太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

ピカケ

2016-04-20 20:00:32 | 日記
ピカケは同僚の一人だ。

ピカケというのは、ハワイ語で「ジャスミン」の意味である。

職場はいくつかのポジションに分かれていて、それぞれ二人ずつ組んで仕事をする。

昨日、一緒に組んだのがピカケだった。



ピカケの第一印象は、「怖い姐御」。

上背もあるが、がっちりとしていて、彫りが深く、もしかしたら純粋に近いハワイアンかもしれない。

笑うと前歯が4本なかった。

「そのうち入れようと思ってんの」

4歳の娘がいるシングルマザーだ。

見た目は怖いが、話してみれば案外かわいいところもある。

お店のコーヒーや、試食のナッツや、誰かが持ってきた食べ物なんかを、逐一持ってきてくれる。

そしてそれを頬張りながら言うのだ。

「私ね、ここで働き始めてからどんどん太っちゃって困ってんの。なぜだろう?

ここに来るまではもっと痩せていたのに」


フォードとトヨタのピックアップトラックが駐車場に入ってくると、ピカケは目を輝かせた。

「うわー!見て!あの車、かっこよすぎる!!いいなあ、ほしいなあ」

持ち主が店内に入るのを確かめた後、

「ねえ、あの車の前で私の写真撮ってくれない?」

「どうすんのよ」

「えへへ、フェイスブックに載せちゃうとか。私の車っていって」

そしてピカケは本当に私に写真を撮らせた。

「だめだよ、フェイスブックに載せちゃ。約束したら撮ってやる」

「わかったわかった、友達に見せるだけだから。ほんと、誓うから」


しばらくして、興奮した彼女が走ってきた。

「あの車、ヒッカムで買ったんだってさ!!」

ヒッカムはミリタリーの基地である。

「あんた、どこで買ったか聞いたの?」

「そ。すごいよねえ、さすがだよねえ、私、あの車に似合うと思うんだけどなあ」

確かに、彼女はそういう車に乗ってサマになる。





「日本ってどんなところ?」

「物価はどんなふう?」

「日本の男の人ってどういう感じ?」

「だんなさんとどうやって出会ったの?」



とどまるところを知らない好奇心を満たすと、思い出したように言った。


「私、今日はクラスがある日だから5時ぴったりに帰らなくちゃ」

「何のクラス?」

「ヒナマウカ」

「ヒナマウカ?」

「そ、週に3日、6時から9時までなんだ」

ピカケは、私がヒナマウカを当然知っているものとして話す。

私はそれが何かわからなかったけれど、何かを学んでいるのだと思い、

「週に3日も夜勉強しているの、えらいわね」

と言った。

「うん、やらなくちゃならないのよ、どうしても」


仕事の合間合間の会話であるので、少しずつ理解を重ねて、

どうやらそれは、何がしかの中毒である人が集まって更正するプログラムであることまで辿り着いた。



アメリカには、そういった施設やグループが驚くほどたくさんある。

アルコール中毒やドラッグ、性的な中毒だけでなく、家族を失った人のための集まりとか、

事故の心理的後遺症を克服する人のグループといったものもあって、そのほとんどはボランティアだったりする。

同じ問題を抱えた人達が集まり、そこで傷を癒してゆく。



ピカケが何の中毒であったのか、聞かなかった。

正確には聞けなかった。

ハワイ島の小さな村で生まれ、オアフ島に出てきて、ボーイフレンドが事故で死に、

そのすぐあとで彼の子供を生んで、

何かに頼らざるを得ないような悲しみが、あったのだろう。

たとえそれが違法なドラッグであったとしても、法はそれを裁くことができても、

そしてそれは愚かなことだと言うことは簡単だけれど、

同じ苦しみを知らない私には裁けない、と思ってしまう。

それは甘いことなんだろうか。



ピカケは車を持っていない。

朝は、同じアパートに住む同僚の車で一緒に通勤してくる。

その日は、閉店時間に団体がたくさん滑り込んできて、その同僚は帰ることができなくなった。

ピカケはクラスに間に合わないので、私が送ってゆくことにした。

顔よりも大きなリボンがついた四角いバッグを抱えて車に乗り込むと、

さっそくラジオをチューニングして、軽快なラップのような音楽を選んだ。

何もかもが、ピカケらしいったらない。


ヒナマウカというのは施設の名前で、我が家から7分ぐらいのところにあった。

その前を何度も通っているのに、そういう施設があることを知らなかった。

夫も、聞いたことがないと言った。

施設には寮もついていて、そこで寝泊りすれば30日で規定のクラスを終えることができるのだという。

しかし仕事があってそれができない人は、ピカケのように何ヶ月もかけて通うしかない。



「ありがとう!!」

ピカケは降り際に私に盛大なキスとハグをして、降りたあと

「アリガトゴザイマース」

と唯一の日本語で叫んで敬礼をした。



私にとって、まったく新しい世界。

まったく新しい人達。

私はここで、どれだけのことを知ってゆくのだろう。







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