの予測でわかった。
海流や過去に設置した観測用ブイの動きなどをもとにコンピューターで予測した。
その結果、がれきは太平洋北西部に広がった後、
東へ進み、一部がハワイ諸島の海岸に打ち上げられることが判明。
2014年3月には、カナダ・バンクーバー付近から米西海岸に漂着する。
大半はカリフォルニア沖の海流に乗って向きを変え、2016年春ごろ、再びハワイ周辺に達するという。
同センターは「ハワイには来年より5年後の方が、多くのがれきが流れ着くだろう」と分析している。
(2011年4月14日11時09分 読売新聞)
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注)記事の原文にあえて改行を多くした。
この記事を読んだ後の私は、心情を綴っている、
私は海のことも無知で、もとより海流のことも、恥ずかしながら知らない身である。
今回、東日本大震災の巨大津波で、この地にお住まいの人たちの家屋、日常に愛用された品、
そして自動車、漁船などが、海に押し流され、
残骸となって、太平洋上に漂流し、やがて1年を過ぎた頃に、一部がハワイ諸島に漂着する。
そして、一部は2014年3月に、カナダ・バンクーバー付近から米西海岸に漂着する。
或いは、大半はカリフォルニア沖の海流に乗って向きを変え、2016年春ごろ、再びハワイ周辺に達するという。
このようなことを私は初めて学んだが、何かしらやりきれない心情となった・・。
今回の巨大津波で、この地にお住まいの人たちの家屋、日常に愛用された品、
それぞれのひとつ一つの品には、もとより愛着と愛惜のある思いでの品々・・
あたかもお住まいの人たちの魂(たましい)の一部が漂流し、
さらけ出されたようで、いたたまれなく、たまらない心情となったりした。
そして幾年も漂流し、一部は海岸に打ち上げられたり、
或いは海上をさまようように2016年の春頃に、ハワイ周辺に達する・・。
こうした品の数々に、私は叶(かな)うことができれば、
3月11日の東日本大震災の巨大津波の発生後、
せめて喪中の終る四十九日を過ぎた頃までに、海上から深い海底に沈み、安らかにお休み下さい、
とご冥福を重ねながら、切望をしたりしている。
このような心情を発露していたが、多くの方が行方不明で遺体も見つからないまま、
今日に至っているご家族の前には、私としては言葉もなく、ひたすらご冥福を祈るほかにはないが、
今回のアメリカ西海岸に青森の桟橋が漂着したニュースを知り、
太平洋の海上をさまようように一年三が月漂流して、何とかアメリカの西海岸オレゴン近郊の浜辺に漂着した現実に、
私は住んだこともない青森県の三沢市の向かい、思わず黙祷をさせられたのである。
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