原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

電話での重要案件処理は避けるべき

2010年05月13日 | 時事論評
 昨日、ある程度まとまった金額の買い物の決済をクレジットカード一括返済にて行おうとしたところ、どういう訳かカードが使用不能状態となっているようだ。
 自己破産の経歴もなければ、クレジット返済の遅延とてただの一度もない。引き落とし口座の預金残高にはいつも十分に余裕がある。
 お店の担当者がクレジットカード会社に問い合わせの電話を掛けてくれ、本人確認のために私が直接電話口に出ることになった。

 どうやら今回のカード使用不能の原因は、決済額が「借り入れ限度額」を超過しているため、とのことである。
 「借り入れ限度額」なるものの存在すら周知していなかった私であるのだが、それにしても“ある程度まとまった金額”とは言えども決して何百、何千万円の買い物をしようとしている訳ではない。 私の借り入れ限度額は50万円であるとのことだが、個々人の決済能力にかかわりなく何故に「借り入れ限度額」が一律少額に設定されているのかと不満に思いつつ、現金を持ち合わせておらずカードに頼るしか手段がないため、とりあえず如何に対応するべきかクレジット会社の担当者に相談したところ、「一時的な限度額の増額がこの電話で可能です」との返答である。
 そうしてもらえれば私はさしあたりこの場で商品を入手できるため、電話での口頭で限度額の増額を申し出た。 その結果いとも簡単に増額申し出が受理された様子で、お店とのカードによる売買契約は成立した。
 (話が変わるが、今時は銀行のATMでも個々人の預金残高にかかわらず1日50万円以上のお金が引き落とせないため、まとまった現金が必要な時には何日にも分けてATMへ通わねばならない不便な経験をよくさせられている。)

 後で思うに、どうも腑に落ちない。 電話で本人確認をしたとは言え、例えば私ではない別人が盗難物である私のカードと私の身分証明書を持ち合わせているような場合でも、この電話での案件処理は成り立つ訳である。
 電話処理という安直さを思い知らされる気がする。


 以前、こんな経験もあった。
 インターネット通信の「ひかりコース」のバージョンアップのため契約の更新をしたところ、私の勘違いミスで契約者名を書き違えていたようだ。(旧契約では私自身が契約者であったのに、それを忘れていた私が新契約では身内の氏名を書き入れてしまったのだ。)
 後日担当者から電話があり、新旧の契約者名に齟齬があるため確認したいとのことである。 電話での口頭による受け応えの結果、結局、私が書き入れた身内の名で新契約を更新することになったのであるが、こちらに落ち度があったとは言え、やはり腑に落ちない。
 契約者名とは契約の最たる事項である。 これを、本人確認は一応したとはいえ電話に誰が出たかの実証もないまま、口頭による確認のみで新旧契約の齟齬を片付けてしまってよいものなのか。 出来る事ならば契約書を再度郵送いただいて、契約書を書き直しの上再提出させて欲しかったものである。(あるいは、こちらから事業所に出向いて再契約してもよかったのだが。)


 先だって、新聞の投書欄に於いても同様趣旨の訴えを発見した。
(スクラップを取ってあったのだが紛失した模様で探しても見当たらないため)憶えている範囲で紹介すると、 やはり重要案件で某事業所から個人情報確認のための電話が投書者宅に突然掛かってきたそうである。 年配者である投書者は近頃流行りの「振り込め詐欺」や「オレオレ詐欺」を警戒しつつ恐る恐る個人情報を述べたものの後々不信感が募ったため、投書者側から改めて電話発信元に電話を掛け直したとのことである。 その結果、某事業所からの電話であったことには間違いはなかったのだが、重要案件に関しては電話連絡は避けて欲しい、旨の投書であったと記憶している。


 さて、私論に入ろう。

 やはり、電話での重要案件の処理は避けて欲しいものである。
 まず、現在は「電話」の“存在価値自体”及び“信頼感”が失われている時代であることは否めない。
 元々電話嫌いな私であるが、近年は特に電話が鳴ったと思えばそのほとんどが“セールス”である。(皆さん宅もそうでしょ??) ナンバーディスプレイ装置をフル活用して管理・警戒しているとは言えども、例えば白昼に電話番号通知で掛けてくる電話の中には上記のごとくの重要案件もあったり、また今尚電話という手段でアクセスしてくるかつての知人もいたりするため、すべて無視する訳にはいかないものである。
 私の年代は、まだ「振り込め詐欺」や「オレオレ詐欺」(うちには息子がいないからラッキー♪)には無縁であるが、“出ればまたセールス”の電話にはホトホトうんざりである。
 これ程に市民の“信頼感”を喪失してしまっている電話において、もはや重要案件の連絡は意味を成さない時代なのではなかろうか。


 現在は、「電話」を通り越して「ネット」での売買契約等の各種契約締結が市民権を得ている時代である。
 これに関しては原左都子もその利便さ故に日頃大いに利用しているため、「電話」に関してもあまり大きな口は叩けない立場にはある。

 もちろん、「ネット」世界とて個々人の警戒バリアーは必要であろう。
 私の場合、必要最低限以外の個人情報をネット上において決して漏らさないようにしたい思いの警戒心は強靭である。 
 例えば、アクセス数の多い「原左都子エッセイ集」が何故に今尚“無料バージョン”のgooブログを使用しているのかというと、ランクアップして有料バージョンにすることで、金融機関口座やクレジット番号等の個人情報をネット上にむやみに登録したくないという警戒心からに他ならないのだ。(そこまで警戒してるよ~


 今となっては、例えば携帯通信料金等における使用料金明細や料金請求書の郵送料までもが、その“郵送を希望する顧客側の負担”となる (今年7月から大手携帯会社で実施予定であるようだが) 程に「郵送」という手段が蔑まれている時代である。
 
 そのような時代であるからこそ、各種事業所は個人情報保護や犯罪防止に鑑みて、「電話」や「ネット」での重要案件処理に当たっては再度十分な顧客保護を念頭に置いて欲しい思いである。
            
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