夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

都心の郊外でも、早くも純白の白梅、そして紅梅にめぐり逢えて、老ボーイの私は微笑みながら・・。

2016-01-06 14:18:44 | ささやかな古稀からの思い
私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の老ボーイの71歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
午前中のひととき、私はいつもように独りで自宅から少し離れた遊歩道を歩いた・・。

我が家の周囲は住宅街であるが、周辺には幾つかの遊歩道をあり、
本日はめずらしく曇り空になっている中を歩いた。

私の住む地域は、東京の世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅みであり、
私の生家も近くにあり、結婚前後の5年を除き、私は早や66年ばかり住んでいる。

昨年の12月24日から暖かな冬晴れが続き、昨日まで春のような陽気に恵まれ、
年末年始としては生れて初めてだょ、と私は微笑んだりしてきた・・。

こうした影響で我が家の小庭では、日本水仙、純白な白玉椿(シラタマ・ツバキ)、そして紅色、或いは桃色の藪椿(ヤブ・ツバキ)が咲き、
私は平年よりも数週間早いじゃない、と心の中で呟(つぶや)いたりした。
                     


本日、歩いた遊歩道は、近くに流れている野川が大幅に整備された1960年(昭和35年)の前に、
遥か江戸時代から野川が流れていた流域を狛江市が遊歩道として整備して、
これ以来、数多くの住民から親(した)しまれている遊歩道であった。
          

私は数多くの落葉樹は、春夏秋冬に順応して、それぞれ変貌し、季節を映す鏡、
と私は幼年期には農家の児として育てられた為か、こよなく愛している情景となっている。
          

こうして歩いていると、私と同世代の前後の男性、女性が散策されたりしている。

私は過ぎし65歳頃に、遅ればせながら健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間の健康寿命は、
平均として男性は71歳、女性74歳と私は学んだりしてきた。

もとより健康でなければ、自身の日頃のささやかな願いも叶わないので、
私も午前中のひととき歩き、やがて長寿になれば、いつの日にか介護を受ける身となるが、
認知症だけは勘弁してょ、と念願しながら、歩いている。

やがて歩いていると、陽だまりの良いと処に、純白の小花が視(み)えて、近寄ったりした。
          

我が家の小庭は、平年ならば1月には日本水仙の花は咲き、冬麗の美を感じ、
2月中旬には白梅は凛とした純白の色合い、紅梅は華やかな朱紅色の色あいを見せてくれるので、
早春の美だ、と思いながら毎年過ごしてきたが、
早くも純白の白梅にめぐり逢えて、少し早いじゃない、と戸惑いながら微笑んだりした。

そして少し離れていた所には、華やかな紅梅にも、めぐり逢えたりした。
          

私は仲良し恋し、と瞬時に感じ、記念写真ねぇ、と心の中で呟きながら撮ったりした。

このように冬木立の情景に心を寄せて歩いたりしている中、
白梅、紅梅にもめぐり逢え、私は今年は恥ずかしながら年男なので、
天上の神々より、何よりのプレゼントと称される贈物を頂けた、と思いながら自宅に向かったりした。

尚、書き終わった今、もしかして白梅、紅梅の花に似た花かしら、と少し不安もあり、
少しボケてきたのかしら、と思ったりしている・・。

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コメント (2)
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