のりぞうのほほんのんびりバンザイ

あわてない、あわてない。ひとやすみ、ひとやすみ。

喜知次 / 乙川優三郎

2005年07月04日 00時53分17秒 | 読書歴
一昨年あたりから「たそがれ清兵衛」「北の零年」など
江戸の下級武士に焦点を置いた映画が相次いで公開され
下級武士の暮らしの貧しさ、不遇さと
それでも誇りを失わない生き方が共感を呼んでいる。

本作品でも、混乱した藩政の中、自分の正義を貫き
自分の道を見据え、藩の将来を思う三人の若者が
理不尽で厳しい人生を歩み続けることになる。
彼らの境遇は三者三様で、環境が人生に、そして
個人の資質にいかに大きな影響を及ぼすのかを
考えさせられる。

物語の前半で、彼らはともに学び、屈託なく遊び、
多くのことを忌憚なく相談しあう友情を分かち合っている。
それだけに、成長するにつれて、変わらざるを得なくなる
彼らの境遇が、そして武士の生き方そのものが痛々しい。

そして、主人公がほのかな思いを寄せ続ける喜知次。
彼女が表立って登場することはほとんどない。
題名なのにこの控えめさはどうだろう、と思うほど。
だが、主人公は常に喜知次に助けられる。
喜知次の何気ない一言やしぐさ、
そして喜知次ならこういう場合、どう思うだろう、といった
彼女からの評価が主人公に大きな勇気を与える。
こんなふうに人を高めることができるのが
本当の「好き」という感情。
本来はそうあるべき大切な感情なのだ。

結局、登場人物たちは人生という
思い通りにならない波に翻弄されたまま
物語は幕を閉じる。

だが、主人公は前に進むことをやめない。
老境にさしかかっても
「これからだ」と思える気持ち。
その気持ちを与えるのも、
思いを伝え合うことができなかった喜知次なのだ。

読み終わって、少々辛い気持ちになったけれど
ここに希望を見出すのが本当なんだろう。
まだまだ私は弱い。
だから表面的なメリットを
追いかけてしまうんだろう。