工事中の箇所を抜けられないでいる僕。
万石浦が見えてきました。
あたりは間もなく日が暮れます。
ヘッドライト使うことになるとは。
ここは御番所山の山頂でもありました。
名取トレイルセンターに電話してみる事にしました。
『はい、みちのく潮風トレイル名取トレイルセンターです』
僕『全線踏破宣言中の高橋と申します。通行止め箇所の迂回路情報を知りたいのですが』
トレ『現在地をお願いします。お手元に地図はありますか?』
僕『牡鹿半島を北上ルートで浦宿駅に向かっています。手元には環境省配布の紙地図があります。現在地は風越トンネルを抜けて上林で折り返す部分です。注意情報を見ても何もなかったと思うのですが···』
トレ『わかりました。少々お待ちいただけますか? こちらで調べて折り返しお電話さしあげます』
なんと、あんなに良い天気だったのに空はいつの間にか鉛色の雲に覆われ、雨粒がボタボタと落ちてきました。
『なんてこった··· 』
思わぬ足止めに追い打ちをかけるように雨まで降ってくるなんて。
今日はやっぱりツイてない日なのか。
電話をただ待つのも嫌なので、来た道を戻り始めました。
雨は普通に降っています。
何だかカッパを着るのも面倒な気分なので、一応撥水加工してあるウインドブレーカーだけ着ました。
ザックカバーぐらいはしておくか··· と思い、ザックを降ろしてザックカバーのチャックを動かそうとしました。
う、動かないぞ。
なんだか白い粉が噴いています。
ありゃりゃ、腐っちゃってるよ。
カラビナかけて引っ張ってもだめ。
もういい。
濡れてしまいなさい。
どうでも良くなった僕でした。
風越トンネルが見えてきました。
『ちぇ、こんなところまで戻って来ちゃったよ』
下に走る道が見えました。
『あの道だな?』
そういえば来る時に踏み跡あったよな?
あ、ここだ。
入ってみます。
なるほど、これは植林地ですね。
ということは作業道が必ずあります。
慌てず尾根を外さないように移動していくと、ほーら降りれるところがありました。
トレイルセンターから電話が入りました。
トレ『現在やはりここは迂回指示が出ています。このまま直進して渡波駅からJRで浦宿駅に向かってください』
僕『わかりました。ありがとうございます。迂回情報が出ていたんですね、見落としていました。でも林業の作業道から万石浦沿いの道に出る事ができました』
トレ『そうでしたか、旅慣れた人で良かった。また何か困ったことがありましたらご連絡下さい』
僕の準備不足を露呈してしまったようです。
ここからは人も車もほとんど通らない道を歩くことになります。
一台の車が前から来ました。
ということは抜けられる事が確定しました。
万石浦が見えてきました。
車も往来しています。
ここまで来れば浦宿駅はあと少しです。
やっとの思いで浦宿駅に到着しました。
さてさて、タクシーは?
そうでしたここは無人駅なのでタクシーも常駐するほど大きな駅ではありませんでした。
近くのタクシー会社を調べます。
あるある、割と近いぞ。
『○○タクシーです』
僕『浦宿駅まで一台回していただけますでしょうか?』
タク『ありがとうございます。浦宿駅ですね? どちらまでですか?』
僕『鮎川までお願いします』
タク『あぁ、予約でいっぱいなんですよ』
僕『え? 急にそんな』
電話は一方的に切られてしまいました。
つくづく色んなことがある日だなぁ。
女川駅に出ればタクシーいるかもしれないぞ。
調べてみると今の電話と同じタクシー会社の独壇場でした。こりゃだめだ。
ほかのタクシー会社をあたってみます。
渡波駅に別のタクシー会社がありました。
電話してみます。
僕『もしもし、浦宿駅まで一台回していただけますか?』
タク『浦宿駅ですね?10分ほどかかります。どちらまでですか?』
僕『鮎川までです』
タク『わかりましたお待ちください』
おおお! やった戻れる。
タクシーは捕まらないと本当に困りますね。
今回はこれでなんとかなりそうです。
本当に良かった。
10分後、優しそうな初老のおじさんが来てくれました。
『なるべく近くて早いルートで行きますね』と言ってくれました。
ちょっと話かけてみます。
僕『ここから鮎川まで行くのは遠くて嫌なものですか?』
運転手『いやいや、そんな事ないですよ。だいたい40分ほどで着きます』
僕『そうなんですか。近くのタクシー会社に電話したら断られたんですよ』
運『ははははは、そうでしょ。それでよくウチにも電話かかってきます。ここら辺はあの会社が独占してるんですよ。他の会社の乗り入れに反対したんです』
