くるくる首相 郵政答弁、「反対」「賛成」苦しい弁明(朝日新聞) - goo ニュース
昨年の9月13日、その前日に日本記者クラブで行われた自民党総裁選の公開討論会が行われている。その模様をNHKの中継放送を通して見ていたが、その感想をブログに記している。
【日頃から、麻生候補の言っていることがさっぱり分からないのだが、この日、かろうじて積極的に財政出動をするつもりだということが理解できたくらいで、あとはやはり何を言っているのかちんぷんかんぷんだった。自称経済通をアピールしたいのだろう細かい数字をあげたりするのだが、残念ながら言語明瞭・意味不明だ。こちらの理解力が足りないのだろうか。】
ちなみに、この席で麻生首相は「間違えていただいて困るのは、わたしが郵政民営化大臣だった」と気色【きしょく】ばんだ。
ところが、最近になって「わたしは郵政民営化の大臣ではなかった。濡れ衣をかぶせられると甚【はなはだ】だ面白くない」と堂々と述べている。まったくもって理解不能だ。
また、一般には「濡れ衣を着る」と使われる。
あれから5ヶ月、私の理解力の有無はさておき、麻生首相の言っていることがさっぱり分からないと言う人がずいぶん増えてきているようだ。
「ぶれを通り越して支離滅裂」とは民主党の山岡代議士の言だが、郵政民営化から後退とも受け取られる今回の麻生首相の答弁に関し、自民党の奥田幹事長までもが「非常に分かりにくい内容だった」と語っている。
政治が国民を絶望の淵に沈めようとしている。希望は、あるのか。
中学3年生の国語の教科書に魯迅【ろじん】の「故郷」(竹内好訳)が出版社を問わず、長きに渡り採用されている。
故郷を後にする船の中で、主人公の「わたし」は、若い世代に対し「彼らだけは、わたしと違って、互いに隔絶することのないように」と「無駄の積み重ねで魂をすり減らす生活」「打ちひしがれて心がまひする生活」「やけを起こして野放図に走る生活」をしてほしくないと願う。
さらに、「希望をいえば、彼らは新しい生活をもたなくてはならない。わたしたちの経験しなかった新しい生活を」と考える。
「思うに希望とは、元々あるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」
「故郷」の最後はこう締めくくられている。
理想を掲げ、それぞれがそれぞれの暮らしの中で、よりよく生きていくことにより、希望は生まれ、理想は実現し得るものなのだ。それが魯迅のメッセージではないだろうか。
すべての国民が希望を抱き、安心して暮らせる社会の実現を願って止まない。その日まで、私は絶望してはならない。
昨年の9月13日、その前日に日本記者クラブで行われた自民党総裁選の公開討論会が行われている。その模様をNHKの中継放送を通して見ていたが、その感想をブログに記している。
【日頃から、麻生候補の言っていることがさっぱり分からないのだが、この日、かろうじて積極的に財政出動をするつもりだということが理解できたくらいで、あとはやはり何を言っているのかちんぷんかんぷんだった。自称経済通をアピールしたいのだろう細かい数字をあげたりするのだが、残念ながら言語明瞭・意味不明だ。こちらの理解力が足りないのだろうか。】
ちなみに、この席で麻生首相は「間違えていただいて困るのは、わたしが郵政民営化大臣だった」と気色【きしょく】ばんだ。
ところが、最近になって「わたしは郵政民営化の大臣ではなかった。濡れ衣をかぶせられると甚【はなはだ】だ面白くない」と堂々と述べている。まったくもって理解不能だ。
また、一般には「濡れ衣を着る」と使われる。
あれから5ヶ月、私の理解力の有無はさておき、麻生首相の言っていることがさっぱり分からないと言う人がずいぶん増えてきているようだ。
「ぶれを通り越して支離滅裂」とは民主党の山岡代議士の言だが、郵政民営化から後退とも受け取られる今回の麻生首相の答弁に関し、自民党の奥田幹事長までもが「非常に分かりにくい内容だった」と語っている。
政治が国民を絶望の淵に沈めようとしている。希望は、あるのか。
中学3年生の国語の教科書に魯迅【ろじん】の「故郷」(竹内好訳)が出版社を問わず、長きに渡り採用されている。
故郷を後にする船の中で、主人公の「わたし」は、若い世代に対し「彼らだけは、わたしと違って、互いに隔絶することのないように」と「無駄の積み重ねで魂をすり減らす生活」「打ちひしがれて心がまひする生活」「やけを起こして野放図に走る生活」をしてほしくないと願う。
さらに、「希望をいえば、彼らは新しい生活をもたなくてはならない。わたしたちの経験しなかった新しい生活を」と考える。
「思うに希望とは、元々あるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」
「故郷」の最後はこう締めくくられている。
理想を掲げ、それぞれがそれぞれの暮らしの中で、よりよく生きていくことにより、希望は生まれ、理想は実現し得るものなのだ。それが魯迅のメッセージではないだろうか。
すべての国民が希望を抱き、安心して暮らせる社会の実現を願って止まない。その日まで、私は絶望してはならない。