太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

夜空

2013-02-02 17:23:52 | 日記
夏も終わりに近かったと思う。
私が何歳だったかははっきりとしない。
冷蔵庫か何か大きなものを買って、それが入っていた段ボール箱が玄関の外に置いてあった。
私はその箱に入りたかったのだから、小学生になっていたかどうかじゃなかったろうか。

猫みたいに、箱があれば入りたかったし、
家中のありったけの傘を広げて、それに囲まれて遊ぶのも好きだった。
家族はそんな私を知っていたから、私が段ボール箱に入りたいと言うと
「もう夜だから30分だけ」
と渋々許してくれた。

箱は縦に長く、最初に倒してから入り、重心を移動させて縦にした。
慣れたもんである。
箱の底で体育座りをして、段ボールの匂いや、夜なのに外にいる非日常を楽しんでいた。

虫の音がする。
どこかの家でお風呂をつかう、桶の音がする。

四角く切りとられた夜空を眺めていると、
向い側の家の家根のあたりから、何かがふわふわと飛んできた。
それは今迄見たこともないもので、煙にしては形があって、
霧にしては小さくまとまっている。
大きさはお祭りの風船ぐらい。でも風船よりも頼りなく、夜空を横切っていく。
私はその行方を確かめようと、あわてて立ち上がり、箱から這い出たが、
それはもうどこにもいなかった。


向いの家のおばさんが亡くなったと聞いたのは翌朝のことだった。

おばさんは母よりも若く、私より小さい子を頭に年子みたいに男の子ばかり3人いた。
線の細い、おとなしい感じのおばさんで、会うといつもにっこりと笑ってくれた。
おばさんが病気だったことは家族の話から知っていたが、そんな重篤だとは思わなかった。


私はまだ、人が死ぬということがよくわかっていなかったと思うが、
頭をクリクリにした可愛い男の子達は、もうおばさんに会えないのだということはわかった。
そしてそれを思うと、子供心にもそのことの重さが痛いほど迫ってくるのだった。

私はなぜだか誰にも、見たもののことを話さなかった。
しばらく後になって、
あの晩、段ボールの中から見たものは、おばさんの魂だったろうか。
それとも、いきたくないのにいかねばならないおばさんの気持ちが、形になったのだろうか。
と思うようになった。

3人の男の子達は、おばあちゃんが母親がわりになって育てて、あかるく礼儀正しい青年になった。
おじさんは、とうとう再婚はしなかった。
夜空を見上げるとき、
今の私より、ずーっと若かったおばさんのことを思い、頼りなげに漂う白いカタマリをどこかに探していたりする。


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