僕『そういうの、あるんですね?』
運『だから住民も困ってるんです。原発もあるしそっち優先しちゃうからいざという時に使えないんですよ』
僕『住民の方たちはそれでいいんですかね』
運『津波で何もかも変わってしまったんですよ。営業車両も軒並み流されてしまいましたから廃業する会社もあってね』
僕『やはりこのあたりも酷かったようですね。運転手さんのお宅は?』
運『だめでした。まだ建てて7年ほどでした』
僕『あぁぁ、すみません余計なことを聞きました』
運『いやいや、仕方ないですよ。自然には抗えない。でも保険入ってたんで1,000万位は出たんです。あと国から250万。それでも3分の1ですね』
僕『でもまた建てたんですね? すごい』
運『やっぱりね、人生の終盤はやっぱりそれなりのところで落ち着きたいですから』
僕『被害の状況は凄まじいものでしたか?』
運『それはもう。この辺りはリアス式海岸じゃないですか、だから波の力が集約されて力が大きくなるわけですよ。そしてさらに複雑に反射して何度も何度も津波が押し寄せてくるんです。悲惨な状態でした』
本当に凄かったんですね。
運転手さんのお話、思わずメモを取っていました。
運『私はねその時解体の仕事をしていましてね、ダメになった家屋を解体していくんですよ。するとマネキンが転がっているんで、こんなところにマネキンなんて··· と思ったら死体でした。始めは驚きましたが、そのうちいくつもいくつもご遺体にお目にかかるようになって、ついには何も感じなくなりました。だってそこら辺の木に引っかかってたりするんですから。随分とご遺体も運びました』
なんということだ。
このトレイルはやはりただのハイキングとは違うんだ···。
そういう道を辿っているんだ。
僕『ボランティアの人達はどうでしたか?』
運『ボランティアの中には泥棒働いちゃう人もいましたけど、本当に助かりました。住民だけではとてもとても片付け切れませんよ。でもね、中○人はすごいですよ。排水溝の継ぎ目あたりの金網持ち上げて顔突っ込んでるんですよ。何やってるのかなぁ〜って見てると、そこに小銭が溜まるんです、それをみな持ってっちゃうんですから。それに避難した家屋に忍び込んで金目の物みんな持っていっちゃうんです。とにかく凄かった』
いろんなお話を聞けて良かったです。
震災の恐ろしさが少しだけ身近になりました。
そうしているうちに鮎川に着きました。
僕『運転手さんここで大丈夫です』
運『もう少し行ってあげるよ港はもう少し先だし、ほらメーター止めちゃったから大丈夫』
僕『実はここからまた歩かなくちゃならないんです。そういうルートになっていますから』
運『そうですか、それではお元気で。気をつけて旅を続けてください』
運転手さんに手を振ってお別れしました。
もちろんお茶代もね。
あたりは間もなく日が暮れます。
まだ17時前なのに、暗くなるの早いですね。
ここからマイカーがある「おしか御番所公園」までオフロード区間を歩きます。
月があるので少しだけ空と森の境い目が分かります。
あとは闇。
ヘッドライト使うことになるとは。
ダラダラと登る道が辛かったです。
舗装路に出ました。
ふと目の前にぼんやりとヘッドライトをつけて歩いています。
なんだ? こんな時間に歩く人いるんだなぁ。
でもやけにヘッドライトの灯りが暗いぞ。
頭が動かない。
えっ? 何?
人?
歩いてるの?
なんで身体が揺れないの?
だんだん近くなる。
おいおい、止まったのか?
追いついちゃうよ。
ん?
んん?
なんだよ、ただの電柱に張り付いてる反射板が木の陰にあるだけじゃん。
ついに幻覚っぽい。
スタートしてから11時間と10分、ついに歩き切りました。
ここは御番所山の山頂でもありました。
真っ暗な海と港の灯りにしばらく立ちすくんでいました。
いろいろあったけど、スルーハイクの若いご夫婦(2度目のスルーだそうです。結婚したからみちのく潮風トレイルを今度は奥さんと歩くんだそうです。すでに40日歩いていると言っていました)にも会いましたし、通行止め区間もうまくすり抜けられたし、タクシーの運転手さんにも恵まれたし、なんだかんだ言ってツイていたんじゃないですかね。
これからルートはさらに難しく厳しくなっていきます。
被災地を身体で感じながらじっくり歩いて行きたいと思います。
おしまい。
歩行距離 41.8km
歩行時間 9時間10分
累計標高差 +1,580m
59,000歩